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番外編 -檻-
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まったく、らしくないことをしていると、三田村は嫌というほど自覚していた。自覚はしているが、行動を起こさずにはいられない。
それは、ひどく青臭い感情であるし、胸がざわつくほどの焦燥感でもある。それらに突き動かされるように、忙しい〈仕事〉の合間を縫って、思いつきを実行に移していた。
不動産屋で受け取ってきたばかりの鍵をポケットから取り出し、ドアを開ける。
まだ築一年というだけあって、外観だけでなく、ワンルームの部屋はきれいだった。ここをいい部屋だと言い切れるほど、確たる価値観を三田村は持ち合わせていない。三田村にとって部屋とは、ときどき寝に帰るだけの、物置に近い存在だからだ。
自分一人が過ごすなら、古くて狭いアパートで十分なのだ。だが、わざわざもう一部屋借りることにしたのには、大きな理由がある。だから、いつもの自分の価値観を発揮するわけにはいかなかった。ここがいい物件であることは、不動産屋の社員に何度も念を押して確認してある。
キッチンや洗面所、浴室を何度も行き来し、買い揃えるものをメモする。本格的にここで暮らすわけではないので、最低限のものがあればいいだろう。ただ、エアコンが備え付けというのはありがたかった。設置工事の手間を省けるし、この暑さの中、不快さを味わわなくて済む。
さほど広くない室内を歩き回りながら三田村は、やはり心の中で呟くのだ。
らしくないことをしている、と。
大きな窓がはめ込まれ、柔らかなクリーム色の色彩に囲まれた部屋は、三田村のようなセンスの欠片も持ち合わせていない人間には、難敵だ。カーテンを何色にしようかと、この部屋を最初に見せられたときから、ずっと悩んでいた。
「何やってるんだ、俺は……」
ボールペンの尻で頭を掻いた三田村は、苦々しく呟く。それでも、この部屋を借りたときのままの無機質な状態にはできない。
自分にはそれで相応しいだろうが、〈彼〉には相応しくないと、頑なに三田村は思っている。
三田村が知るどの人間よりも、柔らかな空気と、冷ややかで鋭い空気をきれいに併せ持ち、息苦しくなるような艶やかさを放つ彼は、本人は認めたがらないだろうが、豪奢な檻の中に閉じ込められているのがよく似合う。
三田村は、その檻の中から、ほんのわずかな間だけ、彼を連れ出すことを許可された。そして閉じ込めるのが、この部屋――簡素な檻だ。
『惚れるのはいいが、絶対に逃がすなよ。〈あれ〉は、見た目以上にしたたかな生き物だから、お前みたいな朴念仁を、簡単に骨抜きにするぞ』
ふいに、自分の飼い主から言われた言葉を思い出し、三田村はそっと目を細める。
言われるまでもなく、とっくに自覚していることだった。案外、言った本人も身をもって実感しているのかもしれない。
なんにしても、この檻に閉じ込めている間は、彼は確実に、三田村のものになる。それ以上の贅沢を望む気はなかった。
現に三田村は、何もない部屋にこうして一人突っ立っているだけで、幸福感を味わえているのだ。
食事を終えた和彦は、ひどく機嫌がよさそうに見えた。気まぐれに頼んだワインが気に入ったらしく、いつになく速いペースで飲んでいたが、そのせいかもしれない。
何度も和彦の食事につき合っているうちに、食べ物だけでなく、アルコールの好みまで三田村は把握してしまった。たとえば、ワインや洋酒は好きだが、日本酒や焼酎は飲めはするものの得意ではない。ビールはつき合い程度に飲めて、甘いカクテルは嫌い。気分がいいときによく飲むのは、ワインだ。
「――楽しそうだな、先生」
レストランを出て、エレベーターホールに向かいながら三田村が声をかけると、和彦は唇だけの笑みを浮かべる。素面のときは、文句のつけようのない色男に見える和彦だが、こういう婀娜っぽい表情になると、途端に得体の知れない生き物となり、三田村の目を釘付けにする。これで、少し前まで堅気の医者だったのだ。
こんな存在を見つけ出した千尋の審美眼を賞賛するべきか、ヤクザの世界に沈めてしまった賢吾を畏怖するべきか、それとも両方なのか――。
「あんたも、楽しそうだ。三田村」
思いがけない和彦の言葉に、三田村は目を丸くする。自分では、いつものように無表情だと思っていたからだ。
内心、わずかにうろたえると、和彦がニヤリと笑いかけてきた。
「ウソだ。今日も、完璧な無表情だ」
「……やっぱり今夜は楽しそうだ」
