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犠牲を払え

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 ──【豹脚追蹴《パンサードライブ》】。

 スタークが己の師匠であるキルファから伝授された蹴り技の内の一つであり、スタークの並外れた脚力で以て『初速=最速』となる全速力での飛び蹴りドロップキックをお見舞いする必殺技。

 本来は『追』とあるように逃げる相手の背中を蹴りで射抜く技であるものの、背を向けた相手にしか使えない技でもなかった為、キルファの教えをスルーして使用したらしい。

 少し前までのスタークなら、この技を使用するだけで──……否、使用せんとするだけで両脚の筋肉がズタズタに断裂していたが。

 今のスタークからは以前までの無駄が一切なくなっている為、

 ……そう、両脚には。

 そもそも、スタークがマキシミリアンを倒す為に蹴り技を採用したのは、つい先ほどの危機的状況を打破した際に拳が砕けたから。

 本人も確かに、そう言ってはいた。

 だが、スタークが受けたダメージを正確に表すならば『拳が砕けた』程度では足りず。

「っは、はは……痛っ、てぇなぁクソ……」

 視覚を潰されている事はもちろん、その両腕も原型を留めないほどに粉砕されていた。

 左腕は己の頭上から降りかかってきた何かを受け止めた時に、そして右腕はその何かを思い切り殴って押し返した時に──……だ。

 一応【投石機頭突きスリングヘッド】や【鰐牙咬撃《クロコバイト》】といった首から上の部位を使った必殺技もあるにはあるが、どうやら万が一を考えたようだ。

 視覚だけでなく嗅覚や聴覚まで潰されてしまっては、さしもの無敵の【矛】といえど。

 形振り構わず暴れるしかなかったから。

 ……まぁ、それが一番恐ろしいのだが。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 心臓、或いは腹部を貫く超高速かつ超威力の飛び蹴りドロップキック──……この場に居合わせた誰の目にも、それは決定機に見えていたようで。

『『スターク! スターク! スターク!』』

 かたや観客たちは、もはやどちらの勝利に賭けていたかという事さえ忘れて沸き立ち。

『け……っ! 決着ぅうううう!! 無敗の王者、我らが支配人に土をつけ! 完全勝利を捥ぎとったのはスターク選手! 会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれております!!』

『実に、実に素晴らしい戦いでした……!』

 かたや実況と解説も、これまで行われたあらゆる博打と比べる事さえ馬鹿らしくなる圧倒的な戦いの結末に興奮冷めやらない様子。

 そんな大盛況の中にあって、渦中の張本人かつ満身創痍なスタークやマキシミリアン以外で唯一、静けさを保ったままの男が一人。

「……やっぱり凄ぇな、スターク……」

 そう、ティエントその人である。

 スタークが勝ったのは、もちろん嬉しい。

 この街は元魔族の支配から解放されるし。

 世界はまた一歩、平和に近づいただろう。

 だが、その対価として自分は──死ぬ。

 後悔はしていない。

 先述した通り、どのみち獣人は三十五年から四十年、要は人間の半分ほどの寿命しか持たず、ましてや自分はすでに二十歳の身だ。

 寿命の折り返し地点に差し掛かっている自分一人の犠牲で、この世界を再び荒らさんとする二十六体の元魔族の一角を落とせるのなら──とティエントはすでに覚悟していた。

 そんな彼に絶望を告げる声が届く──。

「──Great。 Greatでした、Powerful girl。 流石の一言です」

「……!」

「なっ……!?」

 元魔族との健闘を讃え、そして勝利を祝うだけなら二人も驚きはしなかっただろうが。

 マキシミリアンは、あろう事か仰向けで倒れていた身体を片脚の力で起こし、もはや焦点も合わない血濡れた瞳を向けてきたのだ。

 まるで、まだ余力はあるとばかりに──。

 二人が目を剥くのも無理はないだろう。

 かたや満身創痍の身体を押し、かたや未だ目覚めぬポーラを抱えたまま、図らずも同じタイミングで臨戦態勢を整えた二人に対し。

「ふ、ふふ……安心していただいて結構ですよ、お二方……私はすでにEmpty、空っぽの状態なのです……今、できる事は──」

 すでに戦う力は微塵も残っていない──と曰う割には余裕を感じさせる笑みを浮かべるとともに、ボロボロの左手をゆっくり前に掲げたかと思えば、その手を中心に淡く集まってきた光が強くなるのに合わせて息を吸い。

「──総取りテイクオールと、犠牲《サクリファイス》の強制です!!」

「「!?」」

 先ほどまでの賭博の主目的である二つの要素を口にした途端、左手の光は瞬間的に強まり、スタークやティエントはもちろん、この賭博場全体を包み込むように広がっていき。

「な、何だ!? 何が起こってんだ……!?」

 光が届いた場所から、全てが崩壊する。

 視覚こそ利かずとも、聴覚と嗅覚は利いている筈のスタークが訳も分からず混乱する一方、光の侵蝕は留まるところを知らず──。

「何だよこれ……! 全部、消えてく……!」

 四方世界《スモールワールド》はもちろん、その外にある観客席も賭博場そのものも床・壁・天井──紛う事なき全てという全てが粒子となって消失し。

 自分の足元だけは不自然に無事な事にさえ危機感を抱き、ポーラを庇うようにするティエントの悲鳴にも近い疑問の声を聞いたマキシミリアンは吐血しながらも笑みを浮かべ。

「私にとっての、『情報の開示』とは……まさに『虚構を暴く』事に等しい……虚構で創られたこの賭博場も、私とともに消失──」

 総取りによって彼が差し出す『情報』を開示するという事は、それすなわち虚構が全てである彼の力の根源を曝し、その全てを無力化するという事であるらしく、マキシミリアンの力で創られた賭博場も消えて当然──。

