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砂の柱は瀑布となりて、無敵の【矛】を埋もらせる

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 そして場面は、ようやく絶品砂海《デザートデザート》へと戻り──。


 これほどまでに世界を揺るがし騒がせた張本人であるところの、スタークが今どうしているかというと。










「──……す~……くぅ~……」


 ……眠っていた。


 それはもう、すやすやと眠っていた。


 そもそも寝不足だったとかそういうわけではない。


 かつての勇者であり彼女の父親でもあるディーリヒトが生まれながらにして持っていた、【一視同仁《イコール》】。

 理不尽なまでの平等を自分を含めた全ての存在に強いる力を、たった十五年生きた程度の身体に馴染ませる事に成功したはいいが、では脳や精神の方にも問題はなかったのかと言えばそんな事もないようで──。

 意図していないところで彼女の脳は強制的に意識を閉ざし、これ以上の負担を与えまいとしていたのだ。

 しかし当然の事ながら、スタークが寝ていようと寝ていまいとそんなことはお構いなしに砂は立ち昇り。

 上へ上へと立ち昇った砂の柱は、やがて砂の瀑布となって絶品砂海《デザートデザート》の中心に大きく深く穿たれた穴を埋める意味でも、スタークを呑み込むように落ちていく。


 ……どこまでも、どこまでも落ちていく。


「──……っ、姉さん! どこですか!? 返事をしてください!! このままだと世界の心臓ワールドコアに……っ!!」

 それを良しとしない──できるわけがない妹は、たった今この瞬間も浮遊したまま微動だにしないシルドの背から砂漠を見下ろしつつ、すでに姿が見えなくなってしまっていた姉に対し、まず間違いなく自分の声は届かないと分かっていても叫ばずにはいられない。

 もう埋まりかけているとはいえ、つい先程まで露出していた星の核──世界の心臓ワールドコアが真下にあり、そして世界の心臓ワールドコアを剥き出しにした大きな穴を埋め直す為に発生した大規模な流砂によって姉は下へ下へと落ち続けているかもしれず、どうにかせねばと焦りを覚え。

(……っ、どうしたらいいの……!? パイクとシルドは世界の心臓ワールドコアに魅入られたまま動かない、かといって私一人が飛び降りたところで事態は好転しない……!)

 神晶竜たちパイクとシルドや生存者たちが固まって動かない原因自体は何となく把握できていたらしいが、だからといって唯一動ける自分が流砂へ飛び込んでも意味はない。

 別に流砂に呑み込まれたところで彼女が窒息死したりはしないものの、その事と魔法もなしに流砂に逆らって姉を探せるかどうかという事は全くの別問題で。

 もし姉と逸れて流砂どころか世界の心臓ワールドコアに呑み込まれてしまったのなら、どうせ死にはしないのだろうが自力で脱出する事はまず不可能となってしまう筈だ。


 つまり、フェアトにできる事は何一つとしてない。


(せめて、この人たちが動いてくれれば──)

 ゆえに、フェアト以外の者たち──この場で言う生存者たち五名が意識を取り戻し、あの流砂へ一緒に飛び込んでくれるならまだやりようは、と振り返ると。

「──……ぅ、うぅ……っ、わ、私は、何を……?」

 ある程度の距離があったからか、それとも単に種族の差か──パイクたちより先に意識を取り戻したカクタスが頭を抱えて呟いたのを皮切りに、その他の生存者たちも一人、また一人と目覚め始めたではないか。

「っ、カクタスさん!? それに皆さんも……!!」

「フェア、ト……? 一体、何があったんだ……?」

 それを見たフェアトが藁にも縋る思いで『大丈夫ですか!?』と安否確認したところ、どうやら直前までの記憶が曖昧であるらしいテオが代表して問いかけ。

「……時間がないので詳細は省きます。 私の姉が、この下の砂漠に穴を穿ち世界の心臓ワールドコアを剥き出しにしてしまいました。 その影響で漏れ出た魔素の光に魅入られた結果、皆さんもこの仔たちも固まってしまい──」

「……それでか──……じゃあ、スタークは?」

 そんな彼らに対し、もう一刻の猶予もないとは分かっていても力を貸してもらう為には説明せざるを得ないと踏んで、なるだけ簡潔かつ丁寧に先程までの一連の出来事を話した結果、大体の流れは掴めてきたが肝心のスタークは一体どこへとティエントが尋ねると。

「──皆さん、それぞれで下を見てください」

「下? 絶品砂海《デザートデザート》を──……え……?」

 フェアトが、ちらっと横目で二体の【竜種】が飛ぶ空の遥か下にある砂の海を指し示して、そちらを見るように促した事で全員が竜の背から顔を出すと──。

「「「「「──……っ!?」」」」」

 そこでは大規模かつ同時多発の災害と呼んで差し支えないばかりか、そこかしこに点在するオアシスはもちろんの事、砂漠に棲息し適応している筈の魔物たちも呑み込んでしまうほどの流砂が発生し続けていた。

