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無敵とは何か──

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 姉が、いつの間にか蘇っていた──それ自体は間違いなく喜ばしい事ではある筈なのだが、パイクの反応を考えると素直に喜んでいいのかが分からなくなり。

「──……蘇生は、失敗したんじゃないんですか?」

 先程の反応には、『蘇生はできなかった』という意図が込められていたのでは──とフェアトが問うも。

『ぐ、グルルゥ……ッ』

「え──」

 一体どういう感情からなのか、パイクは怒赤竜《どせきりゅう》への擬態を解かぬまま真紅の鱗が軋む音が聞こえるほどに首を横に振ってみせており、それを見たフェアトが一層の疑念を抱いてしまっていた──まさに、その時。

「──なぁ、フェアト」

「っ、は、はい?」

「……」

 突然、底冷えするような低い声がかけられた事で姉の方を向くと、そこには怒っているというより完全な無表情のスタークが仁王立ちしたまま遠くを見つめ。


 意を決したように口を開いたかと思えば──。










「……お前にとっての──『無敵』って何だ?」

「……え、あ、は……? む、無敵ですか?」

「あぁ」

 どうにも意図が不明瞭の──そんな脈絡も何もあったものではない質問を投げかけられた事で、きょとんとした表情を浮かべて問い返すも、それ以上の追加情報は特にないのか姉からは空返事しか返ってこない。

 どう答えるべきか、そもそも何故そんな事を──と考えたところで、いつもの姉ならともかく今の姉の思考を読み取る事は難しいかもしれないと諦めてから。

「えっと……そのままの意味だと思うんですけど。 ほら、『比較する相手もいないくらい強い』っていう」

 まさに教本通りというか、どこの世界でもそう教わるだろう意味での回答をしてみせたフェアトに対し。

「……じゃあ、お前は確かに『無敵』なのかもな。 お袋でもアストリットでも、お前に傷をつけるなんざできやしねぇんだからよ──それに比べて、あたしは」

「……?」

 その回答自体が正解か不正解かはともかく、フェアトの中の認識でいう『無敵』は聖女《レイティア》や序列一位《アストリット》を以てしても死なないばかりか傷一つつかないフェアト自身に当て嵌まっていると告げるだけでなく、そのまま自分を卑下するかのような自分語りをせんとし始める。

 つい先日の、『手合わせに負けた後』とも違う凹み方をしている姉に違和感を覚えたフェアトは、おそらくがあったのだろうとは思ったが、その何かが一体どのタイミングで発生したのかと考えた結果──。

「……何か、あったんですか? 

「……が──」

 姉の機嫌を損ねる何かがあったとすれば、『死んでから蘇るまで』の間ではないか思い至り、おそるおそるといった具合に覗き込んでみたところ、どうやら合っていたらしくスタークはようやくこちらを向いて。










「──アストリットが、あたしを蘇らせやがった」

「……!」

 自分を蘇生したのは並び立つ者たちシークエンスの序列一位、今は人間の少女として転生しているアストリットなのだと告げた姉の表情は、どういうわけか苦々しいものとなっており、その形の良い唇からは血が滲んでいる。

 しかし、そんな意外すぎる事実にもフェアトは大して驚愕しているように見えないが──それもその筈。


 正直に言えば、その可能性もあるとは思っていた。


(……【全知全能《オール》】がある以上、遠く離れた地で姉さんが命を落とした事を知るなんて容易なんだろう。 そして、そんな姉さんを蘇生させるのだって簡単な筈──)

 全てを知り、全てを能う──などという魔族どころか全生物規模で見ても唯一無二の力を持つアストリットであれば、この場に居合わせずとも姉の死を悟る事も姉を蘇らせる事もできるだろうし、そんな事が可能なのは彼女を除けば聖女《はは》くらいしか知らないからだ。


 ……しかし、それはそれで疑問が残る。


(──……でも、それに何の利点《メリット》が?)