「明日は、なんの予定もないから、ゆっくりできる。多分」
他意はないのかもしれないが、和彦の言葉を聞いた三田村はドキリとする。咄嗟に考えたのは、明日の空いた予定を、自分がもらってもいいのだろうかということだ。
三田村は、和彦と関係を持った。だからといって、恋人同士ではない。賢吾という飼い主の許可の下、ささやかな逢瀬を重ねるのがせいぜいだろう。だからといって体だけの関係だと言い切れるほどドライではない。それどころか、ドロドロとした情熱や情欲が渦巻いている。
そんな関係だからこそ、和彦と一時を過ごしたいとき、どんな言葉をかければいいのか三田村は悩む。
いい言葉が思い浮かぶまで、二人きりの時間を持つのは諦めたほうがいいだろうかとも思う。三田村は、生きてきた世界が違う和彦を、どんなふうに扱っていいものか、いまだによくわからないのだ。そのため、武骨な自分の言動で傷つけたり、機嫌を損ねるのを恐れていた。
三田村が淡々とした無表情を保ったまま、突然湧き起こった雄の衝動をなんとか鎮めようとしていると、スッと隣にやってきた和彦が小声で言った。
「誘ってくれないのか?」
反射的に隣を見ると、睨みつけるようなきつい眼差しを向けられる。この瞬間、三田村の無表情はあっさり崩れ、苦い表情を浮かべた。
本当はすぐに弁解したかったが、エレベーターホールには人の姿があり、不自然な沈黙を保ったままエレベーターに乗り込む。
怒っているように見える和彦の横顔をちらりと一瞥して、三田村はスラックスのポケットに片手を忍び込ませ、指先に触れる硬い感触を確かめた。
エレベーターが一階に着くと、扉が開いてすぐに和彦が飛び出し、いつになく早足でロビーを歩く。三田村はそのすぐ後をついて歩きながら、やっと声をかけた。
「――先生」
しかし和彦は振り返らない。
「先生」
もう一度呼びかけて、振り返らないと確認したところで、すかさず三田村は和彦の前に回り込み、片手で握り締めていたものを突き出した。さすがに驚いたような顔をした和彦が、次には怪訝そうに眉をひそめる。
「なんだ……?」
「受け取ってくれ」
強引に和彦の手を取って、握らせる。しかし三田村は、和彦の反応を見ないまま、半ば逃げるように駐車場に向かう。少し遅れて、背後からパタパタと走ってくる足音が聞こえてきた。
「三田村っ」
和彦に呼びかけられると同時に、腕を掴まれる。かまわず歩き続けながら、前を見据えたまま三田村は説明した。
「……部屋を借りた。先生と会うための部屋だ。自分でも、どうしてこんなことをしたのか、よくわからない。ただ、先生が住んでいる部屋は……、〈俺たち〉が使っていい場所じゃないように思えるし、ホテルを使うのは、俺が嫌だ。どんないいホテルを取ろうが、先生を安く扱っているように感じそうで」
淡々とした口調ながら、ここまで一気に話してから、三田村は大きく息を吐き出す。
「俺は、ズルイ。大事なことを、先生に言わせた。きっかけが欲しかったはずなのに、俺から言い出す勇気が持てなかった」
相槌も打たず黙って聞いてくれていた和彦が、三田村の腕を掴む手に力を込めてきて、静かな口調で言った。
「言い出す勇気はなかったけど、行動を起こす勇気はあった。……それで十分だ」
三田村がぎこちなく振り返ると、和彦は手にした鍵を弄んでいた。唇に柔らかな笑みを刻んで。
車のロックを解除し、助手席のドアを開けてやる。後部座席のドアではない意味がわかったのか、小さく頷いて和彦は乗り込んだ。
部屋に入った三田村は、こもった熱気に顔をしかめてからエアコンをつける。一方の和彦は、カーテンをつけはしたものの、まだ殺風景な印象が強い部屋を見回していた。
「……何もない」
和彦がぽつりと洩らした言葉に、思わず三田村は苦笑する。
「すまない。最低限、すぐに使いそうなものだけは買ってきたんだが、あとは、先生がいるものを買ってきたほうが具合がいいと思ったんだ。俺は無神経な性質だから、なければないで、さほど不便は感じない」
「ベッドも布団もない」
こちらを見た和彦の眼差しに、三田村は魅了される。いつもは、柔らかいくせに、どこか底冷えするような静けさを湛えている目が、熱を帯びて濡れているようだ。
ふらりと和彦の側に歩み寄った三田村は、頬に手をかけた。
「ベッドは、明後日配達されることになっている。今夜ここに寄るのは、予定外だった」
「――ぼくもけっこう、無神経な性質なんだ。なければないで、そんなに不便は感じない」
本当は笑いたかったが、その前に感情は、激しい欲情に支配されていた。
三田村は和彦の頭を引き寄せると、荒々しく唇を塞ぐ。すぐに和彦も応えてくれ、二人は互いの唇と舌を必死に貪り合っていた。
ジャケットを脱いでフローリングの床の上に落とすと、二人はぎこちなく座り込む。三田村は自分のジャケットを丸めると、それを枕代わりにして和彦を慎重に押し倒した。
また、この存在に触れることができたのだと、和彦が身につけているものを脱がしていきながら、三田村は興奮と感動を同時に味わっていた。
露わになった和彦の胸元に恭しく唇を押し当てながら、スラックスと下着を引き下ろし、すでに高ぶり始めている欲望をてのひらに包み込む。和彦が大きく息を吸い込んだため、顔を上げた三田村は唇に優しいキスを落とす。
緩やかに舌を絡め合うと、和彦の手にネクタイを解かれ、ワイシャツのボタンを外されていく。それだけのことなのに三田村の欲望はさらに高まり、ワイシャツを脱がされて、和彦のひんやりとして柔らかな手が背に這わされると、一層煽られる。
三田村は、自分の衝動のままに和彦を求めることにした。
全裸にした和彦の両足の間に、顔を埋めたのだ。
「あうっ」
一声鳴いた和彦が、床の上で大きく仰け反る。その反応をうかがいながら、三田村は和彦のものの先端に舌を這わせ、吸い付く。あっという間に透明なしずくが滲み出て、それを待ってから、括れまでを口腔に含んで吸引する。
「んあっ、あっ、あぁっ」
間欠的に声を上げる和彦をさらに煽るため、唾液で濡らした指で内奥の入り口をこじ開け、挿入した。途端に、堪えきれないような呻き声を洩らした和彦が、きつく指を締め付けてきた。
求められているという安堵感が、三田村の欲望を増幅させる。
しゃぶりつくように和彦の欲望を愛撫し、溢れるしずくを啜りながら、内奥に付け根まで収めた指を蠢かせる。
「あっ、う。うぅ……」
三田村が指を出し入れするたびに、内奥が淫らな蠕動を繰り返す。口腔では、張り詰めた和彦のものが震えていた。唇で括れをきつく締め付けてやると、浅ましく和彦の腰が揺れたが、三田村が内奥のある部分を強く指で押し上げると、今度は小刻みに震える。
快感に対して従順で貪欲な体だと、改めて感嘆させられる。決して巧みとはいえない三田村の愛撫にも、鮮やかに反応してくれるのだ。だから、和彦の体に溺れてしまう。
三田村はスラックスの前をくつろげると、とっくに高ぶっていた欲望を、和彦の内奥にやや強引に含ませていく。
三田村が枕代わりに敷いてやったジャケットを、頭上に両腕を伸ばして和彦は握り締めていた。挿入を深くしていくたびに、和彦が緩く頭を左右に振って静かに乱れる。
「あっ、あっ、三田、村っ……。三田村――」
和彦に呼ばれるたびに、三田村は熱い吐息をこぼしながら、すでに汗で濡れている紅潮した肌に唇を押し当てる。そのうち和彦の片手が頭にかかり、せがまれるまま、硬く凝っている胸の突起を貪っていた。
「うあっ、あっ、はあぁ……」
腰を揺すると、呆気なく和彦の体は溶けた。触れてもいないのに、達したのだ。三田村は身震いするほどの歓喜を覚え、片腕で和彦の頭を抱き寄せた。
内奥深くを突き上げるたびに、堪えきれない悦びを知らせるように、汗で濡れた和彦の艶かしい背がしなる。そのしなやかな動きに、すっかり三田村は魅入られていた。
背後から和彦を貫くたびに、やはり賢吾や千尋も、同じような感覚を味わっているのだろうかと、頭の片隅で考える。決して三田村は、二人に嫉妬しているわけではない。ただ、和彦という人間の底知れない価値を、自分たちは認識しているのだという、妙な連帯感はあった。もちろんこれは、三田村一人がそう感じているだけだ。
しかし、嫉妬はしていないが、意識しているのは間違いない。こうして和彦の体を愛しながら、賢吾や千尋はどんなふうに和彦に触れているのだろうかと想像するのだ。
「はあっ、あっ、ああっ」
和彦の腰を抱え込み、これ以上なくしっかりと繋がる。ひくつく和彦の内奥が、引き絞るように三田村のものを締め付け、吸い付いてくる。絡みついてくるような襞と粘膜の感触に眩暈すら覚え、三田村は小さく呼びかけた。
「先生……」
三田村の声に含まれた切実な響きに気づいたのか、相変わらず三田村のジャケットを握り締めながら、ゾクリとするような掠れた声で和彦が応じた。
「三田村、中に……、欲しい。好きなんだ……」
「わかってる。最初のときも、先生は悦んでいた。俺が中に出すと、ビクビクと震えて、いい声で鳴いてくれた」
和彦の腰を掴み、乱暴に内奥を突き上げる。すでに限界を迎えていた三田村は、快感をコントロールすることもできず、奥歯を噛み締めながら熱い精を迸らせていた。
