1,147 / 1,258
第44話
(7)
しおりを挟む
「俺と〈あいつ〉が関わるのが、嫌か?」
「……あんたは平気なのか」
質問に質問で返すなと、賢吾が大仰にしかめっ面を作る。
「お前が何を考えているか、全部浚えるものなら浚っちまいたいと、本気で考える。そうすりゃ、勝手に一人で行動しないだろ。……お前はもっと俺を信用して、頼れ。それとも、俺はとっくに、信用を失ってるか? お前の目には俺は、オヤジにいいように扱われながら、威張ってるだけの愚鈍な男に見えるか?」
「そんなこと――」
「どうなんだ。言ってみろ」
畳みかけられ、凄まれ、和彦は怯む。信用していないわけではない。ただ賢吾と長嶺組が心配で、自分でなんとかできるならばと判断した結果だ。しかし、その行動を責められても仕方はなかった。結局、事態は悪化した。
追い打ちをかけるように賢吾に言われる。
「――お前の荷物を詰めたバッグを持ってきている。里帰りに必要そうなものを、こちらで適当に見繕っておいた。どうせオヤジは、お前をもう、本宅やマンションに戻すつもりはないと思ったからな」
自分でも、顔色が変わるのがわかった。呆然とする和彦の頭を過ったのは、やはり賢吾に切り捨てられたということだった。
無意識のうちに賢吾の腕にかけた手が、ぶるぶると震え出す。
「どうしてそんな、ショックを受けたような顔をする」
「別に、そんな……」
「俺がお前を、厄介払いしたがっているとでも思ったか? 勘違いするな。もう日がないから、仕方なくだ。お前を連れ出そうにも、オヤジが承諾しない。だが、俺がここに来て、お前に会うのはかまわないそうだ。オンナが不安がらないように」
賢吾の声にわずかな怒気が含まれたのは、きっと気のせいではない。和彦は、その怒りが自分に向けられているように感じ、委縮し、いっそのことこの場から消えてしまいたくなる。
こんなことなら、いっそ連絡も取れないままなのほうが楽だったかもしれないとすら考えたとき、賢吾がふいに沈黙し、改めて和彦の顔を見つめてきた。強い眼差しに、おどおどと視線を泳がせてしまう。
賢吾がため息をついた。
「また、小動物に戻ったな。和彦。――できることならお前には、朗らかとまではいかなくても、それなりに笑って過ごしてもらいたかったんだがな」
促されてソファに座り直すと、片手を握り締められる。和彦も思い切って握り返した。
「……あんたに聞きたいことがたくさんある。何かしようとしてるんだろ? 秦も関係あるんじゃないのか、と思ってる。年明けからの、総和会と長嶺組の関係とか……。ぼくに教えてくれないか?」
「お前には教えない」
パッと顔を上げると、賢吾は優しい目で和彦を見ていた。本当に、目の前の存在を心底慈しんでいるような――。
「お前はウソをつくのも、隠し事も下手だからな。迂闊なことは教えられない。とにかく、お前を取り上げられたままにはしておかねーよ。俺のオンナを好き勝手した報いは、きっちり受けてもらう」
「無茶、するんじゃ……、ないのか?」
「オンナのために無茶するのも、いいもんだろ。それが、お前の順風満帆な人生を奪った俺の、ささやかなケジメの取り方だ」
ますます不安を煽られても仕方ないのに、あまりに賢吾の口ぶりが泰然としているため、和彦は口ごもったあと、小さな声で詰るしかなかった。
「そんなふうに言われたら、ぼくはもう何も言えないじゃないか……。悪かったな。ウソをつくのも、隠し事も下手で」
「お前みたいなのが平気でウソをつくようになったら、俺の手に負えない。多少要領が悪いぐらいでちょうどいいんだ」
ニヤリと笑った賢吾に、不意打ちのように唇を塞がれる。それだけで、和彦は強烈な渇望感に襲われ、喉を鳴らす。もっと求めようとしたが、賢吾は素っ気なく唇を離した。
「……俺は、総和会に関わり始めた頃からのオヤジを間近で見てきた。何がオヤジに火をつけたのか知らねーが、おかげで今じゃ権力の化け物だ。そんなものに俺がなったら、もしかしたら次は、俺が千尋に同じことを求めるようになるかもしれない。そして千尋は、次の〈ヤマト〉に――」
初めて聞く名にすぐには反応できなかったが、十秒ほどの間を置いてから和彦は大きく目を見開く。
「それっ……」
「年が明けて、お前の状況が落ち着いたら、会わせてやる――いや、会ってやってくれ、だな」
前々からそれとなく匂わされてきた千尋の次の跡目の存在に、やっと名が与えられる。『ヤマト』と口中で反芻していた和彦だが、あることに思い至り、賢吾をうかがい見る。賢吾は短く笑い声を洩らした。
「何か言いたそうだな」
「……千尋の、弟なんてことは……」
「もしかして、俺の弟なんてこともあるかもな」
「……あんたは平気なのか」
質問に質問で返すなと、賢吾が大仰にしかめっ面を作る。
「お前が何を考えているか、全部浚えるものなら浚っちまいたいと、本気で考える。そうすりゃ、勝手に一人で行動しないだろ。……お前はもっと俺を信用して、頼れ。それとも、俺はとっくに、信用を失ってるか? お前の目には俺は、オヤジにいいように扱われながら、威張ってるだけの愚鈍な男に見えるか?」
「そんなこと――」
「どうなんだ。言ってみろ」
畳みかけられ、凄まれ、和彦は怯む。信用していないわけではない。ただ賢吾と長嶺組が心配で、自分でなんとかできるならばと判断した結果だ。しかし、その行動を責められても仕方はなかった。結局、事態は悪化した。
追い打ちをかけるように賢吾に言われる。
「――お前の荷物を詰めたバッグを持ってきている。里帰りに必要そうなものを、こちらで適当に見繕っておいた。どうせオヤジは、お前をもう、本宅やマンションに戻すつもりはないと思ったからな」
自分でも、顔色が変わるのがわかった。呆然とする和彦の頭を過ったのは、やはり賢吾に切り捨てられたということだった。
無意識のうちに賢吾の腕にかけた手が、ぶるぶると震え出す。
「どうしてそんな、ショックを受けたような顔をする」
「別に、そんな……」
「俺がお前を、厄介払いしたがっているとでも思ったか? 勘違いするな。もう日がないから、仕方なくだ。お前を連れ出そうにも、オヤジが承諾しない。だが、俺がここに来て、お前に会うのはかまわないそうだ。オンナが不安がらないように」
賢吾の声にわずかな怒気が含まれたのは、きっと気のせいではない。和彦は、その怒りが自分に向けられているように感じ、委縮し、いっそのことこの場から消えてしまいたくなる。
こんなことなら、いっそ連絡も取れないままなのほうが楽だったかもしれないとすら考えたとき、賢吾がふいに沈黙し、改めて和彦の顔を見つめてきた。強い眼差しに、おどおどと視線を泳がせてしまう。
賢吾がため息をついた。
「また、小動物に戻ったな。和彦。――できることならお前には、朗らかとまではいかなくても、それなりに笑って過ごしてもらいたかったんだがな」
促されてソファに座り直すと、片手を握り締められる。和彦も思い切って握り返した。