 そう、アストリットは『元』とはいえ正真正銘の魔族であって、その魔族を滅ぼした存在──勇者と聖女の娘である自分たちを助ける利点《メリット》などない筈なのに。

 ……百歩譲って、アストリットの知的好奇心の対象になってしまっている自分なら、ともかくとしてだ。

「……あたしを蘇らせた後──何て言ったと思う?」

「え──」

 そんな風に、この瞬間も【水飛《フライ》】で展開した水の溜池によって巨体を空に浮かべているシルドの背で思案するフェアトに対し、どうやらアストリットが姉を蘇生させた後に何かを告げたらしく、その内容について姉が触れんとしていると察した彼女が顔を上げると。

「──『勇者《ディーリヒト》なら、こんな無様は晒さなかった』」

「な……っ!?」

 スタークの中でだけの出来事ではあるが、さも嘲笑うかのような表情や声音で告げられたらしい、アストリットからの一言にフェアトは今度こそ目を見開く。

 確かに、その一言ならば姉が不機嫌になるのも分かるかもしれない──そう思わされてしまったからだ。

「そりゃあ親父は立派な勇者だったんだろうよ、お袋も師匠も昔っから散々誇らしげに語ってたもんなぁ」

「え、えぇ……でも、お父さんと姉さんは──」

 その後も、スタークの口から吐き出される愚痴めいた言葉は止まらず、そんな姉の言いたい事は分かるものの父と娘では事情も存在も違うのだから、そこまで気にする必要はない筈──と、そう諭さんとしたが。

「あぁ分かってる、あたしと親父は違う。 あたしは勇者と聖女の双子の娘──その片割れでしかねぇんだ」

「だったら──」

 言われずとも分かっていたらしいスタークは妹の声を遮ったうえで、どれだけ自分の姿が勇者に似ていても自分は勇者と娘でしかないのだと改めて認識しており、それを分かっているのであれば機嫌を直して戦いを──と今も下から聞こえる轟音に焦燥を覚える中。

「けどなぁ! あたしが弱ぇと! 世界を救った勇者や聖女の血が弱ぇって事になんだろうが! 違うか!?」

「は、はぁ……っ!?」

 突如、真紅の瞳をギラギラと輝かせて叫び放った姉の、『自分が弱いせいで勇者や聖女の栄光に泥を塗りかねない』という旨の発言に、フェアトは驚愕する。


 ……考えすぎだ、そう思ったからに他ならない。


「そっ、それは飛躍しすぎです! 私たちは勇者でもなければ聖女でもないんですから! そうでしょう!?」

「──……っ、分かってんだよ!!」

「えっ」

 その想いをそのまま言葉にするべく、フェアトが落ちないように気をつけつつ身を乗り出して何とか説得しようと試みるも、そんな彼女の声はまたしても姉の叫びによって遮られてしまうが、スタークの表情は怒号のような叫びに似合わず哀しみに満ちており──。

「何が無敵の【矛】だ!? 戦うたびにズタボロになって! それで倒せんならいいが、さっきみてぇに返り討ちにだって遭う始末だ! 諸刃の剣の方がしっくりくるじゃねぇか……! これじゃ、駄目なんだよ……っ!」

「そんな、事は──」

 かつて自分から名乗り始めた『無敵の【矛】』という二つ名──今の不甲斐ない自分には相応しくも何ともない、つまりはそういう事が言いたいのだろうと。


 フェアトも何となく分かってはいたが──。


 ……それが何だというのか、と思ってもいた。


 別に、フェアトが姉を下に見ているとかそんな話ではなく、フェアトにとって姉は姉であり勇者と聖女の娘だとか無敵の【矛】だとか、そんなのは関係ない。


 世界で最も大切で、そして最も大好きな姉なのだ。


 それ以上でも、それ以下でもある筈がない。


 どうにかして、それを伝えようとした──その時。


「……フェアト。 あたしは──無敵の【矛】になる」

「え……? い、いや、もうなってるんじゃ──」

 スタークが、その真紅の瞳から僅かにこぼれていた涙を拭いつつも、まるで今まではそうではなかったとでも言いたげな宣言をしてきた為、何が言いたいのか要領を得ず二の句を待つよりも早く問いかけようと。

「なってねぇよ──ここからだ、あたしは。 まずは手始めに、あの化け物を仕留めてくる。 ここにいろよ」

「えっ!? ま、待ってください! 私も──」

『グルォオ──』

 ──したのだろうが、そんなフェアトの声は一歩ずつ確実に怒赤竜《どせきりゅう》の背を歩き始めたスタークの宣戦布告によって遮られ、フェアトだけでなくパイクまでもが驚きながらも『私も』と参戦の意を表さんとするも。

「お前もだ、パイク。 これまでは、お前と二人で無敵の【矛】だったが──これからは違うぞ。 見てろよ」

『グ……ウゥ……ッ!?』

「姉さ──」

 パイクの頭上まで歩いたスタークは砂の海に目線を向けつつ、『あたしらが』ではなく『あたしが』無敵の【矛】になると口にし、それを受けたパイクやフェアトが叫ぶが──もう、スタークは飛び降りていた。










 遥か目下に見ゆる、あの熱砂の大地へと──。
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