まるでしなやかな獣のように和彦が背を反らし、床に爪を立てる。奔放に快感を味わっている姿に、また三田村は魅入られる。痺れるような快楽も魅力的だが、それ以上に、和彦の快感を支配しているというのは、麻薬じみた陶酔感があり、一度味わうと手放せない。
三田村の裸の体を汗が伝い落ちていく。荒く息を吐き出しながら、やはり息を喘がせている和彦の濡れた後ろ髪をそっと撫でた。すると、床に顔を伏せていた和彦がわずかに頭を上げ、肩越しに振り返る。濡れた目は、意外なほど冷静に見えたが、それは和彦の貪欲さの表われのようにも思えた。
これだけの快感では、自分はまだ満足できないと――。
自分勝手な解釈をした三田村は、床に投げ出された和彦の片手に、自分の手を重ねる。
「……すまない、先生。これだと、足が痛いだろう」
「それより、あんたの顔が見えない」
和彦の言葉に、三田村は返事に詰まる。こういうとき、なんと答えたらいいのかわからなかった。
考えあぐねた挙げ句、和彦の背に唇を押し当ててから、一度繋がりを解く。和彦の体を仰向けにすると、頭の下に丸めたジャケットを入れてやる。すると和彦が笑みをこぼした。通じ合うものがあり、何も言わず抱き合う。
互いの体をまさぐっているうちにすぐにまた高ぶりを覚え、三田村は和彦の蕩けた内奥に、自分のものを再び挿入する。蕩けている場所は、貪欲に蠢きながら三田村の欲望に絡みつき、収縮していた。
ゆっくりと内奥を突き上げた三田村は、和彦の体を抱き起こし、座って向き合う形となる。これで、動くたびに和彦の後頭部や背を痛めているのではないかと心配しなくて済む。
深い吐息を洩らした和彦が、両腕を背に回してしがみついてきたので、三田村も思いきり抱き締める。和彦の手が頬にかかり、軽く唇を吸われた。
「これで、顔がよく見える」
眼前で和彦に微笑まれ、三田村はのぼせそうになる。
賢吾に言われたことを思い出していた。骨抜きになる、という言葉はもう正確ではないだろう。三田村はもうとっくに、和彦に骨抜きになっていた。
あごの傷跡を和彦の舌になぞられ、そのまま濃厚な口づけを交わす。自然に二人の腰は動き、繋がった部分をもどかしく擦りつけ合っていた。
和彦が緩やかに腰を上下に動かし、今度は三田村の快感が支配される。絡みついてくる腕の感触にすら強烈な心地よさを覚えながら、和彦と何度となく唇を重ね、舌を絡める。
結局、三田村はまた、和彦を床の上に押し倒して、獣のようにのしかかっていた。
会える時間が限られているというのは、もしかするとよかったのかもしれない。
和彦を組み敷きながら、三田村はこう感じずにはいられなかった。制限がなければ、いつまででも、この存在を抱き締め、快楽を貪り続けそうな危惧がある。
互いに鎖に繋がれているからこそ、獣のように体を重ねながらも理性的でいられるというのは、皮肉な状況だった。
「――難しいことを考えているだろ」
唐突に和彦に指摘され、三田村は目を見開く。
「いや……、そんなことは……」
「ぼくは考えている。ここであんたを油断させたら、ぼくは逃げ出すことはできるだろうかって」
そんなことを言った和彦にキスを与えられ、つい笑ってしまう。
「逃げ出そうと思えば、別に今じゃなくても、いつでもできたはずだ。先生は監視されているわけじゃない。――逃げ出すことと、逃げ切れることとは、まったく別の話だが」
「ヤクザの、そういう物言いが嫌いなんだ」
和彦の口調は柔らかで、見上げてくる眼差しも甘く熱っぽい。さらに、三田村の欲望を包み込んでくれる場所は、淫らに蠢きながら、物欲しげにずっと締まっている。
三田村は、もっと和彦の感触を堪能することにした。
両足を抱え上げ、大きくゆっくりと内奥を突き上げる。床の上で和彦の体がしなり、嬌声が上がる。その姿を目に焼きつけながら、三田村はただ欲望のままに動いていた。
和彦のものが反り返り、また透明なしずくを滴らせている。あとでまた、たっぷり口腔で愛して、味わってやろうと思った。そして、和彦の体のどこかにくっきりと、愛撫の痕跡も一つだけ残しておきたいとも。
「三田村……」
そう呼びかけてきた和彦が両腕を伸ばしたので、三田村は覆い被さってしっかりと抱き合う。胸を満たす狂おしいほどの愛しさを、じっくりと味わっていた。
和彦が、逃がしてくれと懇願してきたところで、絶対に三田村は逃がさないだろう。だがもし、一緒に逃げてくれと言われたら、断れる自信はなかった。二人で逃げ出したら、と想像するのは、胸が高鳴るものがある。
しかしそれ以上に、三田村が手に入れた何もないこの檻に、ほんの一時だけ和彦を閉じ込めて味わう時間は、何ものにも変えがたいほど甘美だ。
