上 下
69 / 333

騎士たちの葛藤

しおりを挟む
 この場に居合わせた騎士たちはハキムを隊長とする一番隊所属であり、まず間違いなく歴戦の猛者揃いではあるのだが、その殆どが二十代後半から三十代前半という世辞にも熟練とは言えない騎士ばかりだった。

 それもその筈──人間の寿命が男性で七十年、女性で八十年が平均というところであり、およそ数百年単位で生きる霊人に比べれば遥かに短命な種族なのだ。

 決して長くはない人生の最期まで、その身を戦いに投じようと考える者は──そう多くないのが現実。

 何もヴァイシア騎士団に限った話ではないが、そういった戦闘職の代替わりは激しい傾向にあった。

 かつてトレヴォンと戦った経験があるのはクラリアとハキム、リゼットの三人だけであり──その他の騎士たちは魔族との交戦経験すら希薄だったのである。

 ゆえに、この場で何が起きているのかも、リゼットが何を言っているのかも分からないままにざわついていた騎士たちを統率すべく、クラリアは剣を掲げて。


「総員! これより我らが相対するはリゼットの皮を被った──かつての魔族、並び立つ者たちシークエンスが一体だ!」


 騎士団長たる者の気迫ある声音を響かせつつ、かの者はリゼットではなく極めて強力無比な二十六体の魔族、並び立つ者たちシークエンスの一体なのだと告げてみせた。

 彼女は以前、短時間ではあるが聖女レイティアと会話した際、並び立つ者たちシークエンスの存在を聞いていたのだ。

「ま、魔族って……魔族は全て斃されたのでは!?」

「それに、並び立つ者たちシークエンスって……まさか」

「そういえば、トレヴォンって名前にも聞き覚えが」

「た、隊長……団長が仰っておられる事は……」

 その一方、騎士たちはクラリアの声で姿勢を正す事はできていても彼女が口にした内容までは理解しきれないでおり、そんな彼らにとってもう一人の頼れる長であるハキムの方へと顔を向けて彼の二の句を待つ。

 すると、ハキムは背負っていた大剣を構えつつ。

「あぁ。 昔、勇者や聖女の手を借りて何とか討ち倒した──いや、違ぇな。 あいつらが駆けつけてくれなきゃ俺らは間違いなく全滅してたってくらいの怪物だ」

 あの双子に敗北した事で殊勝になったのか、それとも元々こういう性格だったのかは分からないが、トレヴォンという魔族が『勇者や聖女の力がなければ勝てなかった相手』だったと語りつつ、リゼットに取り憑いたのは十中八九その魔族だと本能で悟っていた。

「そ、そんな怪物を相手に、しかも副団長の力が加わった状態で戦わなければならないのですか……!?」

 それを受けた副隊長はハキムの隣に立ち、『一体どれだけの強さが』と畏怖を感じると同時に、リゼットの姿をした者と戦う事への抵抗も覚えてしまう。

 先程は冷ややかな視線で見られてもいたが、リゼットは疑いようもなく総勢百名の部下を纏めるクラリアの腹心であり、そんな彼女に対する騎士たちの想いは決して否定的なものばかりではなかったから。

「……っ、おいリゼット!! 聞こえてねぇのか!?」

 それが分かっていたからこそ、ハキムは騎士たちに代わってリゼット──もといトレヴォンに向かって叫ぶも、トレヴォンはニヤニヤと邪悪な笑みを見せて。

『ふふ、さっき言ったよ? もう君たちの副団長さんは現世《ここ》にはいない──だって僕が食べちゃったからね』

「「「……!!」」」

 心臓がある位置だけが小さく溶けた胸当てを軽く叩きながら、すでにリゼットの魂は消化したのだと悪びれもせず口にした事により、ハキムを始めとした騎士たちは剣を握る手に思った以上の力を込めてしまう。

 翻って、そんな騎士たちの想いなどに微塵も興味がないスタークが、たった一歩でハキムたちの方までフェアトを抱えた状態で跳んできたかと思えば──。

「おい騎士ども。 お前らの結束だの絆だのは、あたしとしちゃあどうでもいい。 あたしは……リゼットあいつごとトレヴォンあいつを殺す。 手ぇ貸せねぇなら引っ込んでろ」

「なっ……! 何を言っているんだ!! まだ副団長が完全に命を落としたとは限らないだろう!?」

 血も涙もない──と言われても仕方がないほど、されど彼女としては『怪我したくなきゃ手ぇ出すな』という旨の物言いを披露し、それを聞いた副隊長は一歩前に出つつスタークに対して声を荒げてしまう。

「そうだ! まだ副団長を救う手立ては──」

「じゃあ言ってみろよ。 方法があるってんなら、それに協力してやらん事もねぇ。 ほら、時間はねぇぞ?」

「っ、いや、それは……」

 そんな彼を援護すべく騎士たちも声を上げるが、スタークの低い声音と鋭い真紅の眼光のおまけつきの反論を受けた事で彼らは一様に口を噤んでしまった。

「決まりだな。 お前らは援護に回れ、あたしがやる」

 時間がないというのは誇張でも何でもなく、トレヴォンが力を蓄えながらリゼットの身体に順応し始めている事を察していたスタークは、フェアトを地面に下ろしつつ『支援ぐらいはできるだろ?』と曰う。

「……仕方ねぇ。 やるぞ、お前ら! 根性見せろ!」

「「「……はっ!!」」」

 一度は敗北している手前、何も言い返せないハキムは気合いを入れる為に『ふーっ』と長く息を吐いてから、その大剣を高く掲げて十人かそこらの部下たちを鼓舞し、それを受けた騎士たちも同じく剣を掲げた。


 覚悟を──決めたのだろう。


 本来、部下たちを鼓舞するのはハキムではなくクラリアの役割である筈だが、それに対して彼女は何も言及せず、どうやら何かを思い返しているようだった。


(……そうだ、この状況はまさに……)


 ──そう。


 今、彼女の脳裏には──かつてトレヴォンと交戦した際、圧倒的な彼の力によって壊滅寸前だった自分たちを救ってくれた勇者や聖女たちの姿が浮かび。


 その二人と髪や瞳の色が同じであるばかりか、その二人の娘だという双子の少女が共闘してくれるというなら、あの時と殆ど同じだと言っても過言ではない。


 ただ一つだけ違うのは……トレヴォンが以前とは違い人間の──もといリゼットの姿をしている事だけ。


(リゼット……! ここで、お前を失いたくはない!)


 それでも、クラリアはリゼットを救いたかった。


 トレヴォンが口にした、『溶けて揺らめく炎のような想い』に──ほんの少し思い当たりがあったから。


『それにしても──ちょっと小腹が空いたなぁ。 どうせなら犬がよかったけど……人間さんでもいっか』

『『『ガルルァ!!』』』
 
 その一方で、どうやら完全に身体と魂が馴染んだらしいトレヴォンが、お腹を小さく鳴らして空腹をアピールし、その焦げついた片手を前に出した瞬間、凶暴な犬の首を象った【火砲《カノン》】が三発同時に放出される。

「なっ、いきなり──」

 つい先程にスタークが討ち倒したものよりも小さいが、それでいて威力は増している業炎の犬の首に騎士たちが呆気に取られてしまっていた──その時。


「属性は水──【水砲《カノン》】」


 これを予測していたのか、その人並み以下の足の遅さで騎士たちの前までいつの間にか歩いてきていたフェアトが、シルド経由で竜の首の形をした水の砲弾を三つ発射して、トレヴォンが放った業炎を相殺する。