「……あんたに聞きたいことがたくさんある。何かしようとしてるんだろ? 秦も関係あるんじゃないのか、と思ってる。年明けからの、総和会と長嶺組の関係とか……。ぼくに教えてくれないか?」
「お前には教えない」
パッと顔を上げると、賢吾は優しい目で和彦を見ていた。本当に、目の前の存在を心底慈しんでいるような――。
「お前はウソをつくのも、隠し事も下手だからな。迂闊なことは教えられない。とにかく、お前を取り上げられたままにはしておかねーよ。俺のオンナを好き勝手した報いは、きっちり受けてもらう」
「無茶、するんじゃ……、ないのか?」
「オンナのために無茶するのも、いいもんだろ。それが、お前の順風満帆な人生を奪った俺の、ささやかなケジメの取り方だ」
ますます不安を煽られても仕方ないのに、あまりに賢吾の口ぶりが泰然としているため、和彦は口ごもったあと、小さな声で詰るしかなかった。
「そんなふうに言われたら、ぼくはもう何も言えないじゃないか……。悪かったな。ウソをつくのも、隠し事も下手で」
「お前みたいなのが平気でウソをつくようになったら、俺の手に負えない。多少要領が悪いぐらいでちょうどいいんだ」
ニヤリと笑った賢吾に、不意打ちのように唇を塞がれる。それだけで、和彦は強烈な渇望感に襲われ、喉を鳴らす。もっと求めようとしたが、賢吾は素っ気なく唇を離した。
「……俺は、総和会に関わり始めた頃からのオヤジを間近で見てきた。何がオヤジに火をつけたのか知らねーが、おかげで今じゃ権力の化け物だ。そんなものに俺がなったら、もしかしたら次は、俺が千尋に同じことを求めるようになるかもしれない。そして千尋は、次の〈ヤマト〉に――」
初めて聞く名にすぐには反応できなかったが、十秒ほどの間を置いてから和彦は大きく目を見開く。
「それっ……」
「年が明けて、お前の状況が落ち着いたら、会わせてやる――いや、会ってやってくれ、だな」
前々からそれとなく匂わされてきた千尋の次の跡目の存在に、やっと名が与えられる。『ヤマト』と口中で反芻していた和彦だが、あることに思い至り、賢吾をうかがい見る。賢吾は短く笑い声を洩らした。
「何か言いたそうだな」
「……千尋の、弟なんてことは……」
「もしかして、俺の弟なんてこともあるかもな」
39
お気に入りに追加
1,315
あなたにおすすめの小説
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
結婚したくない王女は一夜限りの相手を求めて彷徨ったら熊男に国を挙げて捜索された
狭山雪菜
恋愛
フウモ王国の第三王女のミネルヴァは、側室だった母の教えの政略結婚なら拒絶をとの言葉に大人しく生きていた
成人を迎える20歳の時、国王から隣国の王子との縁談が決まったと言われ人物像に反発し、結婚を無くすために策を練った
ある日、お忍びで町で買い物をしていると、熊男に体当たりされその行く先々に彼が現れた
酒場で話していると、お互い惹かれ合っている事に気が付き………
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453
の続きです。
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
影の王宮
朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。
ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。
幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。
両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。
だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。
タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。
すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。
一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。
メインになるのは親世代かと。
※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。
苦手な方はご自衛ください。
※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>
義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。
アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。
捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!!
承諾してしまった真名に
「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。
【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!
Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥
財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。
”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。
財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。
財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!!
青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!!
関連物語
『お嬢様は“いけないコト”がしたい』
『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中
『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位
『好き好き大好きの嘘』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位
『約束したでしょ?忘れちゃった?』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位
※表紙イラスト Bu-cha作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる