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躊躇なき削り合い

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 最初の一戦を制したのは、スターク陣営。

『──……っ、く、クソが、よぉぉ……っ』

『また一人、哀れな仔羊が神の御許へ……』

 体格的にも性別的にも不利極まりないと思われたが、そもそもの駒としての強さや属性の有利不利が大きく作用した為か、スターク側の教皇《ビショップ》の片割れである修道女《シスター》が勝利した。

 大陸の西側に位置する【武闘国家】におけるチェスに近い遊戯、“将棋”と違い相手の駒を使えるようになるわけではないが、それでも戦力を削る事ができたというのは大きい。

 ……もちろん、それは一人の獣人の犠牲のうえに成り立っているのだが、スタークにもマキシミリアンにも特に動揺は見られない。

『あれが灼人《イフリート》の火力か! 凄ぇなおい!』

『獣人の方も強そうだったが……』

『あーあ、損しちゃったわ』

『次だ次! さっさと進めてくれよ!』

 もっと言えば観客たちは更なる盛り上がりを見せており、先ほどの戦闘の結果で得をしたり損をしたりした者たちが、どちらにせよ早くしろと急かす中、次の一手を打つのは。

「敗けてしまいましたか。 これは残念、獣人の彼には申し訳ない事をしてしまいました」

「……心にもねぇ事ほざきやがって」

 少女が見抜いた通り、あの獣人の犠牲などすでに心の片隅にさえ置いていない元魔族。

 駒一つ分スターク陣営が有利──という事は特になく、むしろ一つだけ相手の陣営に差し込まれた駒は敵陣営からすれば格好の的。

「碌なThinkingもなく進めていただき感謝します、Powerful girl」

「あ?」 

「e7教皇《ビショップ》! 騎士《ナイト》の仇を! F6へGo!」

 マキシミリアンは、まるで待ってましたと言わんばかりに、つい先ほど戦いを終えたばかりの教皇《ビショップ》役の修道女《シスター》へ向けて自分の陣営に属する教皇の片割れを斜め前へと進ませる。

 その教皇《ビショップ》は──……“海人《セイレーン》”の若い男性。

 一見すると、ただ単に背が高く体格も良い人間という感じだが、ところどころに魚類の如き鮮やかな鱗や鰭が生えており、腰の辺りには尾鰭のような形の尻尾まで携えている。

 そんな海人は目の前の灼人《イフリート》と同じ修道服を着て、それでいて灼人《イフリート》とは正反対の水属性の鎧を全身に纏ったまま三叉槍《トライデント》を振りかぶり。

『ここで山ほど儲けて集落の皆に楽させてやりたいんだ。 悪いな灼人《イフリート》、鎮火させるぜ?』

『……神よ、どうかご加護を……』

 火と水、己の方が圧倒的に属性有利であるという事実を理解したうえで、『悪く思うなよ』と曰う海人《セイレーン》に、こちらも属性不利を理解していた灼人《イフリート》は、もはや神に縋るしかなく。

 およそ、五分ほどの激しい戦闘の後──。

 辛くも勝利したのは、海人《セイレーン》。

『……私もまた、仔羊だったのですね……』

『ふぅ……中々強かったぜ、灼人《イフリート》』

 己もまた哀れな仔羊であり、仔羊であるという事は神の御許へと召されるのだろうと確信しているがゆえに悲壮感のない修道女《シスター》の最期に対し、どうやら思った以上に苦戦していたらしい海人《セイレーン》は口元の血を拭いつつ微笑む。

 実際、この修道女《シスター》は結構な実力を備えており、それこそ海人《セイレーン》が放つ水の魔法を蒸発させるほどの火力を発揮していたが、やはり属性不利を完全に覆す事はできなかったようだ。

『まさに一進一退! 互いに駒を一つずつ失った今、勝負は振り出しというところか!?』

『駒の強さだけを見るなら、やや挑戦者側が不利でしょうね。 もちろん戦略次第ですが』

 実況や解説の声にも熱が入り、まるで自分たちも観客であるかのように愉しんでいる。

「ふふふ……さてさて、Powerful girl。 貴女の采配で一人の尊いLifeがLostしたわけですが、調子のほどは?」

「……何を言ってんのか分からねぇが──」

 そんな中、蝶々仮面の奥で煌めく金色の瞳を歪ませつつ、どう見てもスタークを煽る目的だろう昏く妖しい笑みを湛えるマキシミリアンに対し、スタークは羅列された妙な発音の単語の意味こそ完全には理解できずとも。

「これは、だろ? 有象無象がどうなろうが、知ったこっちゃねぇよ」

「くふ、くはは! Marvelous!!」

『りゅあぁ……っ』

 要は、この戦いの過程でどれだけの犠牲が出ようと、スタークとパイクじぶんたちさえ生き残っていればそれでいい──と真剣味を帯びた表情で口にされた、かつての救世主の娘とは思えぬ発言に、マキシミリアンはさぞ満足げに。