「……今、絶品砂海《デザートデザート》のほぼ全域に異常な規模で流砂が発生してるみたいなんです。 その一つに姉さんは呑み込まれ──……それから、どうなったかまでは……」

「……っ、それじゃあ、もう──」

 それを視覚からだけでなく聴覚からも理解してもらう為に説明を続け、そして肝心要の姉は流砂に呑み込まれて見失ってしまったと告げた事で、クリセルダは同じく姉妹を持つ身としてフェアトを慰めんと──。


 ──したのだろうが。


「……私は絶対に諦めませんよ。 最悪、流砂に身を投じてでも探しに行きます──が、その前に一つだけ」

「「「「「……?」」」」」

 そんな彼女の気遣いをよそに、フェアトは強い覚悟と決意を秘めた瞳と声音を以て、『たった一人の姉ですから』と宣言するとともに、その為に必要な力を借り受けるべく生存者たちの方へと視線を向け、その視線の意図を分かりかねた彼らが疑問符を浮かべる中。

「──……ガウリアさん。 貴女、確か傭兵でしたね」

「ん? あぁそうさね。 それがどうかしたのかい?」

 突如、自分の生業について確認するかのような話を振られたガウリアは、すっかり空になってしまった酒を呷る事もできず口寂しそうにしつつも、それは紛れもなく事実であるゆえ肯定したうえで意図を問うた。


 すると、フェアトは意を決すべく一呼吸置き──。










「貴女は──?」

「へっ?」

 さも店に買い物に来た客のように自分の値段を尋ねてきた少女に、ガウリアは最初こそ困惑していたが。

「……あぁ、そういう事かい……そうだねぇ。 これでもあたいは傭兵の中じゃあ、そこそこ長生きしてるって事もあって名は売れてる方なんだよ。 つまり──」

 すぐさま少女の真意を察し、この世界の傭兵における常識である雇用金の交渉に移るべく、がめついと言われても否定できない厭らしい表情と声音を以て、つまるところ『あたしは高いよ?』と告げんとしたが。

「──お金に糸目はつけません。 なので、どうか」

「へぇ……?」

 フェアトは、ガウリアなら──というか傭兵ならそう言うだろうと先読みできていたようで、パイクたちが動けない為すぐには用意できないものの、『言い値で雇う』と真剣な表情で口にした少女に、ガウリアが何とも興味深げに口を歪めて睨めつけたかと思えば。

「……ふふ、冗談さね。 あんたらに救ってもらったこの命、使うべき時と場所を間違えるつもりはないよ」

「……ありがとうございます。 それじゃあ──」

 すぐに爽やかな笑顔に戻し、フェアトの流麗な金髪に優しく手を置きつつ『大船に乗ったつもりでいればいいよ』と傭兵にしては珍しい公明正大さを見せて雇われてやると宣言してくれた事で、フェアトも微笑んでから早速とばかりに砂漠へと目を向けた、その時。

「ま、待ってくれ! 俺も──……俺も行くぞ!!」

「……ありがたいですが、どうしてです?」

 過度の疲弊からか、パイクの背の上で片膝をついていた犬獣人の冒険者──ティエントが声を荒げて自分も同行すると叫んできたはいいものの、ガウリアは傭兵だから金で動くのもおかしくはないが、およそ少数精鋭である冒険者の彼が一体どういった理由で手を貸してくれるというのか、とフェアトが問うたところ。

「……さっきまでの戦闘、俺は何の役にも立ちゃしなかった。 せっかく厳しい冒険者試験を乗り越えたってのに……っ、このままじゃ終われねぇんだよ! 俺は俺なりの正義を貫く為に冒険者になったんだからな!」

「……」

 冒険者試験を通過してから五年、平均三十五から四十年という短い獣人の寿命、そしてティエント自身の二十歳という年齢を考えると、こうして現役で活動できるのはあと十年足らずであり、ここで退いたら残り十年もきっと逃げ癖がついてしまう──ゆえに、ティエントは自分の正義を貫く意味でも同行すると叫び。

「……分かりました、よろしくお願いしますね」

「っ、あぁ! 任せてくれよ!」

「じゃ、じゃあ私も──」

 一見すると自分本位な主張のようにも思えたが、もはや形振り構っている場合でもない為、彼の同行を許可し協力を要請した瞬間、沈黙を貫いていた女騎士クリセルダまで手を貸すと言おうとしてくれたものの。

「──我々は、ここに残る。 いいな、クリセルダ」

「な……っ!? 何を言って──」

 そんな彼女の肩に手を置き、フェアトに協力はせず地上に残ると曰った上司の言葉が信じられず、クリセルダは勢いよくテオの方を向きつつ反論を試みたが。

「……私も、そうお願いするつもりでした。 テオさんと、クリセルダさん──それから、カクタスさんに」

「……そうだろうな」

「ど、どうして……?」

 そもそも、フェアトも彼やクリセルダ──そして何より、カクタスにもこの場に残ってもらうようにお願いするつもりだったらしく、それを何となく察せていたカクタスやテオはともかく、クリセルダは何が何だか分からず三人を交互に見遣り、おろおろしている。

