1,161 / 1,267
第44話
(21)
しおりを挟む数年ぶりの実家での年越しのために、翌日から和彦は動き始めた。
大掃除をしようと、トレーナーの袖をまくり上げ、バケツなどを探し出してはきたものの、定期的に専門業者を入れている家は、心配するまでもなく掃除が行き届いている。
結局、自分の部屋の窓を磨いたり、本棚の上のわずかな埃を払ったぐらいで、掃除は済んでしまった。
他の家族は何をしているのか、それぞれの部屋に入って物音一つ立てない。もしかして外出しているのかもしれないが、わざわざドアをノックしてまで確認する必要はない。
和彦が一人暮らしをしていた間も、この家の生活はこうして淡々と続いていたのだなと、奇妙な感慨深さすら覚える。家族という団体で暮らしていながら、家庭内でそれぞれが独立していた。
それが過ぎて、和彦は孤立感を覚えていたが――。
すっかり手持無沙汰となったため、着替えを済ませ、財布と携帯電話を持って家を出る。外の空気を吸いたくなった。
自由に出歩いていいと俊哉から言われてはいるが、門扉を開ける瞬間、和彦は緊張した。自分は今、表の世界に身を置いているのだと、肌で実感できたからだ。
慎重に周囲を見回してみても、昨日同様、監視がついている気配はない。仮についていたとしても、和彦に近寄ることはできないだろう。あの守光が、いまさら俊哉を相手に事を荒立てるまねをするとは思えない。
羽織ったカーディガンの前を掻き合わせて、首を竦める。あまり大荷物にしたくなくて、ダッフルコートは持参してこなかったのだが、厚手とはいえさすがにカーディガンでは心もとない。仲のいい兄弟なら、上着の一枚ぐらい気軽に借りられるのだろうが、さすがに英俊には頼めない。
パンツのポケットに財布と携帯電話を捻じ込んだ和彦は、散歩がてら実家近くの並木道を歩く。
記憶になかった家が建ち並び、道路の幅が広くなり、街灯のデザインが新しくなっていたりと、意外にしっかりと記憶に残っているものだなと、ささやかな驚きに浸っているうちに、広場に出る。ここも、新たに造られた場所のようだ。
広場の一角に公園があり、遊具がいくつも設置されている。しかし、この寒さでは、遊んでいる子供の姿はない。重苦しい雲に覆われた空からは、今にも雪が落ちてきそうなのだ。
人がいないならちょうどいいと、和彦は近くの自販機で温かい缶コーヒーを買い、公園内のベンチに腰掛ける。寒いが、実家で息を潜めて過ごしているより、遥かに気持ちは楽だ。
いざとなれば、バスで図書館にでも出かけて時間を潰そうかと、ぼんやりと考える。悲壮な覚悟を持って実家に帰ってきたつもりだが、どこか捨て置かれたような今の自分の状況に、現金なものだが心のどこかで安堵もしている。いないものとして扱われることには慣れていた。
別に、自棄にはなっていない。
和彦はコーヒーを一口飲んで、唇を歪める。ここで携帯電話にメールが届き、確認する。送り主は、優也だった。
23
お気に入りに追加
1,359
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる