1,146 / 1,258
第44話
(6)
しおりを挟む
「オヤジは将来、俺に、その総和会のトップに立てと言う。もちろん、俺にその気は毛頭ない。ただオヤジのほうは、総和会を守ることが、長嶺組の将来に役立つと信じているようだ。頑固な息子にどうやって言うことを聞かせようかと、ずっと考えていたんだろうな……」
賢吾がゆっくりとこちらに歩み寄ってくるので、和彦もじりじりと移動し、なんとか距離を取ろうとする。本気で追い詰められたら、当然、逃げられない。
「オヤジは、お前の存在が俺に火をつけると確信している。――残酷なことをしていると思わねーか? ガキの大事なオモチャを取り上げて、目の前で別のガキに与えようとしている。オヤジがやってるのは、つまりはそういうことだ。取り上げられたほうは、怒り狂うか、泣き暮れるしかないだろ」
「ぼくは……、オモチャじゃない」
「単なる例えだ。とにかくお前は、あまりに価値がある。オヤジと縁のある佐伯俊哉の息子で、医者で、淫奔で情が深い。そのうえ順応性が高くて、精神的にタフだ。オヤジにとっては使い勝手がよすぎる人間なんだ」
ふいに賢吾が素早く動き、あっという間に腕を掴まれた。引き寄せられて足がよろめき、気がついたときには賢吾の両腕の中に閉じ込められる。慣れ親しんだ体温と匂いを感じた途端、和彦は一切の抵抗を放棄していた。
込み上げてくる感情に、両目がじわりと湿っていく。今の自分に泣く権利はないと、必死に奥歯を噛み締める。
賢吾の唇が半乾きの髪に触れた。
「……許してくれ、和彦」
「何を、だ……」
「俺は、南郷という男を見誤っていたらしい。あいつのことは昔から知っている――いや、視界に入っていただけだな。オヤジに上手く取り入って、気に入られて、総和会の中で好き勝手やっていることで満足している男だと思っていた」
バカな男だと、賢吾が低く毒づく。しかしその声には嘲弄めいた響きはなく、どこかほろ苦さが入り混じっていた。
「オヤジの野心に踊らされて、あいつは何を夢見ているんだか」
「賢吾……」
「――年明けに、南郷に大層な肩書きが増えるらしいな。忠義に対する褒美にしても、大盤振る舞いすぎる」
賢吾の声音が一変して、和彦の肌がざっと粟立つ。
「いや、肩書きのほうがオマケか。本命は、総和会の中で、堂々とお前の後ろ盾になることだ」
抱き締めてくる賢吾の腕の力が強くなり、和彦は身を固くする。表面上は落ち着いて見える賢吾だが、滾り、高ぶるものが胸の内にあると伝わってくる。それは、怒りなのだろうか、屈辱感なのだろうかと、推し量らずにはいられない。
和彦が控えめにうかがうと、それに気づいた賢吾がこめかみに唇を寄せてくる。熱い息遣いが肌に触れただけで、吐息がこぼれた。
「オヤジと南郷は、お前を人質に取るつもりだ。本格的にお前を軟禁する前に、まずは、名分という形で外堀を埋める。そうやって俺を動かす腹づもりだろう」
「名分?」
「お前が仲介する形で、総和会と、長嶺組……というより俺との深い友好関係が築かれて、お前の後見人となった南郷とも関係は良好。表向きはそう宣伝するだろう。そのうち、俺と南郷の間で、盃を交わせと言い出すんじゃねーか。オヤジの隠し子だという噂がつきまとう男と、〈義兄弟〉になるかもな」
賢吾の推測に、静かに衝撃を受ける。もちろん戸籍上のものではないことぐらい、和彦にもわかる。しかし、この世界で重んじられる盃事が執り行われれば、賢吾と南郷の結びつきが固いものとなるのは確かだ。
あの男が、賢吾と近い存在になりうる可能性に、形容しがたい感情が湧き起こる。和彦はもう、南郷が賢吾に向ける執着を知っている。そもそも和彦と体を繋いだのも、賢吾のオンナであるからだ。
和彦はまだ、南郷が賢吾に成り代わりたがっているという考えは捨てていない。一方で、賢吾を害したがっているとも思えない。それというのも、守光の発言が頭にあるからだ。
『人生を賭けた献身』
守光はあえて名を出さなかったが、それが南郷を指しているとしか思えなかったし、確信めいたものがあった。
「……珍しく、お前が怖い顔をしている」
賢吾の魅力的な声に気を取られ、囁かれた言葉がすぐには理解できなかった。
「ぼく、が……?」
「さっきまで、小動物みたいに怯えていたのにな。今は、目が爛々として、気性の激しい女のような――」
和彦はうろたえ、身を捩って賢吾の腕の中から逃れようとする。
「何か気になることがあるのか? あるなら全部言え。さっきは精神的にタフだと言ったが、だからこそ、塞ぎ込んだときのお前は怖い。衰弱するまで黙り込んじまうからな」
「何、も……。今は、あの人のことは話したくないし、聞きたくない」
賢吾が手荒く後ろ髪を掻き乱してくる。
賢吾がゆっくりとこちらに歩み寄ってくるので、和彦もじりじりと移動し、なんとか距離を取ろうとする。本気で追い詰められたら、当然、逃げられない。
「オヤジは、お前の存在が俺に火をつけると確信している。――残酷なことをしていると思わねーか? ガキの大事なオモチャを取り上げて、目の前で別のガキに与えようとしている。オヤジがやってるのは、つまりはそういうことだ。取り上げられたほうは、怒り狂うか、泣き暮れるしかないだろ」
「ぼくは……、オモチャじゃない」
「単なる例えだ。とにかくお前は、あまりに価値がある。オヤジと縁のある佐伯俊哉の息子で、医者で、淫奔で情が深い。そのうえ順応性が高くて、精神的にタフだ。オヤジにとっては使い勝手がよすぎる人間なんだ」
ふいに賢吾が素早く動き、あっという間に腕を掴まれた。引き寄せられて足がよろめき、気がついたときには賢吾の両腕の中に閉じ込められる。慣れ親しんだ体温と匂いを感じた途端、和彦は一切の抵抗を放棄していた。
込み上げてくる感情に、両目がじわりと湿っていく。今の自分に泣く権利はないと、必死に奥歯を噛み締める。
賢吾の唇が半乾きの髪に触れた。
「……許してくれ、和彦」
「何を、だ……」
「俺は、南郷という男を見誤っていたらしい。あいつのことは昔から知っている――いや、視界に入っていただけだな。オヤジに上手く取り入って、気に入られて、総和会の中で好き勝手やっていることで満足している男だと思っていた」
バカな男だと、賢吾が低く毒づく。しかしその声には嘲弄めいた響きはなく、どこかほろ苦さが入り混じっていた。
「オヤジの野心に踊らされて、あいつは何を夢見ているんだか」
「賢吾……」
「――年明けに、南郷に大層な肩書きが増えるらしいな。忠義に対する褒美にしても、大盤振る舞いすぎる」
賢吾の声音が一変して、和彦の肌がざっと粟立つ。
「いや、肩書きのほうがオマケか。本命は、総和会の中で、堂々とお前の後ろ盾になることだ」
抱き締めてくる賢吾の腕の力が強くなり、和彦は身を固くする。表面上は落ち着いて見える賢吾だが、滾り、高ぶるものが胸の内にあると伝わってくる。それは、怒りなのだろうか、屈辱感なのだろうかと、推し量らずにはいられない。
和彦が控えめにうかがうと、それに気づいた賢吾がこめかみに唇を寄せてくる。熱い息遣いが肌に触れただけで、吐息がこぼれた。