たまには、らしくないことをしてみるものだと、三田村はひっそりと笑みを洩らした。
それは、ひどく青臭い感情であるし、胸がざわつくほどの焦燥感でもある。それらに突き動かされるように、忙しい〈仕事〉の合間を縫って、思いつきを実行に移していた。
不動産屋で受け取ってきたばかりの鍵をポケットから取り出し、ドアを開ける。
まだ築一年というだけあって、外観だけでなく、ワンルームの部屋はきれいだった。ここをいい部屋だと言い切れるほど、確たる価値観を三田村は持ち合わせていない。三田村にとって部屋とは、ときどき寝に帰るだけの、物置に近い存在だからだ。
自分一人が過ごすなら、古くて狭いアパートで十分なのだ。だが、わざわざもう一部屋借りることにしたのには、大きな理由がある。だから、いつもの自分の価値観を発揮するわけにはいかなかった。ここがいい物件であることは、不動産屋の社員に何度も念を押して確認してある。
キッチンや洗面所、浴室を何度も行き来し、買い揃えるものをメモする。本格的にここで暮らすわけではないので、最低限のものがあればいいだろう。ただ、エアコンが備え付けというのはありがたかった。設置工事の手間を省けるし、この暑さの中、不快さを味わわなくて済む。
さほど広くない室内を歩き回りながら三田村は、やはり心の中で呟くのだ。
らしくないことをしている、と。
大きな窓がはめ込まれ、柔らかなクリーム色の色彩に囲まれた部屋は、三田村のようなセンスの欠片も持ち合わせていない人間には、難敵だ。カーテンを何色にしようかと、この部屋を最初に見せられたときから、ずっと悩んでいた。
「何やってるんだ、俺は……」
ボールペンの尻で頭を掻いた三田村は、苦々しく呟く。それでも、この部屋を借りたときのままの無機質な状態にはできない。
自分にはそれで相応しいだろうが、〈彼〉には相応しくないと、頑なに三田村は思っている。
三田村が知るどの人間よりも、柔らかな空気と、冷ややかで鋭い空気をきれいに併せ持ち、息苦しくなるような艶やかさを放つ彼は、本人は認めたがらないだろうが、豪奢な檻の中に閉じ込められているのがよく似合う。
三田村は、その檻の中から、ほんのわずかな間だけ、彼を連れ出すことを許可された。そして閉じ込めるのが、この部屋――簡素な檻だ。
『惚れるのはいいが、絶対に逃がすなよ。〈あれ〉は、見た目以上にしたたかな生き物だから、お前みたいな朴念仁を、簡単に骨抜きにするぞ』
ふいに、自分の飼い主から言われた言葉を思い出し、三田村はそっと目を細める。
言われるまでもなく、とっくに自覚していることだった。案外、言った本人も身をもって実感しているのかもしれない。
なんにしても、この檻に閉じ込めている間は、彼は確実に、三田村のものになる。それ以上の贅沢を望む気はなかった。
現に三田村は、何もない部屋にこうして一人突っ立っているだけで、幸福感を味わえているのだ。
食事を終えた和彦は、ひどく機嫌がよさそうに見えた。気まぐれに頼んだワインが気に入ったらしく、いつになく速いペースで飲んでいたが、そのせいかもしれない。
何度も和彦の食事につき合っているうちに、食べ物だけでなく、アルコールの好みまで三田村は把握してしまった。たとえば、ワインや洋酒は好きだが、日本酒や焼酎は飲めはするものの得意ではない。ビールはつき合い程度に飲めて、甘いカクテルは嫌い。気分がいいときによく飲むのは、ワインだ。
「――楽しそうだな、先生」
レストランを出て、エレベーターホールに向かいながら三田村が声をかけると、和彦は唇だけの笑みを浮かべる。素面のときは、文句のつけようのない色男に見える和彦だが、こういう婀娜っぽい表情になると、途端に得体の知れない生き物となり、三田村の目を釘付けにする。これで、少し前まで堅気の医者だったのだ。
こんな存在を見つけ出した千尋の審美眼を賞賛するべきか、ヤクザの世界に沈めてしまった賢吾を畏怖するべきか、それとも両方なのか――。
「あんたも、楽しそうだ。三田村」
思いがけない和彦の言葉に、三田村は目を丸くする。自分では、いつものように無表情だと思っていたからだ。
内心、わずかにうろたえると、和彦がニヤリと笑いかけてきた。
「ウソだ。今日も、完璧な無表情だ」
「……やっぱり今夜は楽しそうだ」
「明日は、なんの予定もないから、ゆっくりできる。多分」
他意はないのかもしれないが、和彦の言葉を聞いた三田村はドキリとする。咄嗟に考えたのは、明日の空いた予定を、自分がもらってもいいのだろうかということだ。