 ──そう締めくくらんとしたようだが。

「っだとしても、おかしいだろうが……! 何で観客どもも、そんで駒として生き残ったやつらも消えてんだ!? 何をしてやがる!!」

 ここで、ようやく聴覚と嗅覚をフル稼働させて事態の急変及び詳細に気がついたスタークが、この賭博場そのものはまだしも観客や四方世界《スモールワールド》の参加者までもが消えていっているという衝撃の事実さえも察して問いかける。

『────! ────……!!』

『──、──……』

『『────!! ────!!』』

 実際、スタークの言う通り観客や生き残った駒たち、そして実況や解説も周囲の物体と同じく粒子となって消えていっているのだ。

 尤も、そうやって消えていっている彼らの表情から恐怖や困惑の色は感じられないが。

 それを受けたマキシミリアンは、スタークではなく何故かティエントの方を向き──。

「……誰より嗅覚《はな》の利く貴方ならば、すでに気づいているのでは? Doggy boy」

「は……? 何を、言って──」

 スタークには分からないだろうが──と暗に蔑んでいるようにも聞こえるその言葉に隠された、犬獣人の嗅覚があればという試すような問いかけに、ティエントは要領を得ず。

 首をかしげかけたのは、ほんの一瞬の事。

 瞬間、彼の脳裏をよぎったのは。

 この街に入ってすぐ、ティエント自慢の嗅覚を働かせる事となった──……

 ティエントは、思い違いをしていた。

 ズィーノに足を踏み入れたその瞬間から彼の鼻を掠めたあの香りは、てっきり香りの元であるマキシミリアンから漂っているものだとばかり思っていたのだが、おそらく──。

「──この街の、全てが……っ!?」

 ズィーノという街は、マキシミリアンの支配下にあるのではなく──まぁ支配下でも間違いではないのだろうが──マキシミリアンの称号、【胡蝶之夢《マスカレード》】によって新しく創造された『虚構の街』なのではないかという事。

 半ば確信を持って口にしたその問いに、マキシミリアンは美形な貌をぐにゃりと歪め。

「Yes。 Gamble city ズィーノは私の支配下に堕ちた時点で一度、滅んでいたのです。 この街で皆様が出会った者たちは全て虚構、過去に存在した者たちの姿を模して創った容れ物に虚構を詰めた人形ですよ」

 ティエントが口にした推測の殆どを肯定したうえで、ズィーノという街はもう随分と前に完全な壊滅を迎えており、その事実を他の街や集落、美食国家そのものに露見させないように【胡蝶之夢《マスカレード》】の虚構を用いて隠蔽し。

 壊滅の際に死した全ての生物を模倣した魔力製の容れ物に、【蘇《リザレクション》】の要領で虚構の魂を詰め込む事で意のままに動かし、マキシミリアンが滅ぼす以前のズィーノとして機能させていた──というのが賭博の街の真実。

 それでも、マキシミリアンの支配下に堕ちた後に来訪して、まだ命を落としてはいない者たちもいるにはいるらしいが、そういう者たちは全てが消えた後に解放されるようだ。

 そして、全てを語り終えたマキシミリアンは街全体に散っていった、紫色の光に崩壊を任せる形で左手を下ろしたかと思えば──。

「貴方の言った通り、ここにあった全ては虚構ですが──……だけは、事実ですよ」

「う"!? ぎ、あ……っ!?」

「ティエント!?」

 この賭博場も、その外にある街の全ても虚構の存在であったとしても、これから行う事だけは何があっても揺るがぬ真実だ──と告げた瞬間、ティエントが原因不明の苦痛を覚えて胸を押さえ始めた事で、スタークが思わず彼の名を叫びつつ駆け寄ろうとする一方。

「お忘れですか? 貴方は、犠牲《サクリファイス》。 私自身も虚構の街とともに消えゆくDestinyですが──……貴方だけは連れて行きますよ」

「ぐ、う……っ、これ、が……死か……っ」

 いつの間にか彼とマキシミリアンは、おそらくそれも【胡蝶之夢《マスカレード》】で創られたものなのだろう半透明の管のような何かで繋がれており、それが犠牲と決められた生物の寿命を吸収し、そして本来は己の糧とする為の管なのだと明かされた事で、ティエントがいよいよ目前までやってきた死の気配を実感する中。

「……っ、あぁクソ! あたしも妹も世話んなったやつが目の前で死んでいくのを黙って見てろってのか!? ふざけんのも大概に──」

 己の糧とはしない以上、確かに道連れ以外の事を目論んではいないのだろうと、そして犠牲にすると決意したなら黙って見送るべきなのだろうとは理解しつつも、やはり我慢などできる筈がなかったスタークが、つい先ほど四方世界《スモールワールド》の壁を壊せたのと同じように、その管もぶった斬ればと脚に力を込めた瞬間。

「──……全く、その通りですよ……っ」

「……!? ぽ、ポー、ラ……!!」

 ふざけるのも大概にしろ──そう叫ぼうとしたスタークの言葉を継ぐ形で目覚めの一言を放った近衛騎士、ポーラ=レンガードの突然の目覚めにティエントは苦しみながらも。

 そして驚きながらも喜んでいた。

 目覚めてくれて本当に良かった、これなら犠牲は俺一人で済みそうだな──と本心で。
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