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閑散とした街道

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 一方その頃、フェアトはといえば──。


「──……他とすれ違いませんね」

 あちらと同じように、しっかりと舗装された街道を駱駝車で走っている筈なのに、どういうわけか他の駱駝車と全く以てすれ違う気配のしない閑散とした街道に困惑していた。

 王都アレイナから見て北にある街へ向かったスタークたちの方は、そこそこの頻度で他の駱駝車や明らかに奴隷商のものと思わしき乗る人の事を全く考えていない駱駝車などなどとすれ違っていたりするのに──……だ。

(……大体の想像はついてるけど……)

 尤も、スタークと違って聡明かつ察しも良い彼女には、おおよその推察もできており。

「今や、パラドは街全体が病床になってるらしいからねぇ。 わざわざ病に罹ろうとする物好きでもない限り、すれ違わないだろうよ」

「……まぁ、そうですよね」

 王都アレイナを──……というより、この国を拠点にして長いガウリアからの『街全体が病床』という聞く者が違えば青ざめていても不思議ではない言葉を含めた説明にも、これといって動じる事もなく少女は納得する。

 しかし、それはそれとして──。

「……でも、パラドから王都へ向かう駱駝車ともすれ違わないのは──……っ、まさか」

 王都から今のパラドへと向かう物好きが自分たち以外にいないのは分かったが、どうして今のパラドから脱出しようとする人すら見当たらないのか──と抱いて当然の疑問を投げかけようとしたものの、すぐさま何かに思い至ったかの如くハッと顔を上げたところ。

「えぇ、パラドは現在──完全封鎖状態《ロックダウン》となっています。 これ以上、病の波が広がらぬように。 他の街にまで被害を広げぬようにと」

「隔離って事ですよね? でもそれって──」

 妹と同じく御者を務めていたポールが、フェアトが何となしに思い至っていたものと殆ど同じ答えを──完全封鎖状態《ロックダウン》という言葉自体は初耳だったが──口にしつつ、パラドの住民の全てが隔離されているのだと語るも。

 よくよく考えずとも、それでは根本的に何の解決にもなっていないし、そもそも流通が断たれた一つの街の中だけで、まともな生活などできないのでは──と問おうと試みた。

「幸い、パラドは元々【美食国家】でも有数のオアシスを中心として造られた街だと言い伝えられています。 実際、食糧も水も豊富です。 たとえ病が流行しても外との流通が閉ざされても街の中だけで完結しているのです」

 しかしながら、そんなフェアトの疑問を先読みしたポールは、これから向かう街は元々国内でも一・二を争うほど水や食材が豊かであったオアシスに造られた街であり、もちろん水や食糧の全てが病に冒されていないとは言えないが、それでも流通が断絶されただけで滅ぶような街ではないと簡潔に説明する。

「だから放置してた──……ってわけかい」

「誠に遺憾ですが……その通りです」

 ……まぁ、だからといって病や病に罹った者を閉じ込めるという政策に打って出た事は決して褒められたものではない、そうガウリアに指摘されたポールは耳が痛そうだった。

 尤も、ポールが決めたわけではないが。

「街をぐるりと囲むように建てられた大きな壁の向こうでは、たった今この瞬間にも病が蔓延している状態です。 ひと思いに死ねる病なら、まだ救いはあったのでしょうが……」

「……もしかして麻痺や不随のような……」

「まさしく」

 また、パラド全体を蝕む病はその殆どが死に至らしめる事こそ稀であるものの、フェアトの憶測通り身体の大部分が一切動かなくなるような麻痺や不随──まぁ言い方はあれだが『死んだ方がマシ』という状態に陥っている事もあり、ポールの表情は更に暗くなる。

 中には、その状態があまりにも辛いからと自ら命を絶つ者や、ほんの少しも動けないからと家族に安楽死を頼む者もいるのだとか。

「何となく返ってくるだろう答えは分かってるんですが、【治《キュア》】は効かないんですか?」

「……えぇ。 、ですが」

「今は?」

 一方、先程と同じく大体の想像はついているとはいえ、『気になってしまったら確認せずにはいられない』という悪い癖を発揮したフェアトからの『回復魔法は?』なる疑問に対し、ポールは妙な言い回しで答えてきた。

 そんな彼の答えによって余計に疑問を抱いてしまい、また聞き返すフェアトの問いに。

「……少し前までは、【治《キュア》】でも充分に対策できていたそうなのです──……が、それも数日で無意味になったとか。 私が魔導師団に聞いた話によれば、『病自体が【治《キュア》】に対する免疫を高め始めた』だの、『悪意という悪意を煮詰めたような蝕み方だ』だのと……」

「いかにも魔族が関わってそうだねぇ……」

 初期段階では完治とまではいかずとも、ある程度の快復は【治《キュア》】の重ねがけでも見込めていたのに、どういう絡繰か病そのものが悪意を持っているかのようなおぞましい変異を遂げているらしく、もはや回復魔法や薬などは全く以て通用しなくなっていると明かし。

 その悪辣な現象──……否、所業は間違いなく魔族によるものだろうとガウリアが確信しつつ、どこからか取り出した酒を呷る中。

「……今、魔導師団って言いました?」

「? えぇ、パラドに派遣されていますから」

 何気なく彼が口にした、まだ見ぬ組織について確認したところ、どうやら魔導師団は今パラドに『治療』と『分析』を兼ねて派遣されているようで、『そういえばまだ伝えていませんでしたね』とポールは頭を下げるも。

「あの、あまり私たち双子の素性を知る人を増やしたくはないんですよ。 できれば──」

 重要なのはそこではない、と言わんばかりにフェアトはふるふると首を横に振り、そもそも勇者と聖女の娘という事は可能な限り隠しておいてほしい、というのが母との約束なのだと控えめにお願いしようとしたところ。

「無論、承知しています。 お二方の素性は魔導師団やパラドの住民の方々には伏せておきますから、そのような心配はご無用ですよ」

「……ありがとうございます」

 まるで、あらかじめ分かっていたとでもいうような反応速度にて、ポールが彼女からの願いを受け入れてくれた事により、フェアトがぺこりと頭を下げたのを見たガウリアは。

「随分と物分かりが良いけど……ポールっつったっけ? あんたら双子の近衛がスタークに妙な視線向けてたのも関係してんのかい?」

「え? 姉さんに……?」

「……」

 王命というのもあろうが、どうしてそこまで物分かりが良いのかという事に強い疑問を抱くとともに、ポーラと同じくスタークに対して苦々しい表情を向けていた事にも気づいていたがゆえの問いかけをし、それには気づいていなかったフェアトが視線を向けると。

「……そう、ですね。 ないとは言えません」

「どういう、事ですか?」

 何やら気まずげに、ほんの少し後ろめたささえ感じさせる苦笑いで以て、ポールが返答してきた事で、またもフェアトは問い返す。

 すると、ポールは時間でも稼ぎたいのか少しばかり駱駝車の速度を落としてから──。

「……もう十六年も前になりますか。 ポーラと私は勇者様の一行にお会いした事があるのですよ、それも──……

 ふと振り返った先にいる少女に、かの聖女レイティアの面影を重ねながらそう言った。
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