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無敵の盾
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「……何で」
「ふふ。 何でって……」
完全に考えを読まれたスタークが少しだけ驚いたように幾度かの瞬きをする一方、『何を今更』とでも言いたげにフェアトはクスクスと喉を鳴らし──。
「もう十五年も一緒にいるんですよ? 姉さんの考える事なんてお見通しです──任せてください」
同じ母親の下に生を受けたゆえに、同じ辺境の地にて十五年という歳月をともに過ごしてきたゆえに、スタークの思考など透明な硝子越しに見えているも同然だと口にしつつ、その提案をあっさりと受け入れた。
「……頼む。 パイク! こっちに来い!!」
「シルド! 貴女もです!」
それを聞いたスタークは呆れたように、されどどこか嬉しそうに溜息をこぼしてから、緋色の竜の前に浮かぶ仔竜に戻ってこいと呼びかけ、それと同じくフェアトももう片方の仔竜になるだけ大きく声をかける。
『りゅっ!?』
『りゅ、りゅー!』
今にも二度目の衝突を行わんとしていたパイクとシルドは、たたらを踏んだような驚きの鳴き声を上げつつも、とりあえず指示に従って双子の下に戻った。
『んん!? 何だぁ!? まさか、これで終わりってわけじゃ……あぁ!! それとも今度はお前らが──』
一方、戦《や》る気に満ち溢れていたジェイデンがパイクたちとの鍔迫り合いに水を差された事に怒声を轟かせながらも、『次は聖女の娘どもか』と考え直して嬉しげな声とともにスタークたちに狙いを変えた時。
「あれー? 息吹《ブレス》しかできないんですかー?」
『……な、何ぃ?』
無表情のまま自分の口元に両手を添えつつ、さも挑発しているかのような声をフェアトがかけた事で、ジェイデンは彼女の──というより彼女たちの狙い通りにカチンときたらしく、蓄えていた炎を一旦鎮める。
『……何が言いてぇんだ、お前──』
いつの間にか身体を小さくしていたパイクとシルドをそれぞれ肩と頭に乗せた双子に対し、その辺の魔物ならそれだけで殺せてしまいそうな眼光で睥睨しながら低い声音で脅しにかかったはいいものの──。
「あ、もしかして近寄って戦うのは怖いですかー?」
『! 何、だとぉ……っ!!』
畳みかけるようにフェアトがシルドを頭に乗せたままの状態で煽ると、いよいよジェイデンは怒赤竜らしく怒りの臨界点を超えてしまったようだった。
『馬っ鹿野郎!! 俺は元より肉体派!! 息吹《ブレス》なんぞよりよっぽど……! 肉弾戦の方が強ぇわぁ!!!』
そして、その雄大な緋色の翼を勢いよく広げたジェイデンは周囲に怒声を響かせながら、元より鋭い右前脚の爪をバキバキと鳴らし、さも釘打ち用の金槌の如き形状へと変化させ、フェアト目掛けて振り下ろす。
──【破壊分子《ジャガーノート》】の名の下に。
『りゅーっ!?』
「大丈夫ですから。 ジッとして──」
一方、ジェイデンとは異なり接近戦は得意でないらしいシルドは、フェアトの頭の上であわあわとしていたが、それでも全く動揺していないフェアトに宥められつつ彼女の腕に抱えられた──その瞬間。
先程のスタークたちとの手合わせの際にレイティアが放った【光噴《イラプション》】と同じか、それ以上の衝撃が渓谷はおろかこの辺境の地全土を襲い、これまでは精霊のお陰で何とか形を保っていた断崖絶壁も崩れてしまう。
鈍く、けたたましいまでの崩壊の轟音と、まともに呼吸ができなくなってしまうほどの土埃の中で──。
『……あぁ……?』
ジェイデンは、何やら強い違和感を覚えていた。
(何だこの感触……今、俺は人間を潰したよな……?)
