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番外編 拍手お礼26
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千尋には、母親の記憶があまりない。千尋が子供の頃に、両親が離婚し、以来、母親とは会っていないせいだ。
母親にとって義父にあたる守光と不仲であったことや、夫である賢吾が家庭を顧みなかったことなどが、離婚の原因だったようだ。
実際千尋は、話の内容まではわからなかったが、母親が守光に食ってかかる場面を目の当たりにしたことがあるし、賢吾の母親に対する態度が温かみに欠けていると、子供ながらに感じていた。
ただ、だからといって長嶺の男たちを責める気はなく、それぞれに何かしらの言い分や理由はあったのだろうと、成長するに伴って、大人の事情を慮るようにはなったのだ。
唐突に母親のことを思い出したのは、中庭に面した縁側に立つ人の姿を見つけたからだ。
一瞬ドキリとした千尋は、次の瞬間には、奇妙なことだが安堵の吐息を洩らしていた。中庭を見つめる〈その人〉の両目に宿るのは険しさではなく――。
「先生」
千尋が呼びかけると、柱にもたれかかっていた和彦が姿勢を戻し、ゆっくりと視線を投げかけてきた。その和彦の手には団扇が握られている。
「なんだ。もう帰ってきたのか。確か、組長と一緒に、夜まで帰れないんじゃ……」
開口一番の和彦の言葉に、千尋は苦笑する。
「俺が早く帰ってきて、迷惑だった?」
「そこまでは言わないが、お前がいないと静かでいいなと、正直少し思っていた」
「意地を張らなくていいのに」
こっそりと千尋が洩らすと、和彦に横目で睨まれた。
千尋は和彦の傍らに立ち、同じように中庭に視線を向ける。千尋の母親が、ひどく嫌っていた空間だ。守光の意向を受け、金と手間を注ぎ込まれた立派な中庭だが、当初はあくまで観賞のためだけに手をかけていたものが、幼い千尋のための贅沢な遊び場と化していったのだ。
その頃には、母親は中庭に下り立つことを拒むようになり、ついには眺めることすらしなくなった。仮に視線を向けるとしても、憎悪の対象を見つけたかのように、険しい目をしていた。
中庭を維持するための金も人員も、すべて組から出ている。その中庭で無邪気に遊ぶ千尋を、母親はどう感じていたのか。
夏の強い陽射しを浴びる、生命力に溢れる青々とした庭木を眺め、取り留めなく千尋は想像する。普段は中庭の存在など、そこにあって当然のもので、特に意識することはないのだが、今日に限って懐古的な感覚に囚われるのは、穏やかな眼差しで庭を眺める和彦の姿に、子供時代の記憶を刺激されたからだ。
ふいに、柔らかな風を頬に受ける。目を丸くして隣を見ると、和彦が団扇の風を送ってくれていた。
「どうかした、先生?」
「いや……、お前が険しい顔をしているから、暑いのかと思ったんだ」
数秒の間を置いて、千尋は破顔する。
「優しいなー」
「調子に乗るな」
素っ気なく言って和彦が、団扇を押し付けてくる。それを受け取った千尋は、今度は和彦に向けて風を送り始める。
「団扇を引っ張り出してくるぐらいなら、部屋に入ってクーラーつければいいのに」
「戸を閉め切ったら、中庭がよく見えなくなる」
自分でも不思議なほど、和彦の言葉が嬉しかった。千尋はさらに和彦との間を詰めようとしたが、すかさず露骨なほど逃げられてしまう。
「暑いのに、くっついてくるなっ。それでなくてもお前は体温が高いから、夏はあまり近寄られたくないんだ」
「……けっこう傷つく……」
「三歩あるいてみろ。心の痛みをすぐに忘れられるぞ」
どういう意味かと千尋が首を傾げると、和彦は気の毒そうにこちらを一瞥したあと、大きくため息をついた。
「お前はいいな。悩みがなさそうで」
「そう見えるだけで、意外に悩み多き年頃だよ、俺。なんといっても、普通の家庭育ちとは違うからね。こんなに純真にまっすぐ育って、我ながら奇跡だと思う」
「今むしょうに、お前の頬を抓り上げたくなった……」
ここで会話が一度途切れ、二人は並んで中庭を眺める。もっとも千尋は、肩先で感じる和彦の気配を探っていた。
賢吾が、古くから続く組の次期組長だとわかっていながら、結婚し、千尋を産み、それでいて長嶺の男と徹底的に相性が悪かった母親も不思議だが、この人も不思議だと思う。ひどいやり方で堅気の生活を奪われ、囲われ者としての生活を押し付けられていながら、基本的に長嶺の男に甘い。
普通の感覚であれば、すべての出来事の元凶ともいえる千尋の隣に立ち、長嶺の本宅の象徴ともいえる中庭を、穏やかな眼差しで眺める心境にはならないはずだ。
いつの間にか千尋は、中庭ではなく、和彦の整った横顔を眺めていた。すると和彦が再び口を開く。
「――それで、早く帰ってきた理由をまだ聞いていない」
「思い出したんだよ」
「何が」
「今日、近所の神社で夏祭りがあること。俺も昔、子供神輿担いだなー」
「……思い出話をしたくて、わざわざ帰ってきたのか」
違う、と千尋を首を横に振ってから、ぐいっと身を乗り出す。一方の和彦は、何かを察したように、露骨に身を引いた。
「なんだ……?」
「先生、夕方から一緒に行こうよ」
「嫌だ。子供じゃあるまいし」
「いやいや。大人もたくさん来てるって。それに、カップルも――」
最後は明らかに余計な一言だったらしく、すかさず和彦に頬を抓り上げられた。それでも千尋はめげず、和彦にまとわりつく。夏祭りのことを移動の車中で思い出したとき、自分の記憶力に歓声を上げたぐらいなのだ。
「行こうよ。散歩がてらさ。先生まだ、この近所のこと全然知らないだろ? 歩きながら、俺がいろいろ教えてあげるから」
「別に、ここに馴染む気はない」
素っ気ない和彦に対して、千尋は早々に奥の手を使う。とはいっても、単にすがりつくような眼差しを向けるだけなのだが。なぜか和彦は、千尋のこの眼差しに弱いらしく、忌々しげに文句を言いながらも、結局は折れてしまう。
もちろん今回も。
「さっさと行って、さっさと帰るからなっ」
怒っているような、照れているような口調で和彦が怒鳴り、千尋はにんまり笑って頷いた。
「先生ってさ――」
千尋の言葉を遮るように、ここまで地味な火花を散らせていた手持花火が、突然鮮やかな閃光を放ち始める。さすがに驚いて短く声を洩らした千尋は、そのまま花火の先に見入っていた。
和彦と出かけた神社の夏祭りには、長嶺組の下部組織にあたる団体が、いくつかの露天を出している。最近は何かと自治体が厳しいため、堂々と長嶺組の身内と名乗れず、そのため長嶺組の組員も様子を見に行くことを避けている。
そんな中で、一般の客として千尋が顔を出したところ、昔からの顔馴染みということもあり非常に喜ばれた。邪魔にならない程度に会話を交わし、すぐに離れるつもりだったのだが、露天を仕切る〈社長〉から、手ぶらで帰すわけにはいかないと、あれこれと土産を渡されたのだ。
そして現在、千尋と和彦は、土産の一つをこうして消費しているわけだ。
「――……こういう花火は、初めてやった」
和彦がぽつりと洩らした言葉が聞こえ、千尋はパッと顔を上げる。玄関先の外灯と、一瞬一瞬で色が変わる花火の明かりを受ける和彦の横顔は、柔らかな微笑を湛えていた。
「初めてって、本当? 子供の頃とかさ。俺、よくやってたよ。オヤジやじいちゃんは忙しかったから、うちの組員につき合ってもらってさ。今日みたいに、露天のおっちゃんたちが、くじ引きの景品が余ったからって、よくくれたんだ」
「花火はともかく、お前はけっこう貴重な経験をしてるな……」
「なんといっても、ヤクザの組長の息子だからね」
「でも、子供らしい生活を送ってこられただろ。ぼくのところは――なんというか、堅い家だからな。子供が子供らしく振る舞うことにいい顔をしなかった」
