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絶望に射す光

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 目覚めてくれて良かった──とか。

 犠牲は自分一人で済みそうだ──とか。

 こんな状況でさえ、ポーラを慮っていたティエントの心を乱したのは他でもない──。

「──な、あ……っ!?」

 自分とマキシミリアンを繋げていた薄紫で半透明な魔力に触れ、それを彼の代わりとしてその身に受けんとするポーラの姿だった。

 ……実際に身代わりになれているのかどうは定かでないが、その苦悶の表情を見るに。

 苦痛を感じているのは間違いないようで。

「お、おい……! 何やってんだよ……! あんたまで犠牲になる事はねぇんだぞ……っ!」

 何故、単なる協力者でしかない自分の為に近衛師団の副師団長が身を挺してくれるのか分からず、そのまま疑問を口にしたところ。

「……犠牲に、など……なるつもりは、ありません……っ、私は、ですから……」

「だったら何で……!」

 ポーラから返ってきたのは、あくまで自分は王家を守護する近衛騎士であり、それ以上でも以下でもないという確固たる意思の主張でしかなく、なおさら彼女の行動が理解できない彼からの切羽詰まった問いかけに対し。

「王を守護する事は、国を守護する事と同義であり……国を、守護する事は……民を、守護する事と同義……っ、だから、私は──」

 王家を守護するという事は、その王家が統治する国そのものを守護する事に繋がり、そして国を守護するという事は、その国に住まう多くの民の生命と暮らしを守護する事に繋がる──つまり、彼を守護するという事は。

 逆説的に、王家を守護する事にもなる。

 ……ちょっと思考が飛び過ぎているような気がしないでもないが、そういう事らしい。

「──……っ、たとえ! たった一人の為であろうとも……! 王の名に誓って、民を見捨てる事など! できはしないのです……っ!!」

「頑固者、が……」

 だからこそ、ティエント一人の犠牲すらも彼女にとっては王家を護れなかったという事と同義であるようだったが、なお納得がティエントの反論にもすでに力が入っていない。

 どうやら、この間にもじわじわ寿命が削られ続けているらしく、見た目に大きな変化こそないものの段々と瞳から光が失せている。

 一方で、一部始終を黙って見ていたマキシミリアンは、ほんの少しだけ色を変えてい筈の瞳を改めて歪ませつつ魔力を強めていき。

「……All right。 ならば貴女も連れて行きましょう、Knight girl」

「やれる、ものなら……っ!」

 最初に犠牲と決めた者以外の寿命を削るつもりはなかったが、もう彼にも他の事をどうこうする余裕はないようで、それならばとポーラの寿命をも奪う事に決めたマキシミリアンの宣告を受けてもポーラは手を緩めない。

 ここでティエントを見捨てた後、元魔族を倒せたとしても、ポーラは女王に顔向けできないと確信していたからに他ならなかった。

 そんな中、無敵の【矛】が動き出す。

「……っ! あぁもう我慢の限界だ!! 何が賭博だ、何が犠牲だ!? 時の流れだか何だか知らねぇが、お前を殺しゃあ終いだろ!!」

 犠牲の支払いを邪魔するという事は、マキシミリアンとの約束を反故にするという事。

 だが、そんな事はもう関係ない。

 かたや自分よりも多く博打で稼ぎ、かたや自分の代わりに戦ってくれた二人を見捨てる事など、勇者《ちちおや》譲りの正義感が許さなかった。

 それゆえの──【射出機蹴撃《カタパルトキック】。

 少し前に元・騎士団長を加減した状態でさえ思い切り蹴り上げた技で、マキシミリアンの首を胴体とお別れさせてやろうとしたが。

 どういう絡繰か、スタークの攻撃は──。

「無駄ですよ、Powerful girl」

「……はっ!?」

 ──……

 見えてはいないが、それでも分かる。

 形が有ろうと無かろうと、あらゆる物を攻撃できるようになった筈のスタークの蹴りによる薙ぎ払いが、スカッと空を切ったのだ。

 絶対に仕留められると高を括っていたスタークは一瞬ぐらつきかけたものの、すぐさま態勢を立て直して距離を取った瞬間、マキシミリアンは明らかに先ほどより死に近づいたと見える血の気の引いた顔を浮かべつつも。