それもその筈──かつて魔族だった頃も、そして転生後も散々潰した事のある人間と、たった今潰したフェアトの感触が全く異なるものだったからだ。
いや、もう少し正確に言うのであれば感触自体は殆ど同じだったものの──今までは攻撃したが最後、確実にその命ごと影も形も残さず潰せていたのである。
無論、勇者やその仲間たちを除いてだが。
しかし、いくら聖女の娘とはいえ……潰れるどころか、そのままの状態で立っているように感じるのはどう考えてもおかしい──そんな違和感を覚えていた。
そして、ジェイデンがゆっくりと前脚をどけると。
──そこには。
「──だから言ったでしょう? 大丈夫って」
『りゅー♪』
『な、あ……!?』
まるで何事もなかったかのように深く抉れた地面に立っていたフェアトと、そんなフェアトの言葉と実際に見た彼女の頑丈さを見て安心したらしく表情豊かに笑みを浮かべるシルドがおり、そのどちらもが健常な状態にある事にジェイデンは目を剥いて驚愕する。
しばらくの間、呆然とするジェイデンと楽しそうにするフェアトたちという対照的な光景が続いたが。
『お前……今、何した? 魔法は、使ってねぇよな』
「……えぇ。 私、魔法は使えませんから」
ハッと我に返ったジェイデンが笑みを完全に消した状態で顔だけを寄せて、若干の興味と怖気が入り混じったような声音で問いかけると、フェアトはそれを肯定しつつ自分が魔法を全く扱えない事を明かした。
実を言うと、スタークもフェアトもレイティアと同じほどの魔力も、そして八つの属性全ての適性も有している筈なのだが、それでもその体質ゆえなのか。
どれだけ努力しても、双子は魔法を使えなかった。
──つまり。
フェアトがジェイデンの攻撃を無傷でやり過ごしたのは魔法の力ではなく、ましてや【称号】によって覚醒した魔族の力とも違う異能の力、という事になる。
(……なおさら分からねぇ。 こいつは──何だ?)
ジェイデンは決して脳筋というわけではないが、それでも目の前の少女の異質さの正体に辿り着く事ができず、『ぐうぅ』と口惜しげな唸りを上げていた。
「……私が一体、何なのか──って顔ですね」
『!』
その時、フェアトがスタークどころかジェイデンの考えすらも見通しつつ一歩前に出ると、当のジェイデンは気味の悪さを覚えて近づけていた顔を引く。
それを見たフェアトは『ふふ』と軽く微笑み。
「簡単ですよ。 私は──【盾】です」
『……盾、だぁ……?』
さも当然であるかのように、さも周知の事実であるかのように自らを【盾】と称する少女の言動に、ジェイデンは訝しげな声音とともに目を細める。
【盾】──それは、ありとあらゆる攻撃から自らの身を守る為の防具であり自らの頑丈さを誇る言葉ではないし、そもそも彼女の身体は【盾】や頑丈などという言葉で簡単に収まっていいようなものではない。
それが分かっているからこそ、ジェイデンは全く少女の言動に要領を得ず首をかしげてしまっていた。
「えぇ、そうです。 力強くも打たれ弱い、たった一人の大切な──無敵の【矛】を守る為の、です」
『っ!? そういや、あいつは──ぅおおっ!?』
そんな中、フェアトは首を縦に振りつつ話を続けながら、スッと不意にジェイデンを……いや、ジェイデンの後ろにいるのだろう何かを指差し、それを察したジェイデンが勢いよく背後を振り向かんとした時。
突如、謎の浮遊感に襲われたジェイデンの身体は。
疑いようもなく──宙に浮いていた。
いや、より正確に言うのであれば──。
「う……っ、らあぁああああああああっ!!!」
『な──あぁああああああああっ!?』
いつの間にか背後に回り己の尻尾を掴んでいたスタークにより、もの凄い勢いで背負い投げされていた。
──しかも、片手で。
もんどりうったジェイデンが何とか身体を起き上がらせて、スタークに鋭い眼光を向けんとする中で。
『っ、な、何だそりゃ……!?』
ジェイデンは、スタークがわざわざ片手で自分の巨体を背負い投げしてみせた、その意味を悟っていた。
──それもその筈。
もう片方の手に少女の身体に不釣り合いな巨大で荘厳で──機械チックな竜の爪が装備されていたから。
「ふふ。 何でって……」
完全に考えを読まれたスタークが少しだけ驚いたように幾度かの瞬きをする一方、『何を今更』とでも言いたげにフェアトはクスクスと喉を鳴らし──。
「もう十五年も一緒にいるんですよ? 姉さんの考える事なんてお見通しです──任せてください」
同じ母親の下に生を受けたゆえに、同じ辺境の地にて十五年という歳月をともに過ごしてきたゆえに、スタークの思考など透明な硝子越しに見えているも同然だと口にしつつ、その提案をあっさりと受け入れた。
「……頼む。 パイク! こっちに来い!!」
「シルド! 貴女もです!」
それを聞いたスタークは呆れたように、されどどこか嬉しそうに溜息をこぼしてから、緋色の竜の前に浮かぶ仔竜に戻ってこいと呼びかけ、それと同じくフェアトももう片方の仔竜になるだけ大きく声をかける。
『りゅっ!?』
『りゅ、りゅー!』
今にも二度目の衝突を行わんとしていたパイクとシルドは、たたらを踏んだような驚きの鳴き声を上げつつも、とりあえず指示に従って双子の下に戻った。
『んん!? 何だぁ!? まさか、これで終わりってわけじゃ……あぁ!! それとも今度はお前らが──』
一方、戦《や》る気に満ち溢れていたジェイデンがパイクたちとの鍔迫り合いに水を差された事に怒声を轟かせながらも、『次は聖女の娘どもか』と考え直して嬉しげな声とともにスタークたちに狙いを変えた時。
「あれー? 息吹《ブレス》しかできないんですかー?」
『……な、何ぃ?』
無表情のまま自分の口元に両手を添えつつ、さも挑発しているかのような声をフェアトがかけた事で、ジェイデンは彼女の──というより彼女たちの狙い通りにカチンときたらしく、蓄えていた炎を一旦鎮める。
『……何が言いてぇんだ、お前──』
いつの間にか身体を小さくしていたパイクとシルドをそれぞれ肩と頭に乗せた双子に対し、その辺の魔物ならそれだけで殺せてしまいそうな眼光で睥睨しながら低い声音で脅しにかかったはいいものの──。
「あ、もしかして近寄って戦うのは怖いですかー?」
『! 何、だとぉ……っ!!』
畳みかけるようにフェアトがシルドを頭に乗せたままの状態で煽ると、いよいよジェイデンは怒赤竜らしく怒りの臨界点を超えてしまったようだった。
『馬っ鹿野郎!! 俺は元より肉体派!! 息吹《ブレス》なんぞよりよっぽど……! 肉弾戦の方が強ぇわぁ!!!』
そして、その雄大な緋色の翼を勢いよく広げたジェイデンは周囲に怒声を響かせながら、元より鋭い右前脚の爪をバキバキと鳴らし、さも釘打ち用の金槌の如き形状へと変化させ、フェアト目掛けて振り下ろす。
──【破壊分子《ジャガーノート》】の名の下に。
『りゅーっ!?』
「大丈夫ですから。 ジッとして──」
一方、ジェイデンとは異なり接近戦は得意でないらしいシルドは、フェアトの頭の上であわあわとしていたが、それでも全く動揺していないフェアトに宥められつつ彼女の腕に抱えられた──その瞬間。
先程のスタークたちとの手合わせの際にレイティアが放った【光噴《イラプション》】と同じか、それ以上の衝撃が渓谷はおろかこの辺境の地全土を襲い、これまでは精霊のお陰で何とか形を保っていた断崖絶壁も崩れてしまう。
鈍く、けたたましいまでの崩壊の轟音と、まともに呼吸ができなくなってしまうほどの土埃の中で──。
『……あぁ……?』
ジェイデンは、何やら強い違和感を覚えていた。
(何だこの感触……今、俺は人間を潰したよな……?)
それもその筈──かつて魔族だった頃も、そして転生後も散々潰した事のある人間と、たった今潰したフェアトの感触が全く異なるものだったからだ。
いや、もう少し正確に言うのであれば感触自体は殆ど同じだったものの──今までは攻撃したが最後、確実にその命ごと影も形も残さず潰せていたのである。
無論、勇者やその仲間たちを除いてだが。
しかし、いくら聖女の娘とはいえ……潰れるどころか、そのままの状態で立っているように感じるのはどう考えてもおかしい──そんな違和感を覚えていた。
そして、ジェイデンがゆっくりと前脚をどけると。
──そこには。
「──だから言ったでしょう? 大丈夫って」
『りゅー♪』
『な、あ……!?』
まるで何事もなかったかのように深く抉れた地面に立っていたフェアトと、そんなフェアトの言葉と実際に見た彼女の頑丈さを見て安心したらしく表情豊かに笑みを浮かべるシルドがおり、そのどちらもが健常な状態にある事にジェイデンは目を剥いて驚愕する。
しばらくの間、呆然とするジェイデンと楽しそうにするフェアトたちという対照的な光景が続いたが。
『お前……今、何した? 魔法は、使ってねぇよな』
「……えぇ。 私、魔法は使えませんから」
ハッと我に返ったジェイデンが笑みを完全に消した状態で顔だけを寄せて、若干の興味と怖気が入り混じったような声音で問いかけると、フェアトはそれを肯定しつつ自分が魔法を全く扱えない事を明かした。
実を言うと、スタークもフェアトもレイティアと同じほどの魔力も、そして八つの属性全ての適性も有している筈なのだが、それでもその体質ゆえなのか。
どれだけ努力しても、双子は魔法を使えなかった。
──つまり。
フェアトがジェイデンの攻撃を無傷でやり過ごしたのは魔法の力ではなく、ましてや【称号】によって覚醒した魔族の力とも違う異能の力、という事になる。
(……なおさら分からねぇ。 こいつは──何だ?)
ジェイデンは決して脳筋というわけではないが、それでも目の前の少女の異質さの正体に辿り着く事ができず、『ぐうぅ』と口惜しげな唸りを上げていた。
「……私が一体、何なのか──って顔ですね」
『!』
その時、フェアトがスタークどころかジェイデンの考えすらも見通しつつ一歩前に出ると、当のジェイデンは気味の悪さを覚えて近づけていた顔を引く。
それを見たフェアトは『ふふ』と軽く微笑み。
「簡単ですよ。 私は──【盾】です」
『……盾、だぁ……?』
さも当然であるかのように、さも周知の事実であるかのように自らを【盾】と称する少女の言動に、ジェイデンは訝しげな声音とともに目を細める。
【盾】──それは、ありとあらゆる攻撃から自らの身を守る為の防具であり自らの頑丈さを誇る言葉ではないし、そもそも彼女の身体は【盾】や頑丈などという言葉で簡単に収まっていいようなものではない。
それが分かっているからこそ、ジェイデンは全く少女の言動に要領を得ず首をかしげてしまっていた。
「えぇ、そうです。 力強くも打たれ弱い、たった一人の大切な──無敵の【矛】を守る為の、です」
『っ!? そういや、あいつは──ぅおおっ!?』
そんな中、フェアトは首を縦に振りつつ話を続けながら、スッと不意にジェイデンを……いや、ジェイデンの後ろにいるのだろう何かを指差し、それを察したジェイデンが勢いよく背後を振り向かんとした時。
突如、謎の浮遊感に襲われたジェイデンの身体は。
疑いようもなく──宙に浮いていた。
いや、より正確に言うのであれば──。
「う……っ、らあぁああああああああっ!!!」
『な──あぁああああああああっ!?』
いつの間にか背後に回り己の尻尾を掴んでいたスタークにより、もの凄い勢いで背負い投げされていた。
──しかも、片手で。
もんどりうったジェイデンが何とか身体を起き上がらせて、スタークに鋭い眼光を向けんとする中で。
『っ、な、何だそりゃ……!?』
ジェイデンは、スタークがわざわざ片手で自分の巨体を背負い投げしてみせた、その意味を悟っていた。
──それもその筈。
もう片方の手に少女の身体に不釣り合いな巨大で荘厳で──機械チックな竜の爪が装備されていたから。
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