終わった花火をバケツの水につける和彦の表情が、ひどく暗いものに見えた。しかし、次に火をつけた花火が青い火花を放ち始めたときには、和彦は楽しげに顔を綻ばせており、もしかすると千尋の見間違いだったのかもしれない。
「で、お前はさっき、何を言いかけたんだ」
千尋は、花火が入っている袋の中を覗きながら答えた。
「先生って、優しいよなー、と言おうとしたんだよ。暑い中、夏祭りにつき合ってくれて、帰ってきたら、こうして花火も一緒にやってくれる。――うん、優しい」
「ぼくは優しくない。ただ、お前が人懐こ過ぎるだけだ」
声を押し殺して笑った千尋が、次の花火に火をつけようとしたところで、突然玄関の戸が開き、数人の組員が門扉のほうへと駆けていく。千尋には、一体何事が起こったのかすぐにわかった。
案の定、組員たちが外に出て数分ほどしてから、門扉を潜った賢吾が姿を現す。事前に連絡を受けて知っていたのだろう、玄関横に座り込んだ千尋と和彦の姿を見て、驚くどころか、にんまり笑いかけてきた。
「楽しそうだな、二人とも」
歩み寄ってきた賢吾の言葉に、和彦は傍迷惑そうに顔をしかめる。
「あんたの息子にせがまれて、仕方なくつき合ってやっているんだ」
「ほお、仕方なくか。先生は相変わらず、俺の息子には甘いな」
「……まったくだ。自分でもそう思う」
千尋は賢吾と顔を見合わせ、よく似た笑みを交し合う。
賢吾は、腕にかけていたジャケットを組員に手渡し、二人に倣うように屈み込んだ。
「俺も仲間に入れろ」
冗談ではないと言いたげに、和彦が慌てて立ち上がる。
「だったら、父子仲良く二人でやればいいだろ」
「えー、オヤジと二人なんて嫌だよ」
和彦を逃がすまいと、千尋は素早く背後に回り込み、肩を押さえる。軽く抵抗はしたものの、結局和彦は、渋々座り直す。自ら認めるだけあって、やはり千尋には甘い。
必死に笑いを噛み殺し、千尋は和彦の隣に屈む。
「まあ、先生、これも夏の思い出だと思って、我慢してよ」
「美しい家族団らんの光景だな」
悪乗りした賢吾の発言に、苦々しい顔で和彦が反応した。
「――……本当に、仲がいい父子だな」
母親にとって義父にあたる守光と不仲であったことや、夫である賢吾が家庭を顧みなかったことなどが、離婚の原因だったようだ。
実際千尋は、話の内容まではわからなかったが、母親が守光に食ってかかる場面を目の当たりにしたことがあるし、賢吾の母親に対する態度が温かみに欠けていると、子供ながらに感じていた。
ただ、だからといって長嶺の男たちを責める気はなく、それぞれに何かしらの言い分や理由はあったのだろうと、成長するに伴って、大人の事情を慮るようにはなったのだ。
唐突に母親のことを思い出したのは、中庭に面した縁側に立つ人の姿を見つけたからだ。
一瞬ドキリとした千尋は、次の瞬間には、奇妙なことだが安堵の吐息を洩らしていた。中庭を見つめる〈その人〉の両目に宿るのは険しさではなく――。
「先生」
千尋が呼びかけると、柱にもたれかかっていた和彦が姿勢を戻し、ゆっくりと視線を投げかけてきた。その和彦の手には団扇が握られている。
「なんだ。もう帰ってきたのか。確か、組長と一緒に、夜まで帰れないんじゃ……」
開口一番の和彦の言葉に、千尋は苦笑する。
「俺が早く帰ってきて、迷惑だった?」
「そこまでは言わないが、お前がいないと静かでいいなと、正直少し思っていた」
「意地を張らなくていいのに」
こっそりと千尋が洩らすと、和彦に横目で睨まれた。
千尋は和彦の傍らに立ち、同じように中庭に視線を向ける。千尋の母親が、ひどく嫌っていた空間だ。守光の意向を受け、金と手間を注ぎ込まれた立派な中庭だが、当初はあくまで観賞のためだけに手をかけていたものが、幼い千尋のための贅沢な遊び場と化していったのだ。
その頃には、母親は中庭に下り立つことを拒むようになり、ついには眺めることすらしなくなった。仮に視線を向けるとしても、憎悪の対象を見つけたかのように、険しい目をしていた。