 意趣返しだ──と言わんばかりに。


「貴方たちの護りは私が。 ですので援護に集中を」

「……あぁ、助かる。 総員、スタークに道を!!」

「「「はっ!!」」」

 突然の事態に目を剥く騎士たちに対し、フェアトが顔だけを後ろに向けつつ『私は【盾】ですから』と告げた事で、クラリアは愛馬である白馬に乗って剣の先をトレヴォンに向けて指示を出し、それを受けた騎士たちも乗馬した状態で各々が魔法を行使し始めた。

 無論、戦うのは騎士たちだけでなく騎士たちが乗る魔物、戦馬《せんば》という名の魔物たちも甲冑の隙間という隙間から銃口や砲口や覗かせて、そこから魔力を銃弾や砲弾として撃ち出す事で積極的に援護をしている。

 今はまだトレヴォンが全く本気を出していないとはいえ、並び立つ者たちシークエンス相手の援護としては及第点であり、それを理解していたからこそスタークは──。

「……やるじゃねぇか。 さて──おい、フェアト」

「何です?」

 自分の前に開かれた火のない道を見ながら笑みを浮かべつつ、どうやら珍しく一計があるのかトレヴォンの炎を涼しい表情でいなす妹に何やら耳打ちする。

「……なるほど。 いいですよ、やってみましょう」

「頼んだ! じゃあ行ってくる!!」

「ぅわっと……はい、いってらっしゃい」

 そんな姉からの提案を受けたフェアトは、『悪くないですね』と了承してからを受け取ろうとしたものの、その弱々しい力では持てなかったのかよろめきつつ、を一旦地面に置いてから姉を見送った。

『……中々やるねぇ。 でも、ちょっと調子に乗りすぎかな? ここらでドカーンとやっちゃって──うん?』

 翻って、いい加減ヴァイシア騎士団の無駄な抵抗を鬱陶しく感じていたトレヴォンは、つい先程と同じく辺り一帯ごと吹き飛ばしてしまおうかと魔力を充填し始めていたのだが、そんな彼の視界に何かが映る。

『まーた突っ込んできたの? もう同じ手は──え』

 それは、もはや疑いようもなくスタークであり、トレヴォンは呆れながらも油断はせずに片手を彼女の方へと向けて火属性の魔法を行使せんとした瞬間、彼の視界の端に──本来なら、ありえないものが映る。


 ──何故、ありえないのかと言えば。


「「ぶっ飛ばしてやらぁああっ!!」」

『──ふ、二人いる……!?』


 先程まで手にしていた筈の剣を持たずに素手のまま突撃してきているスタークと同じく、その手に剣を携えていない、もう一人の──スタークだったから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

完結 そんなにその方が大切ならば身を引きます、さようなら。

音爽(ネソウ)
恋愛
相思相愛で結ばれたクリステルとジョルジュ。 だが、新婚初夜は泥酔してお預けに、その後も余所余所しい態度で一向に寝室に現れない。不審に思った彼女は眠れない日々を送る。 そして、ある晩に玄関ドアが開く音に気が付いた。使われていない離れに彼は通っていたのだ。 そこには匿われていた美少年が棲んでいて……

勇者パーティを追放されそうになった俺は、泣いて縋って何とか残り『元のDQNに戻る事にした』どうせ俺が生きている間には滅びんだろう!

石のやっさん
ファンタジー
今度の主人公はマジで腐っている。基本悪党、だけど自分のルールあり! パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のリヒトは、とうとう勇者でありパーティリーダーのドルマンにクビを宣告されてしまう。幼馴染も全員ドルマンの物で、全員から下に見られているのが解った。 だが、意外にも主人公は馬鹿にされながらも残る道を選んだ。 『もう友達じゃ無いんだな』そう心に誓った彼は…勇者達を骨の髄までしゃぶり尽くす事を決意した。 此処迄するのか…そう思う『ざまぁ』を貴方に 前世のDQNに戻る事を決意した、暗黒面に落ちた外道魔法戦士…このざまぁは知らないうちに世界を壊す。

処理中です...