上 下
225 / 333

『美』という概念が服を着たような

しおりを挟む
 ──煌びやか……いや、もういい。


 一体、何度同じ事を思えばいいのか──。


 フェアトは、もはや呆れてさえいた。


 結局のところ、テオたち待機組と出戻りのアルシェを除いた一行は、セリシアの我儘にも近い要求によって大きな城門を通過して。

 やはり、【魔導国家】の王城とは絢爛さの方向が異なる──良い意味でかはともかくとして──宮殿へと足を踏み入れる事となり。

 天井、壁、床、扉、照明、絵画──……どこをとっても高価そうな物しかなく、こうして進めば進むほどに場違いなのではないかという思いが一行の中で強くなっていく一方。

 そんな一行に構う事なく、おそらく相当に訓練されているのだろう衛兵たちは大きな足音を立てたりもせず、されど決して鈍くはない足取りで以て宮殿の奥へ奥へと進み──。

「──セリシア殿はご存知でしょうが、こちらが王の間となります。 我々も、この奥へ無許可で入る事は出来ません。 少々お待ちを」

「……あぁ」

 そして辿り着いたのは、この宮殿の主たる王が座す場所──言うまでもなく玉座がある王の間の大きく絢爛な扉であり、それをセリシア以外の一行へと伝えつつも衛兵たちは扉の両端に立つ近衛と見られる兵に話を通す。

 声量は決して大きくはなかったが、スタークの超人的な聴覚にはしっかり届いており。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ──あちらが【真紅の断頭台】です。


 ──かねてより王は彼女との面会を希望されていましたので……お連れした次第です。


 ──そうか、では許可を……ん?


 ──……後ろの者たちは何だ? 別件か?


 ──魔奔流《スタンピード》収束の貢献者、とか何とか。


 ──……その件ならば、すでに騎士団長が王への報告を済ませている頃だと思うがな。


 ──立役者もあの者だと聞いているぞ?


 ──えぇ、ですね。


 ──……らしい?


 ──……察して、いただけませんか?


 ──【帯剣した傲慢】が顔を出したか。


 ──……承知した、少し待て。


 ──ありがとうございます。


 ──……騎士団には同情するよ。


 ──えぇ、本当に。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 という何とも皮肉めいた会話であった。


(……信用ねぇんだな、騎士団長は)

 かのヴァイシア騎士団の騎士団長をよく知る彼女からすると、これほどに信用も人望もない人間がよく組織の長という立場に就けてんな、と何なら感心さえ覚えたようだった。

 その後、近衛たちは王の間の扉を少しだけ開いて入っていき、おそらく中にいるのだろう何某かに許可を取るべく話を通して──。

「──……通れ。 全員分の許可が下りた」

「感謝します──……では我々はこれで」

「……ご苦労」

「「はっ!」」

 よもや、セリシアだけでなくスタークたちやガウリアたちを含めた全員に謁見の許可が下りるとは思っていなかったようだが、それでも表情を崩す事なく最後まで責務を全うした衛兵たちにセリシアは労いの言葉を投げ。

(……元魔族とも知らないで……)

 上司でも何でもない彼女相手に敬礼までして去っていく彼らを見たフェアトは、その正体を知っているからこその溜息をこぼした。


 言うわけにもいかないのが辛いところだ。


 その後、大きさ相応の重々しい音を立てて開いた扉の先には、あろう事か部屋ではなく先が見えないほど長く高い階段があり──。

「だっっっっる、誰が造ったんだこんなん」

「「「……」」」

「ちょっと姉さん……やめてくださいよ」

「下に居ろよ下に、許可取ったんだから」

「「「……」」」

「いやもう本当に、本当にやめてください」

 決して本調子とは言えないうえ、ただでさえ戦闘以外の単調な動きを面倒くさがるスタークの隠す気がない愚痴に、フェアトは数段飛ばしでずらりと並ぶ近衛たちからの睥睨を感じつつ、どうにか姉を宥めながらも上る。

「……外から見えた、あの先がとんがった丸みたいなとこ? に繋がってんのかねぇ……」

「あー確かに……それっぽいよな」

「つっても長すぎるってのは同意だけどね」

「偉いやつは高いとこにいるもんだろ?」

「そうなのかい?」

「……そういや地下暮らしドワーフだったな」

 一方、膂力はともかく体力はスタークに勝るとも劣らないものがあるガウリアとティエントは、これといって息が切れる事も面倒くさがる事もなく、この階段が宮殿のどの辺りに繋がっているのかと考察する余裕もあり。

 もっと言うと、一般的な鉱人《ドワーフ》と比較するとあまりに異質なガウリアに対し、ティエントは軽口を叩く余裕すらもあったようだ──。

「……」

「「「……!」」」

 また、そんな四人とは異なり終始無言のセリシアの、ただ『階段を上る』という動作一つ一つにさえ近衛たちはある種の畏怖や戦慄を覚えていたようだが──それはさておき。

「──……お、やっとか」

「……そう、らしいです、ね……」

「貧弱がよ」

「……はいはい。 すみませんね、っと──」

 いかにも気だるそうなスタークのぼやき通り、そして一般的な子供よりも体力のないフェアトの息切れが示す通り、ようやく長く高い階段は終わりを迎え、その先にある広々とした“王の間”の全貌が明らかになってくる。

 ジカルミアの王城のような天蓋こそないものの、その代わりなのか高い天井には絢爛と言う他ない照明器具がぶら下がっており、日の光とも月の光ともとれるその暖かな光は。

「……さっきより眩しいですが、どうです」

「んー、さっきの廊下よりはマシだな」

「え? そうなんですか?」

「この感じ、多分【光癒《ヒール》】じゃねぇか?」

「……なるほど──……あの人は?」

 スタークにとって毒にしかならない先程までのものとは違い、どうやら【光癒《ヒール》】が込められているようだと見抜いた姉の言葉で、フェアトは姉が急に元気になった理由を知り。

 それから、この広々とした王の間の最奥にある玉座から少し離れた場所で恭しく膝をつく肥満体型な鎧姿の壮年男性が目に映った。

 どう考えても戦いには不向きに思えるその後ろ姿に、フェアトが疑問を抱いたところ。

「あれが騎士団長さね。 あたいは喋った事ぁないけど、あの丸い後ろ姿は間違いないよ」

「あの人が──」

 この国を拠点として長いガウリアは、やはり彼の事を知っていたようで、あの男性こそが【鎧を着た怠惰】なのだと教えてくれた。

 それを聞いて『なるほど』と納得したフェアトが、その奥にいる二人の近衛が両端に立つ横長のソファーのような絢爛な玉座に、あろう事か寝転がったままの姿勢で彼の話を聞いているらしい何某かに目を向けた時──。

「──……どういう事ですかなぁ? 王よ」

 騎士団長グルグリロバは、ここへ上ってくるのに疲れ切っているのか、それとも元々汗っかきなのかは分からないが、だらだら流れる脂汗もそのままに顔を上げ、『くあぁ』と相当眠たげに欠伸する何某かに声をかける。

 すると、その何某か──否、玉座を我が物としている時点で分かるだろう、この国の王であるらしい褐色の美女は寝転んだままで。

「──逐一、言葉にせねば分からぬのか?」

「なにぶん理解に苦しむ内容なものでぇ」

(重くない? 空気……)

 セリシアほどとまで言わずとも、ハスキーな女声を以て皮肉めいた言葉を返したが、それでもグルグリロバは食い下がろうとする。

 一体、何の話を──……いや、おそらくは魔奔流《スタンピード》収束の手柄についての話だとは思うものの、こんな険悪な空気になっているのは何故なのかとフェアトが困惑していたその時。

「此度の魔奔流《スタンピード》で戦死した者たちの遺族への手当はくれてやる。 が、みすみす数十名の騎士や冒険者を死なせた其方に手柄など……くれてやるわけがなかろうて。 そもそも──」

 しゃらり──と音を立てて身体を起こした女王は非常に際どいその服から豊満な胸がこぼれそうになるのも構わず、グルグリロバが欲したのだろう魔奔流《スタンピード》収束の手柄よりも、まずは戦死者遺族への手当を充実させると語りつつ、およそ数十名にも上る犠牲者を出した彼への褒賞など与えるわけがないと述べて。


 それから、とどめを刺すかのように──。


其方に、のう?」

「……っ!」

「──身の程を知れ、グルグリロバ」

「っ、失礼するぅ……!」

 そもそもの前提として、グルグリロバは最前線どころか収束直後にやって来たのだという事を彼女は把握していたらしく、その事実を突きつけてきた女王からの『下がれ』という無慈悲な声に、グルグリロバは舌を打ち。

 すれ違った双子や傭兵、冒険者たちに理不尽な逆恨みによる睨みつけを行いつつも、セリシアにだけは色目を使いながら退散した。

(……ただ美しいだけじゃない、この国を治める者としての威厳や聡明さえも兼ね備えてるんだ──……あれが、【美食国家】の王……)

 そんな一連の流れを静観していたフェアトは、【魔導国家】の三十代にしては老けて見えるあの王の姿を思い浮かべ、ひとえに王と言っても色々あるんだなぁと感心しており。

 まるで──……そう、『美』という概念そのものが服を着ているようにも思えるこの女王は決して美しさだけの愚王ではないのだろうと、フェアトが半ば確信していたその時。

「──……さて。 近衛の話では其方らこそが立役者だそうじゃのう? もそっと近う寄れ」

「「「「……」」」」

 おそらく気づいてはいたのだろうが、ようやくスタークたち一行に妖しく煌めく黄金色の瞳を向けつつ、こちらに来て話をしようと提案してきた女王に対し、セリシアを除く一行は溢れ出る威厳に萎縮しつつも頷き合い。

「──……行くか」

「はい……」

 スタークの声を皮切りに、あの女王に謁見するべく広々とした王の間を進んでいった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

鬼神の刃──かつて世を震撼させた殺人鬼は、スキルが全ての世界で『無能者』へと転生させられるが、前世の記憶を使ってスキル無しで無双する──

ノリオ
ファンタジー
かつて、刀技だけで世界を破滅寸前まで追い込んだ、史上最悪にして最強の殺人鬼がいた。 魔法も特異体質も数多く存在したその世界で、彼は刀1つで数多の強敵たちと渡り合い、何百何千…………何万何十万と屍の山を築いてきた。 その凶悪で残虐な所業は、正に『鬼』。 その超絶で無双の強さは、正に『神』。 だからこそ、後に人々は彼を『鬼神』と呼び、恐怖に支配されながら生きてきた。 しかし、 そんな彼でも、当時の英雄と呼ばれる人間たちに殺され、この世を去ることになる。 ………………コレは、そんな男が、前世の記憶を持ったまま、異世界へと転生した物語。 当初は『無能者』として不遇な毎日を送るも、死に間際に前世の記憶を思い出した男が、神と世界に向けて、革命と戦乱を巻き起こす復讐譚────。 いずれ男が『魔王』として魔物たちの王に君臨する────『人類殲滅記』である。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。

音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。 その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。 16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。 後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。

処理中です...