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馬鹿力の浅知恵

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 トレヴォンとヴァイシア騎士団、或いはシルドの魔法とそれに伴って発生する黒煙や塵旋風が視界を悪化させる中、突如として現れた同じ姿の二人のスタークに何も聞かされていない騎士たちは驚いてしまう。

「す、スタークが二人!? どういう事だ!?」

「……」

 よく通る声とともにクラリアが残った右目を見開いて驚きを露わにし、おそらく何かを知っているだろうフェアトの方を向くも、フェアトは何も言わずの指輪で魔法を行使し傷ついた騎士たちを癒やすだけ。

 ここで彼女に話してしまっては、せっかく姉が立てた珍しくまともな作戦が無駄になってしまうから。

 そんなフェアトの様子にクラリアは困惑していたものの、『これ以上の詮索は無駄』と判断したのか二人のスタークの道を作る為に援護を再開し始める。

『片方を狙うと、もう片方が僕を……! こ、これじゃあ……どっちを狙えばいいか分かんないよ──』

「いける、いけるぞスターク!!」

 そんな折、リゼットの顔で困惑した表情を浮かべたトレヴォンは双子の狙い通りに二人のスタークを交互に見遣っており、おろおろと大袈裟なほどに狼狽えている彼を見たクラリアは拳を握って勝利を確信した。


 ──その瞬間。


『──なんちゃって』

「「「!?」」」


 頭を抱えて俯いていた筈のトレヴォンが、リゼットの顔で邪悪極まりない笑みを湛えた事で、クラリアを始めとした騎士たちは後ずさるほどの怖気を感じる。

 まるで、それぞれの喉元に凶暴な犬の鋭い牙が突き立てられるような錯覚を覚えてしまっていたから。

『舐められたものだね。 こう見えても僕、昔は魔王軍の中でも──うぅん、並び立つ者たちシークエンスの中でも多対一の戦闘ならトップクラスだったんだよ? だからさぁ』

 一方、完全に余裕綽々といった表情に戻った──いや、そもそも最初から焦ってなどいなかったのだろうトレヴォンは、どうやら並び立つ者たちシークエンスの中にあっても特に殲滅力が飛び抜けており、【破壊分子《ジャガーノート》】を賜った序列十位《ジェイデン》にも劣らないものがあったのだと明かす。

 尤も、一対一では遥かに他の並び立つ者たちシークエンスに劣るらしく、それが序列の低さに繋がっていたようだが。

 その後、トレヴォンは騎士たちを殲滅するべく前に出していた両手の掌を空に向けるように回転させ、スッと人差し指だけを上げて真紅の魔方陣を展開し。


『どっちが本物かなんて──関係ないんだよね』

「っ!? まずい! 【水解《ブレイ》──」

 その魔方陣と同じ色の二つの魔方陣を二人のスタークの足元に同時に展開すると同時に、それを察知したクラリアの【水解《ブレイク》】すら間に合わないほどの速度で完成した魔法によってボコボコと地面が隆起していく。


 ──【火噴《イラプション》】。


 まるで柱のように噴出する煌々とした溶岩の頂点には、リゼットの中にトレヴォンがいるという事の証明ともいえる凶暴極まりない犬の顔が象られていた。


 当然ながら、その威力は騎士たちやハキム、クラリアはおろか神晶竜と同じかそれ以上の力を誇り、そうでなくても魔法に打たれ弱い体質であるスタークたちは、どちらが本物か偽物かが判明するまでもなく。


「「──────!!」」


 一瞬で噴火に呑み込まれて──焼失した。


「ちょ、直撃……!! スターク!!」

「嘘だろ、おい……!!」

 無論、【火噴《イラプション》】の余波は騎士たちをも襲い、フェアトが不自然なほど冷静に魔法で対処する中、かたやクラリアはスタークを心配する旨の叫びを上げ、かたやハキムは自分を負かした少女がこうもあっさりと死んだ事が信じられず表情を絶望に染めてしまっていた。

『あはは! あの子みたいな馬鹿力の浅知恵じゃあ僕には勝てないんだよ! さてさて、どんな味かな──』

 そんな騎士たちの様子を見て愉しそうにしているトレヴォンは、どうやら犬の顔を象った溶岩と自分の味覚を繋げていたようで、スタークの作戦が無駄になった事を嘲笑いつつ、もぐもぐと口を動かして──。


 ──いた、その時。


『むぐ──うっ! げほっ、けほっ! ま、まっずぅうう……! 人間だけど、人間じゃないみたいな……!』


 突如、喉に変なものが引っかかったのかと言わんばかりに咳き込み始めたかと思えば、口には何も入っていないのに吐き出すような動作をし、その味が『人間を粗末な素材で構築したようなもの』だと叫び放つ。

「人間だが、人間ではない──っ、まさか!?」

 翻って、トレヴォンの苦々しい声を聞いていたクラリアは、そんな彼の言葉の内容を反復すると同時に一つの可能性に思い当たり、フェアトの方を向いた。

 そう、これは──つい先程にもパイクやシルドの魔法で構築した模型馬《もけいば》と同じ原理で、もう一人のスタークを創ってトレヴォンを撹乱する作戦だったのだ。

「そのまさかです──『姉さん! 今が好機《チャンス》です! 上から思いっきり叩き込んであげてください!』」

 フェアトはクラリアの予想が正しい事を肯定しながら、わざわざ黒煙が支配する空を仰ぎ大きな声で、トレヴォンの真上から攻撃を仕掛けようとしているらしい姉に向かって『ここを逃せば次はない』と叫ぶ。