三田村は、和彦と関係を持った。だからといって、恋人同士ではない。賢吾という飼い主の許可の下、ささやかな逢瀬を重ねるのがせいぜいだろう。だからといって体だけの関係だと言い切れるほどドライではない。それどころか、ドロドロとした情熱や情欲が渦巻いている。
そんな関係だからこそ、和彦と一時を過ごしたいとき、どんな言葉をかければいいのか三田村は悩む。
いい言葉が思い浮かぶまで、二人きりの時間を持つのは諦めたほうがいいだろうかとも思う。三田村は、生きてきた世界が違う和彦を、どんなふうに扱っていいものか、いまだによくわからないのだ。そのため、武骨な自分の言動で傷つけたり、機嫌を損ねるのを恐れていた。
三田村が淡々とした無表情を保ったまま、突然湧き起こった雄の衝動をなんとか鎮めようとしていると、スッと隣にやってきた和彦が小声で言った。
「誘ってくれないのか?」
反射的に隣を見ると、睨みつけるようなきつい眼差しを向けられる。この瞬間、三田村の無表情はあっさり崩れ、苦い表情を浮かべた。
本当はすぐに弁解したかったが、エレベーターホールには人の姿があり、不自然な沈黙を保ったままエレベーターに乗り込む。
怒っているように見える和彦の横顔をちらりと一瞥して、三田村はスラックスのポケットに片手を忍び込ませ、指先に触れる硬い感触を確かめた。
エレベーターが一階に着くと、扉が開いてすぐに和彦が飛び出し、いつになく早足でロビーを歩く。三田村はそのすぐ後をついて歩きながら、やっと声をかけた。
「――先生」
しかし和彦は振り返らない。
「先生」
もう一度呼びかけて、振り返らないと確認したところで、すかさず三田村は和彦の前に回り込み、片手で握り締めていたものを突き出した。さすがに驚いたような顔をした和彦が、次には怪訝そうに眉をひそめる。
「なんだ……?」
「受け取ってくれ」
強引に和彦の手を取って、握らせる。しかし三田村は、和彦の反応を見ないまま、半ば逃げるように駐車場に向かう。少し遅れて、背後からパタパタと走ってくる足音が聞こえてきた。
「三田村っ」
和彦に呼びかけられると同時に、腕を掴まれる。かまわず歩き続けながら、前を見据えたまま三田村は説明した。
「……部屋を借りた。先生と会うための部屋だ。自分でも、どうしてこんなことをしたのか、よくわからない。ただ、先生が住んでいる部屋は……、〈俺たち〉が使っていい場所じゃないように思えるし、ホテルを使うのは、俺が嫌だ。どんないいホテルを取ろうが、先生を安く扱っているように感じそうで」
淡々とした口調ながら、ここまで一気に話してから、三田村は大きく息を吐き出す。
「俺は、ズルイ。大事なことを、先生に言わせた。きっかけが欲しかったはずなのに、俺から言い出す勇気が持てなかった」
相槌も打たず黙って聞いてくれていた和彦が、三田村の腕を掴む手に力を込めてきて、静かな口調で言った。
「言い出す勇気はなかったけど、行動を起こす勇気はあった。……それで十分だ」
三田村がぎこちなく振り返ると、和彦は手にした鍵を弄んでいた。唇に柔らかな笑みを刻んで。
車のロックを解除し、助手席のドアを開けてやる。後部座席のドアではない意味がわかったのか、小さく頷いて和彦は乗り込んだ。
部屋に入った三田村は、こもった熱気に顔をしかめてからエアコンをつける。一方の和彦は、カーテンをつけはしたものの、まだ殺風景な印象が強い部屋を見回していた。
「……何もない」
和彦がぽつりと洩らした言葉に、思わず三田村は苦笑する。
「すまない。最低限、すぐに使いそうなものだけは買ってきたんだが、あとは、先生がいるものを買ってきたほうが具合がいいと思ったんだ。俺は無神経な性質だから、なければないで、さほど不便は感じない」
「ベッドも布団もない」
こちらを見た和彦の眼差しに、三田村は魅了される。いつもは、柔らかいくせに、どこか底冷えするような静けさを湛えている目が、熱を帯びて濡れているようだ。
ふらりと和彦の側に歩み寄った三田村は、頬に手をかけた。
「ベッドは、明後日配達されることになっている。今夜ここに寄るのは、予定外だった」
「――ぼくもけっこう、無神経な性質なんだ。なければないで、そんなに不便は感じない」
本当は笑いたかったが、その前に感情は、激しい欲情に支配されていた。
三田村は和彦の頭を引き寄せると、荒々しく唇を塞ぐ。すぐに和彦も応えてくれ、二人は互いの唇と舌を必死に貪り合っていた。
ジャケットを脱いでフローリングの床の上に落とすと、二人はぎこちなく座り込む。三田村は自分のジャケットを丸めると、それを枕代わりにして和彦を慎重に押し倒した。
また、この存在に触れることができたのだと、和彦が身につけているものを脱がしていきながら、三田村は興奮と感動を同時に味わっていた。
露わになった和彦の胸元に恭しく唇を押し当てながら、スラックスと下着を引き下ろし、すでに高ぶり始めている欲望をてのひらに包み込む。和彦が大きく息を吸い込んだため、顔を上げた三田村は唇に優しいキスを落とす。
緩やかに舌を絡め合うと、和彦の手にネクタイを解かれ、ワイシャツのボタンを外されていく。それだけのことなのに三田村の欲望はさらに高まり、ワイシャツを脱がされて、和彦のひんやりとして柔らかな手が背に這わされると、一層煽られる。
三田村は、自分の衝動のままに和彦を求めることにした。
全裸にした和彦の両足の間に、顔を埋めたのだ。
「あうっ」
一声鳴いた和彦が、床の上で大きく仰け反る。その反応をうかがいながら、三田村は和彦のものの先端に舌を這わせ、吸い付く。あっという間に透明なしずくが滲み出て、それを待ってから、括れまでを口腔に含んで吸引する。
「んあっ、あっ、あぁっ」
間欠的に声を上げる和彦をさらに煽るため、唾液で濡らした指で内奥の入り口をこじ開け、挿入した。途端に、堪えきれないような呻き声を洩らした和彦が、きつく指を締め付けてきた。
求められているという安堵感が、三田村の欲望を増幅させる。
しゃぶりつくように和彦の欲望を愛撫し、溢れるしずくを啜りながら、内奥に付け根まで収めた指を蠢かせる。
「あっ、う。うぅ……」
三田村が指を出し入れするたびに、内奥が淫らな蠕動を繰り返す。口腔では、張り詰めた和彦のものが震えていた。唇で括れをきつく締め付けてやると、浅ましく和彦の腰が揺れたが、三田村が内奥のある部分を強く指で押し上げると、今度は小刻みに震える。
快感に対して従順で貪欲な体だと、改めて感嘆させられる。決して巧みとはいえない三田村の愛撫にも、鮮やかに反応してくれるのだ。だから、和彦の体に溺れてしまう。
三田村はスラックスの前をくつろげると、とっくに高ぶっていた欲望を、和彦の内奥にやや強引に含ませていく。
三田村が枕代わりに敷いてやったジャケットを、頭上に両腕を伸ばして和彦は握り締めていた。挿入を深くしていくたびに、和彦が緩く頭を左右に振って静かに乱れる。
「あっ、あっ、三田、村っ……。三田村――」
和彦に呼ばれるたびに、三田村は熱い吐息をこぼしながら、すでに汗で濡れている紅潮した肌に唇を押し当てる。そのうち和彦の片手が頭にかかり、せがまれるまま、硬く凝っている胸の突起を貪っていた。
「うあっ、あっ、はあぁ……」
腰を揺すると、呆気なく和彦の体は溶けた。触れてもいないのに、達したのだ。三田村は身震いするほどの歓喜を覚え、片腕で和彦の頭を抱き寄せた。
内奥深くを突き上げるたびに、堪えきれない悦びを知らせるように、汗で濡れた和彦の艶かしい背がしなる。そのしなやかな動きに、すっかり三田村は魅入られていた。
背後から和彦を貫くたびに、やはり賢吾や千尋も、同じような感覚を味わっているのだろうかと、頭の片隅で考える。決して三田村は、二人に嫉妬しているわけではない。ただ、和彦という人間の底知れない価値を、自分たちは認識しているのだという、妙な連帯感はあった。もちろんこれは、三田村一人がそう感じているだけだ。
しかし、嫉妬はしていないが、意識しているのは間違いない。こうして和彦の体を愛しながら、賢吾や千尋はどんなふうに和彦に触れているのだろうかと想像するのだ。
「はあっ、あっ、ああっ」
和彦の腰を抱え込み、これ以上なくしっかりと繋がる。ひくつく和彦の内奥が、引き絞るように三田村のものを締め付け、吸い付いてくる。絡みついてくるような襞と粘膜の感触に眩暈すら覚え、三田村は小さく呼びかけた。
「先生……」
三田村の声に含まれた切実な響きに気づいたのか、相変わらず三田村のジャケットを握り締めながら、ゾクリとするような掠れた声で和彦が応じた。
「三田村、中に……、欲しい。好きなんだ……」
「わかってる。最初のときも、先生は悦んでいた。俺が中に出すと、ビクビクと震えて、いい声で鳴いてくれた」
和彦の腰を掴み、乱暴に内奥を突き上げる。すでに限界を迎えていた三田村は、快感をコントロールすることもできず、奥歯を噛み締めながら熱い精を迸らせていた。
まるでしなやかな獣のように和彦が背を反らし、床に爪を立てる。奔放に快感を味わっている姿に、また三田村は魅入られる。痺れるような快楽も魅力的だが、それ以上に、和彦の快感を支配しているというのは、麻薬じみた陶酔感があり、一度味わうと手放せない。
三田村の裸の体を汗が伝い落ちていく。荒く息を吐き出しながら、やはり息を喘がせている和彦の濡れた後ろ髪をそっと撫でた。すると、床に顔を伏せていた和彦がわずかに頭を上げ、肩越しに振り返る。濡れた目は、意外なほど冷静に見えたが、それは和彦の貪欲さの表われのようにも思えた。
これだけの快感では、自分はまだ満足できないと――。
自分勝手な解釈をした三田村は、床に投げ出された和彦の片手に、自分の手を重ねる。
「……すまない、先生。これだと、足が痛いだろう」
「それより、あんたの顔が見えない」
和彦の言葉に、三田村は返事に詰まる。こういうとき、なんと答えたらいいのかわからなかった。
考えあぐねた挙げ句、和彦の背に唇を押し当ててから、一度繋がりを解く。和彦の体を仰向けにすると、頭の下に丸めたジャケットを入れてやる。すると和彦が笑みをこぼした。通じ合うものがあり、何も言わず抱き合う。
互いの体をまさぐっているうちにすぐにまた高ぶりを覚え、三田村は和彦の蕩けた内奥に、自分のものを再び挿入する。蕩けている場所は、貪欲に蠢きながら三田村の欲望に絡みつき、収縮していた。
ゆっくりと内奥を突き上げた三田村は、和彦の体を抱き起こし、座って向き合う形となる。これで、動くたびに和彦の後頭部や背を痛めているのではないかと心配しなくて済む。
深い吐息を洩らした和彦が、両腕を背に回してしがみついてきたので、三田村も思いきり抱き締める。和彦の手が頬にかかり、軽く唇を吸われた。
「これで、顔がよく見える」
眼前で和彦に微笑まれ、三田村はのぼせそうになる。
賢吾に言われたことを思い出していた。骨抜きになる、という言葉はもう正確ではないだろう。三田村はもうとっくに、和彦に骨抜きになっていた。
あごの傷跡を和彦の舌になぞられ、そのまま濃厚な口づけを交わす。自然に二人の腰は動き、繋がった部分をもどかしく擦りつけ合っていた。
和彦が緩やかに腰を上下に動かし、今度は三田村の快感が支配される。絡みついてくる腕の感触にすら強烈な心地よさを覚えながら、和彦と何度となく唇を重ね、舌を絡める。
結局、三田村はまた、和彦を床の上に押し倒して、獣のようにのしかかっていた。
会える時間が限られているというのは、もしかするとよかったのかもしれない。
和彦を組み敷きながら、三田村はこう感じずにはいられなかった。制限がなければ、いつまででも、この存在を抱き締め、快楽を貪り続けそうな危惧がある。
互いに鎖に繋がれているからこそ、獣のように体を重ねながらも理性的でいられるというのは、皮肉な状況だった。
「――難しいことを考えているだろ」
唐突に和彦に指摘され、三田村は目を見開く。
「いや……、そんなことは……」
「ぼくは考えている。ここであんたを油断させたら、ぼくは逃げ出すことはできるだろうかって」
そんなことを言った和彦にキスを与えられ、つい笑ってしまう。
「逃げ出そうと思えば、別に今じゃなくても、いつでもできたはずだ。先生は監視されているわけじゃない。――逃げ出すことと、逃げ切れることとは、まったく別の話だが」
「ヤクザの、そういう物言いが嫌いなんだ」
和彦の口調は柔らかで、見上げてくる眼差しも甘く熱っぽい。さらに、三田村の欲望を包み込んでくれる場所は、淫らに蠢きながら、物欲しげにずっと締まっている。
三田村は、もっと和彦の感触を堪能することにした。
両足を抱え上げ、大きくゆっくりと内奥を突き上げる。床の上で和彦の体がしなり、嬌声が上がる。その姿を目に焼きつけながら、三田村はただ欲望のままに動いていた。
和彦のものが反り返り、また透明なしずくを滴らせている。あとでまた、たっぷり口腔で愛して、味わってやろうと思った。そして、和彦の体のどこかにくっきりと、愛撫の痕跡も一つだけ残しておきたいとも。
「三田村……」
そう呼びかけてきた和彦が両腕を伸ばしたので、三田村は覆い被さってしっかりと抱き合う。胸を満たす狂おしいほどの愛しさを、じっくりと味わっていた。
和彦が、逃がしてくれと懇願してきたところで、絶対に三田村は逃がさないだろう。だがもし、一緒に逃げてくれと言われたら、断れる自信はなかった。二人で逃げ出したら、と想像するのは、胸が高鳴るものがある。
しかしそれ以上に、三田村が手に入れた何もないこの檻に、ほんの一時だけ和彦を閉じ込めて味わう時間は、何ものにも変えがたいほど甘美だ。
たまには、らしくないことをしてみるものだと、三田村はひっそりと笑みを洩らした。
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