「……我々までもがスタークの捜索に手を貸せば、ここで起きた事態を説明する者がいなくなるだろうが」

「あっ……」

 それを見たテオは溜息をこぼしつつ、ここに居合わせた生存者全員がフェアトに手を貸してしまうと、この絶品砂海《デザートデザート》で起きた魔奔流《スタンピード》を──その後に起きた出来事についてを国に説明する者が誰もいなくなってしまうだろうと口にし、そこでようやく彼女も理解した。

「“イフティー騎士団”所属の両名はもちろんの事、元とはいえ宮廷魔導師であった私が残れば説得力も増そうというもの──そう考えているのだな? フェアト」

「……えぇ、その通りです。 加えて言うなら──」

 更に、カクタスはテオたちが所属する騎士団の名を補足したうえで、かつての栄光とはいえ宮廷魔導師だった自分にも多少なり発言力はある筈だ──そう考えているのだろうとフェアトに確認すると、それを肯定した彼女はもう一つ付け加えるべく視線を逸らして。

「……この仔たちも、ここへ置いていきます。 『我らが退けました』と説明するより『【竜種】が暴れた結果です』と説明した方が納得されると思いませんか」

「「「……」」」

 未だ浮遊する事以外の全ての行動を取ろうとしない神晶竜たちに触れつつ、『この二体の縄張り争いによって魔奔流《スタンピード》は収束し、あの光は二体の魔法が衝突した事によるものだ』とした方が互いに好都合な筈だと提案したところ、カクタスたちは顔を見合わせてから。

「……恩にきる。 意識を取り戻し次第、解放しよう」

「お願いします──……では、お二人とも」

 三人を代表したテオが自分より一回り以上も年下の少女に頭を下げ、この二体を決して国に渡したりはしないと約束してみせた事により、フェアトは僅かに安堵を表情に出しつつ協力してくれる二人に声をかけ。

「あぁ、行くとするかねぇ! ティエント!」

「お、おぅっ!!」

「……では私も──」

 それを受けた二人は各々の武器、大きな斧と魔法弩を掲げて竜の背から飛び降りていき、そんな二人を見届けたフェアトも覚束ない足取りで飛び降りようと。


 ──した、その時。


「──……フェアト」

「……何です?」

 テオとクリセルダが国への説明を考えているのを尻目に声をかけてきたカクタスに、フェアトは『あまり時間はないのですが』と若干の苛立ちを露わにする。

「……何故かは問わない、いつどこでとも問うつもりはない──……が、たった二つだけ聞かせてほしい」

「……手短かに、お願いします──」

 しかし、そんなフェアトにも構う事なく是が非でも聞いておきたい事があるらしい彼の真剣な表情に、フェアトが諦めからくる溜息をこぼした──その瞬間。










「……この二体の【竜種】は、かつての神々の代行者で合っているか。 そして君たち双子は、かつての勇者の血統なのでは──……という二つの疑問の答えを」

「……!」

 上空を吹き荒ぶ風の中でも何故かハッキリ聞こえる声音を以てして、『この【竜種】たちは神晶竜なのではないか』という事と、『君たち双子は勇者の血を引いているのではないか』という二つの疑問をぶつけてきた事に、フェアトは驚きこそすれ叫んだりはせず。

「……概ね正解ですよ。 ただ一つだけ違うのは──」

「! フェアト──」

 どうしてその考えに至ったのか──という事を聞き返したくはあったが、そんな猶予は残されていないと判断し、シルドの背から後ろ向きに身を投げつつ彼の憶測を肯定した彼女にカクタスが手を伸ばした瞬間。

「勇者の、ではなく──勇者と聖女の血統です」

「……っ!! まさか──」

「この事は内密に。 それでは行ってきますね」

 砂漠を凪ぐ風の音には明らかに劣り、されど確かに耳に届いた『勇者と聖女の血統』なる衝撃の真実を聞いて目を見開いたカクタスをよそに、フェアトは頭を下にして遥か下にある絶品砂海《デザートデザート》の流砂へ落ちていく。


 血を分けた、たった一人の大好きな姉を救う為に。

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 そんなフェアトを見届けた後、何故だか遠い昔を懐かしむような瞳で空を見上げていたカクタスは──。


(……あの、お二方に子が……それも双子──)


 かつて、この世界の優秀な魔法使いたちとともに魔王城を攻めた時、幸運にも見かける事ができた勇者と聖女──天上の神々に選定された救世の英雄の間に娘がいて、しかも双子とはと未だに驚き続けながらも。


(……貴女は、これを知っているのか? よ)


 同じ魔法使いゆえか、それとも同じ平民だったからか──知らない仲ではない【六花の魔女】が抱いていた聖女への想いは叶わなかったのか、そして彼女は聖女に娘がいたと知っているのかと思いを馳せていた。










 【六花の魔女】が、フェアトの先生とも知らずに。
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