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第44話
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「俺と〈あいつ〉が関わるのが、嫌か?」
「……あんたは平気なのか」
質問に質問で返すなと、賢吾が大仰にしかめっ面を作る。
「お前が何を考えているか、全部浚えるものなら浚っちまいたいと、本気で考える。そうすりゃ、勝手に一人で行動しないだろ。……お前はもっと俺を信用して、頼れ。それとも、俺はとっくに、信用を失ってるか? お前の目には俺は、オヤジにいいように扱われながら、威張ってるだけの愚鈍な男に見えるか?」
「そんなこと――」
「どうなんだ。言ってみろ」
畳みかけられ、凄まれ、和彦は怯む。信用していないわけではない。ただ賢吾と長嶺組が心配で、自分でなんとかできるならばと判断した結果だ。しかし、その行動を責められても仕方はなかった。結局、事態は悪化した。
追い打ちをかけるように賢吾に言われる。
「――お前の荷物を詰めたバッグを持ってきている。里帰りに必要そうなものを、こちらで適当に見繕っておいた。どうせオヤジは、お前をもう、本宅やマンションに戻すつもりはないと思ったからな」
自分でも、顔色が変わるのがわかった。呆然とする和彦の頭を過ったのは、やはり賢吾に切り捨てられたということだった。
無意識のうちに賢吾の腕にかけた手が、ぶるぶると震え出す。
「どうしてそんな、ショックを受けたような顔をする」
「別に、そんな……」
「俺がお前を、厄介払いしたがっているとでも思ったか? 勘違いするな。もう日がないから、仕方なくだ。お前を連れ出そうにも、オヤジが承諾しない。だが、俺がここに来て、お前に会うのはかまわないそうだ。オンナが不安がらないように」
賢吾の声にわずかな怒気が含まれたのは、きっと気のせいではない。和彦は、その怒りが自分に向けられているように感じ、委縮し、いっそのことこの場から消えてしまいたくなる。
こんなことなら、いっそ連絡も取れないままなのほうが楽だったかもしれないとすら考えたとき、賢吾がふいに沈黙し、改めて和彦の顔を見つめてきた。強い眼差しに、おどおどと視線を泳がせてしまう。
賢吾がため息をついた。
「また、小動物に戻ったな。和彦。――できることならお前には、朗らかとまではいかなくても、それなりに笑って過ごしてもらいたかったんだがな」
促されてソファに座り直すと、片手を握り締められる。和彦も思い切って握り返した。
「……あんたに聞きたいことがたくさんある。何かしようとしてるんだろ? 秦も関係あるんじゃないのか、と思ってる。年明けからの、総和会と長嶺組の関係とか……。ぼくに教えてくれないか?」
「お前には教えない」
パッと顔を上げると、賢吾は優しい目で和彦を見ていた。本当に、目の前の存在を心底慈しんでいるような――。
「お前はウソをつくのも、隠し事も下手だからな。迂闊なことは教えられない。とにかく、お前を取り上げられたままにはしておかねーよ。俺のオンナを好き勝手した報いは、きっちり受けてもらう」
「無茶、するんじゃ……、ないのか?」
「オンナのために無茶するのも、いいもんだろ。それが、お前の順風満帆な人生を奪った俺の、ささやかなケジメの取り方だ」
ますます不安を煽られても仕方ないのに、あまりに賢吾の口ぶりが泰然としているため、和彦は口ごもったあと、小さな声で詰るしかなかった。
「そんなふうに言われたら、ぼくはもう何も言えないじゃないか……。悪かったな。ウソをつくのも、隠し事も下手で」
「お前みたいなのが平気でウソをつくようになったら、俺の手に負えない。多少要領が悪いぐらいでちょうどいいんだ」
ニヤリと笑った賢吾に、不意打ちのように唇を塞がれる。それだけで、和彦は強烈な渇望感に襲われ、喉を鳴らす。もっと求めようとしたが、賢吾は素っ気なく唇を離した。
「……俺は、総和会に関わり始めた頃からのオヤジを間近で見てきた。何がオヤジに火をつけたのか知らねーが、おかげで今じゃ権力の化け物だ。そんなものに俺がなったら、もしかしたら次は、俺が千尋に同じことを求めるようになるかもしれない。そして千尋は、次の〈ヤマト〉に――」
初めて聞く名にすぐには反応できなかったが、十秒ほどの間を置いてから和彦は大きく目を見開く。
「それっ……」
「年が明けて、お前の状況が落ち着いたら、会わせてやる――いや、会ってやってくれ、だな」
前々からそれとなく匂わされてきた千尋の次の跡目の存在に、やっと名が与えられる。『ヤマト』と口中で反芻していた和彦だが、あることに思い至り、賢吾をうかがい見る。賢吾は短く笑い声を洩らした。