中庭を維持するための金も人員も、すべて組から出ている。その中庭で無邪気に遊ぶ千尋を、母親はどう感じていたのか。
夏の強い陽射しを浴びる、生命力に溢れる青々とした庭木を眺め、取り留めなく千尋は想像する。普段は中庭の存在など、そこにあって当然のもので、特に意識することはないのだが、今日に限って懐古的な感覚に囚われるのは、穏やかな眼差しで庭を眺める和彦の姿に、子供時代の記憶を刺激されたからだ。
ふいに、柔らかな風を頬に受ける。目を丸くして隣を見ると、和彦が団扇の風を送ってくれていた。
「どうかした、先生?」
「いや……、お前が険しい顔をしているから、暑いのかと思ったんだ」
数秒の間を置いて、千尋は破顔する。
「優しいなー」
「調子に乗るな」
素っ気なく言って和彦が、団扇を押し付けてくる。それを受け取った千尋は、今度は和彦に向けて風を送り始める。
「団扇を引っ張り出してくるぐらいなら、部屋に入ってクーラーつければいいのに」
「戸を閉め切ったら、中庭がよく見えなくなる」
自分でも不思議なほど、和彦の言葉が嬉しかった。千尋はさらに和彦との間を詰めようとしたが、すかさず露骨なほど逃げられてしまう。
「暑いのに、くっついてくるなっ。それでなくてもお前は体温が高いから、夏はあまり近寄られたくないんだ」
「……けっこう傷つく……」
「三歩あるいてみろ。心の痛みをすぐに忘れられるぞ」
どういう意味かと千尋が首を傾げると、和彦は気の毒そうにこちらを一瞥したあと、大きくため息をついた。
「お前はいいな。悩みがなさそうで」
「そう見えるだけで、意外に悩み多き年頃だよ、俺。なんといっても、普通の家庭育ちとは違うからね。こんなに純真にまっすぐ育って、我ながら奇跡だと思う」
「今むしょうに、お前の頬を抓り上げたくなった……」
ここで会話が一度途切れ、二人は並んで中庭を眺める。もっとも千尋は、肩先で感じる和彦の気配を探っていた。
賢吾が、古くから続く組の次期組長だとわかっていながら、結婚し、千尋を産み、それでいて長嶺の男と徹底的に相性が悪かった母親も不思議だが、この人も不思議だと思う。ひどいやり方で堅気の生活を奪われ、囲われ者としての生活を押し付けられていながら、基本的に長嶺の男に甘い。
普通の感覚であれば、すべての出来事の元凶ともいえる千尋の隣に立ち、長嶺の本宅の象徴ともいえる中庭を、穏やかな眼差しで眺める心境にはならないはずだ。
いつの間にか千尋は、中庭ではなく、和彦の整った横顔を眺めていた。すると和彦が再び口を開く。
「――それで、早く帰ってきた理由をまだ聞いていない」
「思い出したんだよ」
「何が」
「今日、近所の神社で夏祭りがあること。俺も昔、子供神輿担いだなー」
「……思い出話をしたくて、わざわざ帰ってきたのか」
違う、と千尋を首を横に振ってから、ぐいっと身を乗り出す。一方の和彦は、何かを察したように、露骨に身を引いた。
「なんだ……?」
「先生、夕方から一緒に行こうよ」
「嫌だ。子供じゃあるまいし」
「いやいや。大人もたくさん来てるって。それに、カップルも――」
最後は明らかに余計な一言だったらしく、すかさず和彦に頬を抓り上げられた。それでも千尋はめげず、和彦にまとわりつく。夏祭りのことを移動の車中で思い出したとき、自分の記憶力に歓声を上げたぐらいなのだ。
「行こうよ。散歩がてらさ。先生まだ、この近所のこと全然知らないだろ? 歩きながら、俺がいろいろ教えてあげるから」
「別に、ここに馴染む気はない」
素っ気ない和彦に対して、千尋は早々に奥の手を使う。とはいっても、単にすがりつくような眼差しを向けるだけなのだが。なぜか和彦は、千尋のこの眼差しに弱いらしく、忌々しげに文句を言いながらも、結局は折れてしまう。
もちろん今回も。
「さっさと行って、さっさと帰るからなっ」
怒っているような、照れているような口調で和彦が怒鳴り、千尋はにんまり笑って頷いた。
「先生ってさ――」
千尋の言葉を遮るように、ここまで地味な火花を散らせていた手持花火が、突然鮮やかな閃光を放ち始める。さすがに驚いて短く声を洩らした千尋は、そのまま花火の先に見入っていた。
和彦と出かけた神社の夏祭りには、長嶺組の下部組織にあたる団体が、いくつかの露天を出している。最近は何かと自治体が厳しいため、堂々と長嶺組の身内と名乗れず、そのため長嶺組の組員も様子を見に行くことを避けている。
そんな中で、一般の客として千尋が顔を出したところ、昔からの顔馴染みということもあり非常に喜ばれた。邪魔にならない程度に会話を交わし、すぐに離れるつもりだったのだが、露天を仕切る〈社長〉から、手ぶらで帰すわけにはいかないと、あれこれと土産を渡されたのだ。
そして現在、千尋と和彦は、土産の一つをこうして消費しているわけだ。
「――……こういう花火は、初めてやった」
和彦がぽつりと洩らした言葉が聞こえ、千尋はパッと顔を上げる。玄関先の外灯と、一瞬一瞬で色が変わる花火の明かりを受ける和彦の横顔は、柔らかな微笑を湛えていた。
「初めてって、本当? 子供の頃とかさ。俺、よくやってたよ。オヤジやじいちゃんは忙しかったから、うちの組員につき合ってもらってさ。今日みたいに、露天のおっちゃんたちが、くじ引きの景品が余ったからって、よくくれたんだ」
「花火はともかく、お前はけっこう貴重な経験をしてるな……」
「なんといっても、ヤクザの組長の息子だからね」
「でも、子供らしい生活を送ってこられただろ。ぼくのところは――なんというか、堅い家だからな。子供が子供らしく振る舞うことにいい顔をしなかった」
終わった花火をバケツの水につける和彦の表情が、ひどく暗いものに見えた。しかし、次に火をつけた花火が青い火花を放ち始めたときには、和彦は楽しげに顔を綻ばせており、もしかすると千尋の見間違いだったのかもしれない。
「で、お前はさっき、何を言いかけたんだ」
千尋は、花火が入っている袋の中を覗きながら答えた。
「先生って、優しいよなー、と言おうとしたんだよ。暑い中、夏祭りにつき合ってくれて、帰ってきたら、こうして花火も一緒にやってくれる。――うん、優しい」
「ぼくは優しくない。ただ、お前が人懐こ過ぎるだけだ」
声を押し殺して笑った千尋が、次の花火に火をつけようとしたところで、突然玄関の戸が開き、数人の組員が門扉のほうへと駆けていく。千尋には、一体何事が起こったのかすぐにわかった。
案の定、組員たちが外に出て数分ほどしてから、門扉を潜った賢吾が姿を現す。事前に連絡を受けて知っていたのだろう、玄関横に座り込んだ千尋と和彦の姿を見て、驚くどころか、にんまり笑いかけてきた。
「楽しそうだな、二人とも」
歩み寄ってきた賢吾の言葉に、和彦は傍迷惑そうに顔をしかめる。
「あんたの息子にせがまれて、仕方なくつき合ってやっているんだ」
「ほお、仕方なくか。先生は相変わらず、俺の息子には甘いな」
「……まったくだ。自分でもそう思う」
千尋は賢吾と顔を見合わせ、よく似た笑みを交し合う。
賢吾は、腕にかけていたジャケットを組員に手渡し、二人に倣うように屈み込んだ。
「俺も仲間に入れろ」
冗談ではないと言いたげに、和彦が慌てて立ち上がる。
「だったら、父子仲良く二人でやればいいだろ」
「えー、オヤジと二人なんて嫌だよ」
和彦を逃がすまいと、千尋は素早く背後に回り込み、肩を押さえる。軽く抵抗はしたものの、結局和彦は、渋々座り直す。自ら認めるだけあって、やはり千尋には甘い。
必死に笑いを噛み殺し、千尋は和彦の隣に屈む。
「まあ、先生、これも夏の思い出だと思って、我慢してよ」
「美しい家族団らんの光景だな」
悪乗りした賢吾の発言に、苦々しい顔で和彦が反応した。
「――……本当に、仲がいい父子だな」
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