血と束縛と

北川とも

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第43話

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「……わたしのことはいい。総和会から一方的に、佐伯くんを預かると連絡があって、長嶺組長――賢吾がおとなしく引き下がるとは思わなかったんだろう。だから、総本部から離れられないようにしたんだな。突然、臨時総会の開催を通知して呼び出しておいて、数回の予定変更。幹部の誰に探りを入れても、長嶺会長の居場所を把握していなかった。個人的な所用のため、現在地は教えられないという伝言のみで。今の総和会で、長嶺会長のその言葉を受けて、あえて居場所を探ろうとする者は、佐伯くんが、長嶺会長と一緒にいると確信を持っている賢吾ぐらいだ」
「そして、その長嶺組長から相談を受けたお前と、か?」
「わたしは……、今朝まで動けなかった」
「隊の態勢が整うまでは、何かと雑事に煩わされるだろう。なんなら、うちから人手を貸してやってもいいが」
 御堂は返事の代わりに、切りつけるような眼差しを南郷に向けた。
「――何を企んでいる。南郷」
 南郷は緩く首を動かす。
「臨時総会の内容は耳に入っているんだろ?」
「年明け、お前に新しい肩書きがつくと……。統括参謀とは、大層な役職を作ったものだな。ただ、わざわざ臨時総会として人を招集する必要はなかった。長嶺会長個人の裁量で行った人事なら、用紙一枚の告知で済んだはずだ」
「うるさ型が多いからな、手順を踏むのは必要だ。何事も。肩書きについては……、地面を這いずり回って泥臭い仕事をし続けた俺に報いたいと、オヤジさんから言ってくださった。そして――」
 南郷が意味ありげに和彦を見つめてくる。
 守光は、南郷の働きに報いるために、自分のオンナである和彦を与えた。そういう形を取った。
 いまさらながら、その事実が重く肩にのしかかる。和彦が微かに唇を震わせると、南郷がぞっとするほど優しい声をかけてきた。
「顔色が悪いな、先生。寒いのか?」
 肩を抱かれそうになり、短く声を上げた和彦はダウンジャケットごと南郷の手を払いのけ、御堂のもとに駆け寄っていた。すかさず庇うように引き寄せられる。自分でも理解できない本能的な行動に、心臓が壊れたように鼓動が速くなっている。
 おそるおそる南郷に目を遣ると、感情を一切排した顔をしていた。南郷を拒絶したことに対して、はっきりとした罪悪感はなかった。ただ、わずかな胸の苦しさはある。
「……すみ、ません……」
 消え入りそうな声で和彦は謝罪したが、聞こえなかったのか、突然、南郷が話し始めた。
「――俺に新しい肩書きが増えるのは、先生のためでもある。長嶺の男たちにとって大事なオンナが、今後、総和会はおろか、こっちの世界で存在感と発言力が増していくのは、自明の理だ。よからぬことを考える奴が、この先生に近づいてくるだろう」
 南郷がここで視線を向けたのは、御堂だった。
「年が明けたら俺は、総和会での佐伯和彦の後見人になることが決まっている。そのために、俺にはわかりやすい威光が必要で、立派な肩書きがつくというわけだ。お前が第一遊撃隊の隊長だから言うが、内々の決定だ。まだ他言はするなよ」
 思いがけない言葉に、和彦の頭の中は真っ白になった。だが動揺しているのは確かで、自分の足で立っているという感覚がなくなってくる。
「俺が、先生を守り、補佐する役目を担うということだ。お前でも、長嶺組長でもなく」
「わたしはともかく、賢吾は納得しないだろう」
「――……御堂、総和会の敷地内で、長嶺組長を気安く名で呼ぶな。公私の区別をつけろ」
 獣の不穏な唸り声が聞こえたようだった。しかし和彦はそれどころではなく、緊張が張り詰めていたところにさまざまなことがあり、そしてたった今、南郷の衝撃的な発言があった。
 自分の関知していないところで、大事なことが決定していく。そこにもどかしさよりも、底知れぬ不安と恐怖を感じる。
 そして和彦にとって何より衝撃的だったのは、すぐにでも賢吾に会いたいと思えない、自分自身に対してだった。会えば、賢吾の反応を目の当りにすることになる。南郷のオンナにされてしまった自分を。
 大蛇の潜む賢吾の目に見つめられるぐらいなら、消えてしまったほうがいい――。
 前触れもなく目の前が真っ暗になり、体が宙に投げ出されたような感覚に襲われる。傍らで御堂の鋭い声がした。
「佐伯くんっ」
 強い力で体を引っ張り上げられ、ハッと我に返る。その場に座り込みそうになったところを、御堂と二神に支えられていた。
 ああ、と吐息を洩らした和彦は、慎重に体勢を戻す。
「すみません……。急に気分が悪くなって……」
 部屋で休んだほうがいいと言われて頷く。和彦の身を二神に委ねた御堂が、南郷と向き合う――というより対峙した。
「もう佐伯くんへの用が済んだんなら、かまわないな?」

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