「確かに貴女は理不尽なほど強い。 ですが私も──並び立つ者たちわれわれもまた、理不尽でしてね。 【胡蝶之夢《マスカレード》】の影響下で行われた賭博によるは、何者にも阻害されない。 尤も四方世界《スモールワールド》の壁を破壊した貴女なら或いはと危惧していましたが、杞憂で済んで何より」

「っ、ふざけんじゃねぇええええ!!」

 自身の称号、【胡蝶之夢《マスカレード》】の真価は虚構によって他種族を騙す事でも、博打に関連する様々な攻撃を可能とする事でもなく、それらによって最終的に発生する敗北者への『取り立ての強制力』こそが真価《そう》なのだと明かし。

 それこそ魔王や勇者、聖女や序列一位といったでなければ止める事はできないのだと暗に告げられた事で、スタークは彼と自身への苛立ちや不甲斐なさから畳み掛けるように攻撃するも、やはり不発。

 いくら勇者と同じ力に目覚めたとはいっても、やはりスタークのそれは未だ発展途上。

 両親にも魔王にも、もちろん序列一位にも届かない──それを認めない、認めたくないと言わんばかりに暴れるスタークに対して。

「……す、たーく……がんばれよ……おまえなら、おまえらなら……これから、も……」

「あにうえ、と、じょおうへいか、に……もうしわけありませんと、おつたえ、し──」

 これほどに自分たちの為に躍起になってくれただけでも充分だと、もう自分たちの事は気にしないでくれとばかりに、ティエントとポーラが遺言じみた物言いをし始めた事で。

「クソがぁ! ティエント、ポーラっ──」

 思わず標的に背を向けてまで、スタークが攻撃の手を止めて二人に駆け寄ろうとした。










 ──まさに、その時。

 天井が完全に崩壊し、そこから暗いとも明るいともつかない空が見えていた上方から。

 眩い光の柱が、一点めがけて降り注いだ。

 マキシミリアンという、一点をめがけて。

「なっ──あ、あ"ぁあああああああああああああああああああああああああああっ!?」

「!? な、何だ……っ!?」

 瞬間、光に呑み込まれた事で苦痛を感じているらしい彼の悲鳴に驚いて、スタークが見えもしないのに勢いよく振り返ったところ。

「なん、だ……? あの、、は……」

「……光?」

 もはや死に体のティエントの口からこぼれた呟きに、スタークは一瞬で冷静になった。

 聖女レイティアのそれにも劣らぬほどの輝きを放ち、ただ一点に集束する眩き光の柱。

 その名は──……【光降《フォール》】。

 魔方陣を展開させた場所の座標が術者の居る座標から高所であればあるほど、その威力が上昇するという攻撃魔法の光属性版──。

 一瞬、光と聞いて『パイクか?』とも思ったが当のパイクは意識を失ったままであり。

 ポーラもティエントも光の適性はなく、そもそも魔法を使えるような精神状態にない。

 と、なれば──だ。

(……まさか、お袋が──)

 世界のどこであろうも、この世界の誰よりも強い聖なる光を届けられるという、かの聖女──スタークの母親でもあるレイティアの仕業なのかと勘繰ってしまっていたその時。

 スターク、ティエント、ポーラ──そしてマキシミリアン、全員の耳にその声が届く。

『誰の許しを得て、其奴を連れて行く?』

「!? こ、この声は……っ!?」

『それは妾の所有物じゃ。 賭博の結果であろうが何であろうが、勝手な真似は赦さぬぞ』

 其奴だの、それだのと決して何某かの名を口にする事はないが、それでもここに居合わせた四人全員が、その声の主を悟っていた。

 この国で、己の事を『妾《わらわ》』と称する人間。

 そんな人間は──……たった一人だけ。

「じょおう、へい、か……っ」

 ファシネイト=ディ=カイゼリン。

 【美食国家】の、女王の声だった──。
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