上 下
222 / 333

ようやくの目覚め

しおりを挟む
 およそ一・二時間ほどの巡行の中──。


 道中、自分たちと同じように極駱駝《ごくらくだ》に乗っていたり、もしくは極駱駝《ごくらくだ》に幌付きの荷車を引かせていたりする者たちとすれ違ったが。


 え、さっきまで魔奔流《スタンピード》が起こってたのに?


 何か、こう──……悠長じゃない……?


 というのが、フェアトの素直な感想。


 それが向こうに伝わったのか、それとも元より話したかったのか分からないが、『先の魔奔流《スタンピード》騒動が終息した』という情報はすでに国内に広まっていると彼らが教えてくれた。

 まぁ、【伝《コール》】がある以上その事自体は特におかしな事ではないものの、それはそれとして魔奔流《スタンピード》の影響で否が応にも不安定となっている筈の絶品砂海《デザートデザート》を、護衛の傭兵がいるとはいえよく横断できるな、という疑念はある。

 ……尤も、あの魔奔流《スタンピード》で絶品砂海《デザートデザート》に棲まう魔物の殆どが集まり、その殆どが討伐されるか喰われるかしたのだろうから、ある意味では普段よりマシなのかもというのもあるが。

 すると、今度こそフェアトの呆れにも似た疑念が伝わったらしく、『こんな時でも職務を全うするなんてね』とアルシェが質問し。

 それに対し、『我々にも生活がありますからね。 彼らは魔奔流《スタンピード》に参戦したかったようですが、そういう契約ですし』と荷車を広く囲むように立つ傭兵たちを見ながら回答する。

 どうやら彼らは【美食国家】の街から街へと多種多様な物品を運搬し、そして売り捌く事を生業とする商人の一行であったようだ。

 今は、【美食国家】が王都“アレイナ”を発ち、それこそ魔奔流《スタンピード》が起きた方角へ向かい。


 その先の街や村で商売をするらしい。


 もし、あの魔奔流《スタンピード》で何らかの被害が出ているのなら、多少ふっかけたとしても食糧や衣服、住居を修理する為の木材や石材を買わざるを得ないだろうと考えての事だとか──。

(商魂逞しいというか、何というか……)

 呆れにも似た疑念が、完全に呆れに変わったフェアトは、浅くない溜息をついていた。

 それから、その商人──というより商隊と別れて数分ほど経った時、パイクが身体を変化させてた背もたれ付きの椅子で眠りこけていた少女が、フェアトの背後で目を覚ます。

「──……ん、んん……? くあぁ……っ」

 呑気に背伸びし、あくびまでする始末。

「っ! 姉さん、起きたんですね!? 身体は大丈夫ですか!? どこか痛むところは!?」

「あ、あぁ? 何だいきなり──」

 そんな姉とは対照的に、フェアトはすぐさま姉の状態を確認するべく振り向きつつ、べたべたと何の躊躇もなく身体に触れていく。

 いつもの冷静さなどどこへやら、あたふたしながら自分の身を案じてくる妹の姿に、スタークは何が何やらと困惑しきっていたが。


 ……ふと、思い出した。


「──……待て、ここはどこだ? あの蚯蚓はどうなった? まさか、お前が倒したのか?」

「……え?」

「?」

 そう──こうして今、パイクが化けた何かに運ばれているのは分かれど、それ以外の事が全く以てピンとこず、ここは砂漠のどの辺りなのか、あの並び立つ者たちシークエンスはどうなったのかと疑問符だらけで問いかけたはいいが。

 当のフェアトから返ってきたのは、あろう事か自分が投げたものと同じ符号付きの声。

「……覚えてないんですか? 終盤で眠ってしまいましたけど、姉さんが倒したんですよ」

「あたしがぁ……?」

「……っ、ん、んんっ」

 それもその筈、フェアトとしては流石に眠りに落ちる前の記憶ぐらいは残っているだろうと踏んでおり、まさか序列七位《ガボル》にとどめを刺す事となった『星を穿つ一撃』さえ覚えていないとは──……と、びっくりしたから。

 という事を簡単に述べても首をかしげる姉に『きゅん』と来つつも、このまま説明しないわけにもいかない彼女は咳払いしたのち。

「……順を追って説明しますね──」

 これまで起きた全てを、スタークでも分かりやすい簡単かつ短い言葉で説明し始めた。


 時間としては、およそ数分ほどか──。


「──……あの蚯蚓を、あたしが……砂漠をぶっ叩いたのはうっすらと覚えてんだがな」

「その後、眠ってしまったんですよ」

「……で、その後は迷宮に──……ん?」

 自分の話を聞く過程で砂漠に思い切り拳を叩き込み、そして大穴を穿った事だけは覚えていると明かしてきた為、眠ったのはそのすぐ後の事だと告げたところ、スタークは次に迷宮についての記憶を振り返らんとしたが。


 そこで、ようやくに気がついた。


「おい、まさか──……アルシェか?」

「……やっと気づいたのね」

「久しぶり、でもねぇよな」

「……えぇ、一日も経ってないもの」

 彼女の視線の先にいたのは、フェアトたちと合流する際に駆っていた極駱駝《ごくらくだ》に姉とともに乗ったアルシェであり、ほぼ隣と言っていい位置にいたのに気づくのが遅いという皮肉じみた言葉にも、やはり彼女は気づかない。