 ──随分、芝居がかった声で。


『う、上……!? くぅうう、よくも──あれっ?』

 それを聞き逃さなかったトレヴォンは口の中を消毒でもしたいのか、めらめらと燃える業炎を口に蓄えたまま、ほんの少し涙目になりつつも上を向くが──。

『何も、いない……? どういう事──っ!?』

 そこにスタークの姿はなく、ただただ自分が発生源である黒煙が壊滅したレコロ村の上空を支配しているだけであり、トレヴォンが疑問の声を上げた瞬間、彼の足元から『ぼこっ』と鈍い音が聞こえると同時に。


「お前の言う通り、あたしは確かに馬鹿力だが──」

『じ、地面から!? そんな犬みたいな事──』


 どうやら地中からでも先程の会話が聞こえていたようで、トレヴォンの足元の黒焦げて硬質化した地面を掘り抜いてきたらしいスタークが飛び出し、『嘘だろう』と驚くトレヴォンの──というよりリゼットの細い腰を抱きしめるように拘束しつつ会話を続け。


「──力だけの馬鹿じゃあねぇんだよ!!」

『えっ、ちょ、ちょっと待──』


 今度こそ本当に焦ってしまっていた為に魔法を行使しきれないトレヴォンを尻目に、スタークはパイクやシルドを装備していた時と同じく強い力を込める。


 ここまでが、スタークの立てた作戦だったのだ。


 その力に危機感を覚えたトレヴォンが、ようやく自由な両手で火属性の魔法を行使せんとするも──。


 ──もう、遅かった。


「魂ごとへし折れろ!! 【鉄処女《メイデン》──」


「──折りハッグ】!!!」


 相手が大体スタークと同じ大きさで、かつ人型である事を前提としたその一撃は、トレヴォンを腰の部分から万力のような力を持って鯖折りにしてしまい。


『ごっ!? ぶあっ……!!』


 トレヴォンは、その口から真っ赤な血──ではなくドロドロの溶岩のような炎を吐き、そのまま倒れ伏すのかと思えば、どうやらスタークは全く加減などしていなかったらしく上半身と下半身がお別れしていた。

「じ、人体を素手で真っ二つにしちまうのか……!」

 どちゃっ──という鈍く不気味な音を立てて地面に倒れるトレヴォンを見ていたハキムは、『妹の方にやられといてよかった』と心から安堵している。

 尤も、それはフェアトが彼の攻撃を手に跳ね返したからであって、もし脳天目掛けて大槌を振り下ろしていたのなら──より酷い事になっていたのだろうが。

「……リゼット──っ、あ、あれは……!?」

 一方のクラリアは大半の騎士たちと同様に、リゼットの死を悼んで瞑目しようと──したのだが。

 そんな彼女の視界に、リゼットの遺体の傍で力無くジタバタと動く消滅寸前の仔犬のような火種が映る。

『かっ、かふっ、けほっ……はぁ、はぁ……!』

「……まだ生きてんのか、しぶてぇな──」

 それを見逃さなかったスタークは、まさに死に瀕した生物を思わせる息遣いをするトレヴォンを、その強靭な足の一踏みで消し潰そうと──した、その時。

「待ってくれ──こいつは私に、やらせてほしい」

「……好きにしろよ」

 振り下ろす前のスタークの靴底に当てるように剣を差し出したクラリアの、その覚悟に満ちた表情から発せられた言葉を受けたスタークは、『はーっ』と深い深い溜息をこぼし、フェアトの下へ歩いていく。


「よくも、リゼットを……っ!!」


 クラリアは──どうしても赦せなかった。


 おそらく放っておいても消滅するのだろうが──どうしても、トレヴォンを赦すわけにはいかなかった。


 何故なら、クラリアはリゼットの想いを──。


『……ふ、ふふふ……最期に、いい事教えてあげようか? クラリアってのは、君の事だよね……?』

「……それが何だ」


 そんな中、仔犬の状態のまま緩慢とした動きでクラリアを見上げたトレヴォンは、パタパタと力無く尻尾を振りつつ途切れ途切れに遺言を遺そうとし、さっさと終わらせるつもりだったクラリアは、こんな状況でも平等の精神を捨てきれておらず彼の二の句を待つ。


『……この、リゼットって人間さん……君の事が、好きだったみたいだよ……? 残念だったね、もう──』


 そして、パチパチという火花が散るような音を立てながら少しずつ小さくなっていくトレヴォンの、『リゼットから自分へ向けられていた好意』を明かす旨の言葉を聞いたクラリアは、いよいよ怒りと哀しみが頂点に達し──水属性の【斬《スラッシュ》】で仔犬を斬り裂いた。


 あの時、港町でイザイアスに放った光の斬撃よりも更に強力な高圧縮された激流の斬撃の影響か、まるで豪雨かと言わんばかりの魔力がこもった水が降り注いで、その雨が双子や騎士たち、クラリアを濡らす中。


「──っていた……知っていたさ、そんな事は」


 クラリアは、『ぎりっ』という音が聞こえてきそうなほどに剣を握りしめつつ、その震える喉の奥から絞り出すような声音で──小さく小さく、そう呟いた。


 未だ降り注ぐ雨とは違う、クラリアの残された右目から流れる一筋の暖かい涙の意味は──この場に居合わせた誰しもが、きっと理解していた事だろう。
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