 そして、パイクは細々と溜息をこぼした。

 この少女は結局、仮に言葉が完全に通じていたとしても、自分の言う事を聞いてくれたり忠告に従ってくれたりはしないのだから。

「続けるぞ? e3兵隊《ポーン》、e4へ──」

 それから、『話は終わりだ』と言わんばかりに、スタークはまたも躊躇なく駒を進め。

 マキシミリアンもまた、それに倣う。

 その後も、戦闘は何度も何度も発生し。

 微塵も躊躇のない駒の削りあいが続く。

 そして思考時間も含め、およそ三十分後。

『この四方世界《スモールワールド》も佳境に差し掛かろうかという局面! 互いの駒も中々に減りましたね!』

『えぇ。 しかし、やはり注目すべきは──』

 実況の彼が叫んだように、この四方世界にも終わりが見えてきており、また互いの陣営の駒についても中々に──と言うには少なめであるが減ってきているという確かな佳境。

 一つ一つの戦闘が見どころ満載、観客も熱狂の嵐に包まれた激戦であったものの、その中でも殊更に会場を沸かせた組み合わせは。

「いやぁ流石は神晶竜! というのに、ここまで痛手を負うとは!」

「……まさか、こいつが敗けるとはな」

『……』

 ──そう、パイクvsマキシミリアン。

 かたや並び立つ者たちシークエンス序列十三位、かたや最古にして最強の魔物の転生体、単純な実力としては大差なかった筈なのだが、パイクが女王《クイーン》、マキシミリアンが王様《キング》という駒の強さや、この空間そのものが彼の称号における支配領域という事も相まってか少しずつパイクは劣勢となり、最終的に惜しくも敗北した。

 ただ、他の駒と違って消滅してはいない。

 マキシミリアンの言葉通りに、パイクがその半身を規定教範《ルールブック》に変えて、もう半分を女王としていたから──……なのだろう、多分。

 尤も、パイクは現状──意識不明。

 規定教範《ルールブック》の形こそ保ててはいるが、スタークがどれだけ声をかけても反応はなかった。

 更にらスタークの手から感じるパイクの力は、どう考えても──……

 仮に意識が戻ったとしても、これまでのように戦えなくなっているかもしれない──。

 ──これもある意味、犠牲《サクリファイス》なのだろう。

 そして今、パイクを倒したマキシミリアンは、あろう事かスタークの陣地まで踏み込んできており、つい先ほどの心にもないパイクへの称賛の言葉は彼女の傍で口にしていた。

 普段のスタークなら苛立ちとともに殴りかかっていてもおかしくないが、マス目で完全に隔絶された今の状態では不可能であるし。

 そもそも、そんな事をするつもりはない。

 あくまでも規定《ルール》に則って潰す為に──。

「さて、間もなくFinaleですが……そうですね──王様《わたし》がg1へ向かいましょう」

「……?」

 そんな中、マキシミリアンはやや斜め前方に堂々と立つスタークを視界に収めつつ、g2へ進ませていた王様《じぶん》をもう一歩だけ前進。

 その一手が、こちらの陣営における王様を狙ったものであると──つまりはスタークを狙ったものであるとは充分に理解できたが。

(攻めというには消極的、守りというには積極的……何だ? 何が目的の一手だ、これは──)

 攻めるにしても、そして守るにしても。

 こちらの駒の移動圏内からは外れず。

 もう、迫り来る詰みを待つ身でしかない。

 なのに、マキシミリアンの表情からは諦めのような感情は見えず、それどころか未だ衰えぬ賭博への意欲と愉悦ばかり垣間見える。

 そんな行動と表情の乖離が意味するのは。

「──……あぁ、か」

 スタークは、それを理解した。

 この元魔族は、どこか自分と──。

「……定跡とやらに従うなら、あたしがd2に移動。 それで真に詰みチェックメイトなんだろうが──」

 それから、スタークはゆっくりとマキシミリアンが収まっているマス目がある方へと歩き出しつつ、物言わぬ規定教範《ルールブック》に記された定跡に従わぬ事を前提としたうえで、決して壊れぬ筈のマス目を区切る光の壁に手を添え。

「──を、勝ちとは言えねぇな」

 そういうの、つまりd2へ動くだけでも勝てるという、およそ『逃げ』ともとれる選択をして勝利するのは違う──と、その光の壁にヒビを入れるほどに五指を食い込ませる。

「ふふ……えぇ、そうでしょう。 そうでしょうとも! ! 貴女は生粋の──……Gamblerなのですから!」

「あぁ、やってやるよ──」

 それを見ていたマキシミリアンは、壊れぬ筈の壁にヒビが入れられた事などよりも、スタークの言葉に歓喜と愉悦を覚えており、どこか自分と似ているという互いに感じていた既視感を共有した後、スタークが口にしてみせた宣言に、観客たちのボルテージは──。

「──戦闘《バトル》しようぜ、王様《キング》同士でな」

『『『おぉおおおおっ!!』』』

 ──またも、今日一番の歓声を更新した。
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