「何か言いたそうだな」
「……千尋の、弟なんてことは……」
「もしかして、俺の弟なんてこともあるかもな」
「……あんたは平気なのか」
質問に質問で返すなと、賢吾が大仰にしかめっ面を作る。
「お前が何を考えているか、全部浚えるものなら浚っちまいたいと、本気で考える。そうすりゃ、勝手に一人で行動しないだろ。……お前はもっと俺を信用して、頼れ。それとも、俺はとっくに、信用を失ってるか? お前の目には俺は、オヤジにいいように扱われながら、威張ってるだけの愚鈍な男に見えるか?」
「そんなこと――」
「どうなんだ。言ってみろ」
畳みかけられ、凄まれ、和彦は怯む。信用していないわけではない。ただ賢吾と長嶺組が心配で、自分でなんとかできるならばと判断した結果だ。しかし、その行動を責められても仕方はなかった。結局、事態は悪化した。
追い打ちをかけるように賢吾に言われる。
「――お前の荷物を詰めたバッグを持ってきている。里帰りに必要そうなものを、こちらで適当に見繕っておいた。どうせオヤジは、お前をもう、本宅やマンションに戻すつもりはないと思ったからな」
自分でも、顔色が変わるのがわかった。呆然とする和彦の頭を過ったのは、やはり賢吾に切り捨てられたということだった。
無意識のうちに賢吾の腕にかけた手が、ぶるぶると震え出す。
「どうしてそんな、ショックを受けたような顔をする」
「別に、そんな……」
「俺がお前を、厄介払いしたがっているとでも思ったか? 勘違いするな。もう日がないから、仕方なくだ。お前を連れ出そうにも、オヤジが承諾しない。だが、俺がここに来て、お前に会うのはかまわないそうだ。オンナが不安がらないように」
賢吾の声にわずかな怒気が含まれたのは、きっと気のせいではない。和彦は、その怒りが自分に向けられているように感じ、委縮し、いっそのことこの場から消えてしまいたくなる。
こんなことなら、いっそ連絡も取れないままなのほうが楽だったかもしれないとすら考えたとき、賢吾がふいに沈黙し、改めて和彦の顔を見つめてきた。強い眼差しに、おどおどと視線を泳がせてしまう。
賢吾がため息をついた。
「また、小動物に戻ったな。和彦。――できることならお前には、朗らかとまではいかなくても、それなりに笑って過ごしてもらいたかったんだがな」
促されてソファに座り直すと、片手を握り締められる。和彦も思い切って握り返した。
「……あんたに聞きたいことがたくさんある。何かしようとしてるんだろ? 秦も関係あるんじゃないのか、と思ってる。年明けからの、総和会と長嶺組の関係とか……。ぼくに教えてくれないか?」
「お前には教えない」
パッと顔を上げると、賢吾は優しい目で和彦を見ていた。本当に、目の前の存在を心底慈しんでいるような――。
「お前はウソをつくのも、隠し事も下手だからな。迂闊なことは教えられない。とにかく、お前を取り上げられたままにはしておかねーよ。俺のオンナを好き勝手した報いは、きっちり受けてもらう」
「無茶、するんじゃ……、ないのか?」
「オンナのために無茶するのも、いいもんだろ。それが、お前の順風満帆な人生を奪った俺の、ささやかなケジメの取り方だ」
ますます不安を煽られても仕方ないのに、あまりに賢吾の口ぶりが泰然としているため、和彦は口ごもったあと、小さな声で詰るしかなかった。
「そんなふうに言われたら、ぼくはもう何も言えないじゃないか……。悪かったな。ウソをつくのも、隠し事も下手で」
「お前みたいなのが平気でウソをつくようになったら、俺の手に負えない。多少要領が悪いぐらいでちょうどいいんだ」
ニヤリと笑った賢吾に、不意打ちのように唇を塞がれる。それだけで、和彦は強烈な渇望感に襲われ、喉を鳴らす。もっと求めようとしたが、賢吾は素っ気なく唇を離した。
「……俺は、総和会に関わり始めた頃からのオヤジを間近で見てきた。何がオヤジに火をつけたのか知らねーが、おかげで今じゃ権力の化け物だ。そんなものに俺がなったら、もしかしたら次は、俺が千尋に同じことを求めるようになるかもしれない。そして千尋は、次の〈ヤマト〉に――」
初めて聞く名にすぐには反応できなかったが、十秒ほどの間を置いてから和彦は大きく目を見開く。
「それっ……」
「年が明けて、お前の状況が落ち着いたら、会わせてやる――いや、会ってやってくれ、だな」
前々からそれとなく匂わされてきた千尋の次の跡目の存在に、やっと名が与えられる。『ヤマト』と口中で反芻していた和彦だが、あることに思い至り、賢吾をうかがい見る。賢吾は短く笑い声を洩らした。
「何か言いたそうだな」
「……千尋の、弟なんてことは……」
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