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『美』という概念が服を着たような

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 ──煌びやか……いや、もういい。


 一体、何度同じ事を思えばいいのか──。


 フェアトは、もはや呆れてさえいた。


 結局のところ、テオたち待機組と出戻りのアルシェを除いた一行は、セリシアの我儘にも近い要求によって大きな城門を通過して。

 やはり、【魔導国家】の王城とは絢爛さの方向が異なる──良い意味でかはともかくとして──宮殿へと足を踏み入れる事となり。

 天井、壁、床、扉、照明、絵画──……どこをとっても高価そうな物しかなく、こうして進めば進むほどに場違いなのではないかという思いが一行の中で強くなっていく一方。

 そんな一行に構う事なく、おそらく相当に訓練されているのだろう衛兵たちは大きな足音を立てたりもせず、されど決して鈍くはない足取りで以て宮殿の奥へ奥へと進み──。

「──セリシア殿はご存知でしょうが、こちらが王の間となります。 我々も、この奥へ無許可で入る事は出来ません。 少々お待ちを」

「……あぁ」

 そして辿り着いたのは、この宮殿の主たる王が座す場所──言うまでもなく玉座がある王の間の大きく絢爛な扉であり、それをセリシア以外の一行へと伝えつつも衛兵たちは扉の両端に立つ近衛と見られる兵に話を通す。

 声量は決して大きくはなかったが、スタークの超人的な聴覚にはしっかり届いており。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 ──あちらが【真紅の断頭台】です。


 ──かねてより王は彼女との面会を希望されていましたので……お連れした次第です。


 ──そうか、では許可を……ん?


 ──……後ろの者たちは何だ? 別件か?


 ──魔奔流《スタンピード》収束の貢献者、とか何とか。


 ──……その件ならば、すでに騎士団長が王への報告を済ませている頃だと思うがな。


 ──立役者もあの者だと聞いているぞ?


 ──えぇ、ですね。


 ──……らしい?


 ──……察して、いただけませんか?


 ──【帯剣した傲慢】が顔を出したか。


 ──……承知した、少し待て。


 ──ありがとうございます。


 ──……騎士団には同情するよ。


 ──えぇ、本当に。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 という何とも皮肉めいた会話であった。


(……信用ねぇんだな、騎士団長は)

 かのヴァイシア騎士団の騎士団長をよく知る彼女からすると、これほどに信用も人望もない人間がよく組織の長という立場に就けてんな、と何なら感心さえ覚えたようだった。

 その後、近衛たちは王の間の扉を少しだけ開いて入っていき、おそらく中にいるのだろう何某かに許可を取るべく話を通して──。

「──……通れ。 全員分の許可が下りた」

「感謝します──……では我々はこれで」

「……ご苦労」

「「はっ!」」

 よもや、セリシアだけでなくスタークたちやガウリアたちを含めた全員に謁見の許可が下りるとは思っていなかったようだが、それでも表情を崩す事なく最後まで責務を全うした衛兵たちにセリシアは労いの言葉を投げ。

(……元魔族とも知らないで……)

 上司でも何でもない彼女相手に敬礼までして去っていく彼らを見たフェアトは、その正体を知っているからこその溜息をこぼした。


 言うわけにもいかないのが辛いところだ。


 その後、大きさ相応の重々しい音を立てて開いた扉の先には、あろう事か部屋ではなく先が見えないほど長く高い階段があり──。

「だっっっっる、誰が造ったんだこんなん」

「「「……」」」

「ちょっと姉さん……やめてくださいよ」

「下に居ろよ下に、許可取ったんだから」

「「「……」」」

「いやもう本当に、本当にやめてください」

 決して本調子とは言えないうえ、ただでさえ戦闘以外の単調な動きを面倒くさがるスタークの隠す気がない愚痴に、フェアトは数段飛ばしでずらりと並ぶ近衛たちからの睥睨を感じつつ、どうにか姉を宥めながらも上る。

「……外から見えた、あの先がとんがった丸みたいなとこ? に繋がってんのかねぇ……」

「あー確かに……それっぽいよな」

「つっても長すぎるってのは同意だけどね」

「偉いやつは高いとこにいるもんだろ?」

「そうなのかい?」

「……そういや地下暮らしドワーフだったな」

 一方、膂力はともかく体力はスタークに勝るとも劣らないものがあるガウリアとティエントは、これといって息が切れる事も面倒くさがる事もなく、この階段が宮殿のどの辺りに繋がっているのかと考察する余裕もあり。

 もっと言うと、一般的な鉱人《ドワーフ》と比較するとあまりに異質なガウリアに対し、ティエントは軽口を叩く余裕すらもあったようだ──。

「……」

「「「……!」」」

 また、そんな四人とは異なり終始無言のセリシアの、ただ『階段を上る』という動作一つ一つにさえ近衛たちはある種の畏怖や戦慄を覚えていたようだが──それはさておき。

「──……お、やっとか」

「……そう、らしいです、ね……」

「貧弱がよ」

「……はいはい。 すみませんね、っと──」

 いかにも気だるそうなスタークのぼやき通り、そして一般的な子供よりも体力のないフェアトの息切れが示す通り、ようやく長く高い階段は終わりを迎え、その先にある広々とした“王の間”の全貌が明らかになってくる。

 ジカルミアの王城のような天蓋こそないものの、その代わりなのか高い天井には絢爛と言う他ない照明器具がぶら下がっており、日の光とも月の光ともとれるその暖かな光は。

「……さっきより眩しいですが、どうです」

「んー、さっきの廊下よりはマシだな」

「え? そうなんですか?」

「この感じ、多分【光癒《ヒール》】じゃねぇか?」

「……なるほど──……あの人は?」

 スタークにとって毒にしかならない先程までのものとは違い、どうやら【光癒《ヒール》】が込められているようだと見抜いた姉の言葉で、フェアトは姉が急に元気になった理由を知り。

 それから、この広々とした王の間の最奥にある玉座から少し離れた場所で恭しく膝をつく肥満体型な鎧姿の壮年男性が目に映った。

 どう考えても戦いには不向きに思えるその後ろ姿に、フェアトが疑問を抱いたところ。

「あれが騎士団長さね。 あたいは喋った事ぁないけど、あの丸い後ろ姿は間違いないよ」

「あの人が──」

 この国を拠点として長いガウリアは、やはり彼の事を知っていたようで、あの男性こそが【鎧を着た怠惰】なのだと教えてくれた。

 それを聞いて『なるほど』と納得したフェアトが、その奥にいる二人の近衛が両端に立つ横長のソファーのような絢爛な玉座に、あろう事か寝転がったままの姿勢で彼の話を聞いているらしい何某かに目を向けた時──。

「──……どういう事ですかなぁ? 王よ」

 騎士団長グルグリロバは、ここへ上ってくるのに疲れ切っているのか、それとも元々汗っかきなのかは分からないが、だらだら流れる脂汗もそのままに顔を上げ、『くあぁ』と相当眠たげに欠伸する何某かに声をかける。

 すると、その何某か──否、玉座を我が物としている時点で分かるだろう、この国の王であるらしい褐色の美女は寝転んだままで。

「──逐一、言葉にせねば分からぬのか?」

「なにぶん理解に苦しむ内容なものでぇ」

(重くない? 空気……)

 セリシアほどとまで言わずとも、ハスキーな女声を以て皮肉めいた言葉を返したが、それでもグルグリロバは食い下がろうとする。

 一体、何の話を──……いや、おそらくは魔奔流《スタンピード》収束の手柄についての話だとは思うものの、こんな険悪な空気になっているのは何故なのかとフェアトが困惑していたその時。

「此度の魔奔流《スタンピード》で戦死した者たちの遺族への手当はくれてやる。 が、みすみす数十名の騎士や冒険者を死なせた其方に手柄など……くれてやるわけがなかろうて。 そもそも──」

 しゃらり──と音を立てて身体を起こした女王は非常に際どいその服から豊満な胸がこぼれそうになるのも構わず、グルグリロバが欲したのだろう魔奔流《スタンピード》収束の手柄よりも、まずは戦死者遺族への手当を充実させると語りつつ、およそ数十名にも上る犠牲者を出した彼への褒賞など与えるわけがないと述べて。


 それから、とどめを刺すかのように──。


其方に、のう?」

「……っ!」

「──身の程を知れ、グルグリロバ」

「っ、失礼するぅ……!」

 そもそもの前提として、グルグリロバは最前線どころか収束直後にやって来たのだという事を彼女は把握していたらしく、その事実を突きつけてきた女王からの『下がれ』という無慈悲な声に、グルグリロバは舌を打ち。

 すれ違った双子や傭兵、冒険者たちに理不尽な逆恨みによる睨みつけを行いつつも、セリシアにだけは色目を使いながら退散した。

(……ただ美しいだけじゃない、この国を治める者としての威厳や聡明さえも兼ね備えてるんだ──……あれが、【美食国家】の王……)

 そんな一連の流れを静観していたフェアトは、【魔導国家】の三十代にしては老けて見えるあの王の姿を思い浮かべ、ひとえに王と言っても色々あるんだなぁと感心しており。

 まるで──……そう、『美』という概念そのものが服を着ているようにも思えるこの女王は決して美しさだけの愚王ではないのだろうと、フェアトが半ば確信していたその時。

「──……さて。 近衛の話では其方らこそが立役者だそうじゃのう? もそっと近う寄れ」

「「「「……」」」」

 おそらく気づいてはいたのだろうが、ようやくスタークたち一行に妖しく煌めく黄金色の瞳を向けつつ、こちらに来て話をしようと提案してきた女王に対し、セリシアを除く一行は溢れ出る威厳に萎縮しつつも頷き合い。

「──……行くか」

「はい……」

 スタークの声を皮切りに、あの女王に謁見するべく広々とした王の間を進んでいった。
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