 ……尤も、スタークが名前を覚えているというだけでも快挙だと言えば快挙なのだが。


 たとえ、たった一日足らずの間でさえも。


「ようやっとお目覚めかい、スターク」

「長い事寝てたなぁ、おい」

 一方、少し後ろを歩いてついて来ていた二人──ガウリアとティエントもまた、スタークの起床を察して笑顔で声をかけたものの。

「あん時の鉱人《ドワーフ》と──……か」

「……せめて獣人って呼んでくんねぇかな」

「あっはっは、まぁ無事で何よりさね」

 そもそも、あの激闘の最中だったという事もあってか、スタークは二人の名前を聞いておらず、ゆえに見た目で判断するしかないとはいえ犬呼ばわりされたティエントが呆れる中で、ガウリアは豪快に笑い飛ばしている。

「で、そっちは……あぁ、あんたもいたな」

「えぇ、改めて感謝させて。 ありがとう」

「気にすんな、あん時ゃ衝動的だったしな」

 更に、アルシェの前に座っていた騎士にも覚えがあったスタークが話を振ると、クリセルダは手綱を握りつつも慣れた様子で丁寧に頭を下げるも、スタークとしては不甲斐ない自分に腹が立っていたがゆえの暴走だったと自覚していた為、気にするなと手を振った。

「後は知らねぇやつらが三──……あ?」

(あっ、これは……)

 その後、自分たちの前を行く極駱駝《ごくらくだ》に乗った二人の衛兵と、もう一体の極駱駝《ごくらくだ》を駆る赤い外套の何某かを見た時、彼女の言葉が詰まった事に、フェアトはある事を察した──。


「……おい、どっかで会った事ねぇか?」

(やっぱり覚えてない……!!)


 ……そう、やはりというか何というか。


 何となーく見覚えはあるものの、どうにもはっきり思い出せない真紅の外套の何某かに対し、そんなつもりはなかろうがナンパのような声をかけた事で、フェアトの疑念は確信へと変わる──序列三位《セリシア》を覚えてない、と。


 少しの間、沈黙が一行を支配したが──。


「──……いや、知らんな」

「……そうか? まぁいいや」

 どういう感情や考えの下なのか、セリシアはスタークの言葉を否定する事で自らの正体を隠し、これといった違和感を抱ききれなかったスタークは、そのまま興味をなくした。

(セーフ……!)

 そんなやりとりを間近で聞いていたフェアトが、こんなところでの序列三位との戦闘という最悪の事態は避けられてよかったと安堵していた時、衛兵の一人がふと振り返って。

「──殿、間もなく到着します」

「……あぁ」

「……セリシアぁ? やっぱどっかで──」

 何気なく──……そう、本当に何気なーくセリシアの名を口にした事により、スタークは霧散しかけていた違和感を抱きかけるも。

「たっ、楽しみですね姉さん! 姉さんが待ちに待ってた【美食国家】の王都ですよ!!」

「あ? あぁ、そうだな」

 それは、すぐさま危険を察知した妹のファインプレーによって回避できたようで、スタークの興味は即座に美味しいものへと移り。

「──あ、お肉は食べちゃ駄目ですからね」

「……忘れてなかったか」

「当然です、姉さんじゃあるまいし」

「……一言多いんだよなぁ、お前は──」

 この国の『闇』に触れさせない為、肉食を禁ずる約束を決して反故になどさせないという妹の言葉に、スタークは舌を打っていた。










 ……まぁ、尤も。


 肉禁止《そのやくそく》は、とうに破られているのだが。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

さくらと遥香

youmery
恋愛
国民的な人気を誇る女性アイドルグループの4期生として活動する、さくらと遥香(=かっきー)。 さくら視点で描かれる、かっきーとの百合恋愛ストーリーです。 ◆あらすじ さくらと遥香は、同じアイドルグループで活動する同期の2人。 さくらは"さくちゃん"、 遥香は名字にちなんで"かっきー"の愛称でメンバーやファンから愛されている。 同期の中で、加入当時から選抜メンバーに選ばれ続けているのはさくらと遥香だけ。 ときに"4期生のダブルエース"とも呼ばれる2人は、お互いに支え合いながら数々の試練を乗り越えてきた。 同期、仲間、戦友、コンビ。 2人の関係を表すにはどんな言葉がふさわしいか。それは2人にしか分からない。 そんな2人の関係に大きな変化が訪れたのは2022年2月、46時間の生配信番組の最中。 イラストを描くのが得意な遥香は、生配信中にメンバー全員の似顔絵を描き上げる企画に挑戦していた。 配信スタジオの一角を使って、休む間も惜しんで似顔絵を描き続ける遥香。 さくらは、眠そうな顔で頑張る遥香の姿を心配そうに見つめていた。 2日目の配信が終わった夜、さくらが遥香の様子を見に行くと誰もいないスタジオで2人きりに。 遥香の力になりたいさくらは、 「私に出来ることがあればなんでも言ってほしい」 と申し出る。 そこで、遥香から目をつむるように言われて待っていると、さくらは唇に柔らかい感触を感じて… ◆章構成と主な展開 ・46時間TV編[完結] (初キス、告白、両想い) ・付き合い始めた2人編[完結] (交際スタート、グループ内での距離感の変化) ・かっきー1st写真集編[完結] (少し大人なキス、肌と肌の触れ合い) ・お泊まり温泉旅行編[完結] (お風呂、もう少し大人な関係へ) ・かっきー2回目のセンター編[完結] (かっきーの誕生日お祝い) ・飛鳥さん卒コン編[完結] (大好きな先輩に2人の関係を伝える) ・さくら1st写真集編[完結] (お風呂で♡♡) ・Wセンター編[不定期更新中] ※女の子同士のキスやハグといった百合要素があります。抵抗のない方だけお楽しみください。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

処理中です...