血と束縛と

北川とも

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第48話

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 前髪から滴り落ちようとしているしずくを指先で弾くと、うなじにそっと唇が押し当てられる。心地よい疼きが緩やかに背筋を這い落ちて、和彦は身じろぐ。
 今日はもう仕事はしないと宣言をした賢吾は、鼻歌を歌いながらバスタブに湯を溜め、入浴剤を選び始めた。結果、こうして夕方にもならない時刻から、二人一緒に湯に浸かっていた。
 湯の温度はぬるめだが、背で感じる賢吾の体温は高く、なかなかいい塩梅だ。
「贅沢だ……。長嶺組長を座椅子代わりにして、入浴するなんて」
「お疲れだろうから、労ってやろうという俺の優しさだ。しっかり感謝しろよ」
 疲れているのは、昨夜の父子による行為のせいもあるのだが、指摘するのはやめておく。藪蛇になりかねない。
「そういえば――」
「何?」
「今日の昼間、雨が降っただろ。天気雨というやつだ。たまたま外に出ていたから、参ったぞ」
 和彦はパッと賢吾を振り返る。
「もしかして、見た、のか?」
「見たって……、ああ、あれか。虹が出てたな」
 賢吾は短く笑い声を洩らすと、和彦の肩先に掬った湯をかけてくれる。
「たまには空を見上げてみるもんだな。いいものが見られた。あとになって、写真を撮ってお前に送ってやればよかったと思ったが、そうか、同じものを見たんだな」
 白乳色の湯の中で、なんとなく互いの手をまさぐり、指を絡めた。
 和彦は、総和会本部での出来事をできるだけ簡潔に説明する。その中には、守光や南郷とのやり取りも含まれているが、さすがに、守光と俊哉の関係については省かせてもらった。
「……〈寮〉が完成したというなら、うちから何か、祝いの品でも送らないといけねーな」
 賢吾がぽつりと洩らした言葉に、和彦は目を丸くする。南郷が管理する建物ということで、てっきり賢吾は知らん顔をすると思ったのだ。
「表向きは、俺は怒りの矛を収めたことになっている。お前がいない間、古参連中がこぞって俺の説得にやってきてな。わかってはいたが、堪えるもんだ。いい歳したおっさん共の泣き落としは。――長嶺組と総和会ってのは、切っても切れない仲だ。そこまで作り上げたのはあの化け狐で、誰も彼も手玉に取られている。俺すらな」
 苦笑いを浮かべた賢吾の頬にそっと自分の頬をすり寄せる。
「組の組織運営なんてぼくにはわからないけど、あんたが何かを失うことにならなくて、よかったと思う。……ぼくのせいで」
 腰に逞しい腕が回されて、引き寄せられる。
「俺としては、情けないと言ってお前に見限られなくて、よかった」
「……どうだか。長嶺の男はみんな、自信家だろ」
「いいや。肝が小さいから、口だけはでかいことを言うんだ。可愛いだろ」
 自分で言うなと、つい笑みをこぼした和彦の唇が、賢吾に塞がれる。唇を吸い、ときおり舌先を触れ合わせていると、賢吾のてのひらが体中に這わされる。肌をまさぐられているうちに和彦の息は上がり、自分でも目が潤んでいくのがわかる。腰に当たる賢吾の欲望は熱く硬くなっていた。
 意識が流されてしまいそうで、和彦は必死に会話を再開する。
「祝いの品は――」
「うん?」
「壁に飾れるものがいいと思う。大きな真っ白な壁に、何もなかったんだ。リトグラフでも、ぼくは絵のことはよくわからないけど、油絵でも水彩画でも。こだわりはないみたいだったから……」
 ふむ、と声を洩らした賢吾が思案げな顔をする。それでも手は動き続け、和彦は欲望を握られた。緩く扱かれ呼吸が弾む。足をもじつかせた拍子に湯が波立った。
「だったら、組から贈るものとは別に、俺とお前の連名で、絵を贈るか。知り合いがやってる画廊がある。現代アート専門だが、若い連中が出入りする施設なら、そっちのほうが見栄えがするだろ」
 両足を広げられ、もう片方の手が柔らかな膨らみにかかる。和彦は腰をビクビクと震わせながら、声を上げた。
「すでに〈あいつ〉に絆されてるんじゃねーか? 祝いの品と聞いて、すぐに絵がいいと提案してくるんだ。今日はしっかり話し込んだみたいだな」
 恐ろしい大蛇がチロチロと舌を出している姿が、脳裏に浮かぶ。話はしたが、絆されてはいないと否定した和彦に、わかっているとばかりに賢吾が薄い笑みを唇に刻む。
 大蛇の執着がねっとりと和彦に絡みつき、逃げられないよう締め付けてくる。手荒く柔らかな膨らみを揉みしだかれ、慣れた指先に弱みを捉えられ、弄られる。
「あっ、あっ、痛、い……。そこ、嫌、だっ……」
「痛いことはしてないだろ。俺はここを痛めつけたことはないはずだ。いつでも優しく、甘やかしてる」
 耳に唇が押し当てられ、官能的なバリトンで囁かれる。声で鼓膜を愛撫された和彦は身悶え、下肢への残酷な愛撫も受け入れる。
 はあ、はあ、と息を喘がせながら賢吾を振り返り、唇と舌を貪り合う。濃厚な口づけの合間に問われた。
「寒くないか?」
「へ、きだ……。熱い、ぐらいだ」
「のぼせるなよ」
 腰が蕩けてしまうと危惧するほど、じっくりと丹念に欲望と柔らかな膨らみを愛されているうちに、悦びの声を抑えきれなくなる。半身を捩って賢吾の腕にすがりつき、肩先に歯を立てたところで、ふっと脱力してずるずると湯に沈み込みそうになり、さすがに慌てた賢吾に引き上げられた。
 心配した賢吾にしっかりと抱き締められ、和彦は呼吸が落ち着くのを待ちながら、じっとする。自分の鼓動の音がうるさくて、どれだけ興奮していたのかと密かに恥じ入る。
「……やりすぎた」
 ぼそりと賢吾が洩らし、たまらず和彦は噴き出す。
「あんたでも反省するんだな」
「滅多にないことだから、明日は大雪かもな。あーあ、せっかくの桜の花が凍り付くな」
 ひさしきり笑ったところで顔を上げ、また賢吾と唇を重ねる。自ら望んだこともあり、腰をわずかに浮かせて、賢吾の指を内奥に受け入れていく。
「んっ、んぅ、んく……」
 昨夜長嶺の男二人に開かれた場所は、まだ熱を帯びて少し疼いている。
「柔らかいな、ここ」
 そう指摘してきた賢吾が指をゆっくりと動かし、襞と粘膜を擦り上げてくる。自分ではどうしようもできない反応として、その指をきつく締め付ける。すでに内奥はひくつき始めていた。
 二本の指が付け根まで挿入され、上擦った声を洩らす。和彦の奥深くを暴くように掻き回され、かと思えば不意打ちのように指が引き抜かれて、またすぐに挿入される。丁寧に快感を呼び起こされ、苦痛を取り除かれ、ささやかな肉の悦びを与えられているうちに、和彦の理性は危うくなってくる。誇示するように、賢吾が高ぶった欲望を腰に擦りつけてくるからなおさらだ。

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