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第48話
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しおりを挟むここ数日の和彦は、真っ当な経営者らしい理由で多忙だった。
新しく雇い入れたスタッフの研修をクリニックで行い、平行して、継続して勤務することになっているスタッフと、個別の面談も行った。長期となった休業の理由を改めて自分の口から説明して、不安を与えたことを詫びたのだ。このとき、体調不良による休業としていたため、スタッフたちから反対に気遣われて、非常に心苦しかった。
五月の連休明けにクリニック再開となり、それを知らせる案内状はあらかじめ組が手配してくれていたため、和彦とスタッフたちで封筒に詰めて発送した。あとは、クリニック内の掲示物の準備に、受付カウンターや待合室にささやかな小物を置いたりと、レイアウトに時間を取る。
作業を終えてから、せっかくスタッフ全員が集まったのだからと、クリニックを閉めてから近くのファミリーレストランに移動した。中途半端な時間のため、食事会というよりお茶会だ。
新旧のスタッフがとりあえず馴染んでいる様子を眺め、そういえばと、和彦は思い出す。昨年の十二月には忘年会を兼ねた食事会を催したのだが、あのときは、まさか年明けからクリニックを数か月も閉めることになるとは想像もしなかった。
本当にいろいろあったと、うっかり遠い目をしそうになったが、注文していたものが次々と運ばれてきて我に返る。小腹が空いていたため、和彦はアイスコーヒーの他にピザを頼んだ。
和彦はピザを口に運びつつ、店の外の通りに目を向ける。陽気がいい――というよりよすぎることもあり、すでに半袖や、上着を脱いで歩く人がちらほらいる。
結局今年はゆっくりと花見はできなかったが、惜しいとは感じなかった。散ってしまったものは仕方ない。また来年咲くものだ。
そろそろお開きかという雰囲気が漂い始めた頃、ジャケットのポケットの中で短くスマートフォンが震えた。テーブルの下でチェックしてみると、外で待機してもらっている護衛の組員からだ。文面を読んで、軽く眉をひそめた。
支払いがあるため、スタッフたちを先に送り出したあと、和彦は再びイスに腰掛ける。少しだけ早くなった鼓動を落ち着ける必要があった。数分ほど待って、スタッフたちが通りを歩いていくのを確認してから会計を終えると、和彦は来たときとは別の出入り口を使う。駐車場の隅を横切って、裏通りに出た。
一体何事なのかと、とりあえず歩き出しながらスマートフォンを取り出す。組員から送られてきたメッセージは、表の通りで軽いトラブルがあって対処しているため、和彦だけ裏通りを移動してほしいというものだ。
この場合、〈軽いトラブル〉とは、和彦を不安にさせないための方便だと考えたほうがいい。気にはなるが、引き返したところで足を引っ張るだけだ。よほど慌てていたのか、メッセージの指示は曖昧だ。どちらに向かって移動すればいいのかと戸惑いつつ、きょろきょろと辺りを見回してから、とりあえずファミリーレストランから離れることを優先する。
タクシーが通りかかるのを待つより、駅まで行ってから帰宅方法を決めるほうがいい。そう考えながら速足で歩いていると、ふいに傍らで短くクラクションが鳴らされた。危うく飛び上がりそうになる。
いつの間にか黒の軽ワゴン車に並走されていた。ハンドルを握っているのは加藤だ。ウインドーが下ろされ、短く告げられる。
「――先生、乗ってください」
躊躇する間も惜しく、和彦は素早く後部座席に乗り込む。このとき、助手席の小野寺の存在に気づく。
すぐに加藤は車を出したが、なかなか運転が荒い。車中に漂う緊張感に怯みそうになりながら、和彦は口を開く。
「何があったんだ?」
「ちょっと面倒な人物が、あのファミレスに近づこうとしていたそうです」
「面倒な人物って……」
「俺たちも詳しくは聞いてないんです。たぶん先生にとって、面倒な人物ということじゃないかと。それで、長嶺組の組員さんたちが引き止めている間に、先生を連れて行ってくれと頼まれました」
誰のことだと、和彦は眉をひそめる。長嶺組の組員が、護衛任務をこの二人に引き継いでまで和彦との接触を避けた人物となると、すぐには思い当たらない。
「……じゃあ、マンションか、長嶺の本宅に戻らないといけないということか……」
スタッフたちと別れたあとは買い物に行くつもりだったが、それどころではなくなった。落胆が声に出ていたのか、小野寺が振り返った。今日は耳朶でリングピアスが揺れている。
「先生、このあと何か予定が?」
「買い物に行く予定だった。だけど――」
「行きましょう。つき合いますよ」
大丈夫なのかと怪訝な顔をする和彦に対して、小野寺が頷く。
「――……先生の自宅の周りに怪しい奴がいないか調べるらしいので、外で時間を潰してきてほしいそうです。俺たちで不安なら、ここから一番近い長嶺組の事務所に向かいますけど」
クリニックの近辺に〈面倒な人物〉が現れたということは、当然自宅も警戒せざるをえない。一体どこの命知らずなのかと思いつつ、和彦は申し出に甘えることにした。
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