「オヤジと南郷は、お前を人質に取るつもりだ。本格的にお前を軟禁する前に、まずは、名分という形で外堀を埋める。そうやって俺を動かす腹づもりだろう」
「名分?」
「お前が仲介する形で、総和会と、長嶺組……というより俺との深い友好関係が築かれて、お前の後見人となった南郷とも関係は良好。表向きはそう宣伝するだろう。そのうち、俺と南郷の間で、盃を交わせと言い出すんじゃねーか。オヤジの隠し子だという噂がつきまとう男と、〈義兄弟〉になるかもな」
賢吾の推測に、静かに衝撃を受ける。もちろん戸籍上のものではないことぐらい、和彦にもわかる。しかし、この世界で重んじられる盃事が執り行われれば、賢吾と南郷の結びつきが固いものとなるのは確かだ。
あの男が、賢吾と近い存在になりうる可能性に、形容しがたい感情が湧き起こる。和彦はもう、南郷が賢吾に向ける執着を知っている。そもそも和彦と体を繋いだのも、賢吾のオンナであるからだ。
和彦はまだ、南郷が賢吾に成り代わりたがっているという考えは捨てていない。一方で、賢吾を害したがっているとも思えない。それというのも、守光の発言が頭にあるからだ。
『人生を賭けた献身』
守光はあえて名を出さなかったが、それが南郷を指しているとしか思えなかったし、確信めいたものがあった。
「……珍しく、お前が怖い顔をしている」
賢吾の魅力的な声に気を取られ、囁かれた言葉がすぐには理解できなかった。
「ぼく、が……?」
「さっきまで、小動物みたいに怯えていたのにな。今は、目が爛々として、気性の激しい女のような――」
和彦はうろたえ、身を捩って賢吾の腕の中から逃れようとする。
「何か気になることがあるのか? あるなら全部言え。さっきは精神的にタフだと言ったが、だからこそ、塞ぎ込んだときのお前は怖い。衰弱するまで黙り込んじまうからな」
「何、も……。今は、あの人のことは話したくないし、聞きたくない」
賢吾が手荒く後ろ髪を掻き乱してくる。
51
お気に入りに追加
1,315
あなたにおすすめの小説
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
結婚したくない王女は一夜限りの相手を求めて彷徨ったら熊男に国を挙げて捜索された
狭山雪菜
恋愛
フウモ王国の第三王女のミネルヴァは、側室だった母の教えの政略結婚なら拒絶をとの言葉に大人しく生きていた
成人を迎える20歳の時、国王から隣国の王子との縁談が決まったと言われ人物像に反発し、結婚を無くすために策を練った
ある日、お忍びで町で買い物をしていると、熊男に体当たりされその行く先々に彼が現れた
酒場で話していると、お互い惹かれ合っている事に気が付き………
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話
みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。
「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453
の続きです。
ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで
影の王宮
朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。
ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。
幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。
両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。
だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。
タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。
すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。
一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。
メインになるのは親世代かと。
※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。
苦手な方はご自衛ください。
※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>
義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。
アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。
捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!!
承諾してしまった真名に
「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。
【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!
Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥
財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。
”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。
財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。
財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!!
青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!!
関連物語
『お嬢様は“いけないコト”がしたい』
『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中
『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位
『好き好き大好きの嘘』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位
『約束したでしょ?忘れちゃった?』
エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位
※表紙イラスト Bu-cha作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる