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第43話
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「わしにとっては今でも、長嶺組は大事だ。代々引き継いできたとはいえ、わしが育てて大きくした組織でもある。できる限りのことをして、息子に残してやれた。それなのに、あいつは……」
子供の悪戯を窘めるような、柔らかな声音だった。だが和彦は、ゾクリとするような寒気を覚える。
「長嶺組をそうしたように、今度は総和会を盤石な組織にするために、あれこれ策を講じている最中だ。そこに、和を乱すような身勝手は許せん。今の長嶺組が、総和会の力なくして、これまで通りの活動ができると思っているとすれば、思い上がりも甚だしい。わしがどれだけ手を尽くして、長嶺組を守るために、総和会での影響力を強めてきたか――」
守光の口調が熱を帯びたのは、ほんのわずかな間だった。我に返ったのか、平素の穏やかなものに戻る。
和彦は静かに息を呑んだあと、あることに思い至る。切り出していいものか逡巡したが、正面に座っている守光の目が見逃すはずもなく、水を向けられる。
「何か言いたそうだな、先生」
「――……賢吾さんの身勝手というなら、そもそもの原因はぼくです。ぼくがいなければ、あの人は……、大それたことを考えもしなかったはずです」
「どうだろうな。あんたも知っての通り、賢吾は総和会と距離を置きたがっている。本心としては、長嶺組から総和会に人をやることすらしたくないだろうな」
守光の目に冷徹な光が宿る。
「言い方を変えるなら、あんたがいるからこそ、賢吾は総和会と関わりを断てない。もしかすると、あんたが現れなければ、もっと早くに言い出したかもしれんのだ。長嶺組として、総和会で活動する気はないと。……わしが会長に就いたとき、長嶺組の影響力の大きさは約束されたものだったが、賢吾は戸惑っていた。そのときすでに、兆候は出ていたのかもしれん。そして今は、さらに大きな力を自分が得るかもしれないという可能性を、厭うている。わしにとっての危惧は、総和会が抱えたままの不穏分子より、自分の息子だ」
守光の口ぶりから、やはり、と思わざるをえなかった。
守光は、いずれは総和会会長の座に、賢吾を就かせるつもりなのだ。しかし当の賢吾は、総和会を忌避している。
和彦はふうっと息を吐き出し、渇いた唇をお茶で湿らせる。
「やっと、わかった気がします。どうしてあなたが、ぼくなんかに興味を持ったのか」
「なんか、という表現は承服しかねるが、概ねあんたが考える通りだろうな。最初は千尋が、あんたに執着した。そこで賢吾もあんたに興味を持ち、結果として自分のオンナにした。一連の動きを、わしは全部報告を受け、観察していた。まだ、権力の深みと闇に疎い千尋は、あんたのことをなんでも教えてくれたよ。わしが、あんたとのつき合いを反対しかねないと、あの子なりに慮っていたんだろう。だから、事前に知っておいてほしいと。健気なことだ」
「そしてぼくが、佐伯俊哉の息子であることも知ったんですね」
「彼は、わしの――〈運命〉そのものだ」
守光が放った一言は、鮮烈だった。
湯呑の縁を指先で撫でながら、昔を懐かしむように守光が表情を和らげる。
「わしに火をつけたのは、あんたの父親だよ。人畜無害な極道でいたいという、ひどい矛盾に苛まれていたわしを、蔑むという形で救ってくれた。それに、野心というものがいかに大事で、生きる糧と成り得るかを、教えてくれた」
「父が、ですか……」
「そういえば、わしがあんたと初めて会ったとき、こう話してくれた。受け継いだものを、ただそのまま、あとに残すのはつまらない。そのためだけに自分が存在して、道具になったようだ、と。……似たようなことを、あんたの父親も言っていた。ただし、もっと手酷い言葉を投げつけられ、嘲笑もされたが」
俊哉とのその思い出は、守光にとって不快なものではないのだろうと、口調から察することができた。
二人の間にあった出来事をもっと詳しく聞こうと和彦が身を乗り出しかけたとき、制するように守光が緩く首を横に振る。
「聞きたければ、自分の父親に聞けばいい。さて、あの曲者が素直に教えてくれるかはわからんが。――話を戻そう」
もどかしさに、てのひらに爪を立てた和彦だが、守光の口を割らせるなどできるはずもなく、不承不承ながら頷く。
「あんたも察したと思うが、将来的には賢吾を総和会のトップに据えたい。長嶺組という組織の規模も、組織を率いる賢吾自身の才覚も、もうすでに申し分はないだろう。ただ、いまだ五十に届かないという年齢が問題となる。総和会の不文律を盾に反対する者は出るはずだ。現に幹部会の口さがない連中など、賢吾を若輩扱いしておる。無理もないがな。わしを除いて、長嶺の男たちは実際若い」
「『男たち』……。千尋、ですか?」
子供の悪戯を窘めるような、柔らかな声音だった。だが和彦は、ゾクリとするような寒気を覚える。
「長嶺組をそうしたように、今度は総和会を盤石な組織にするために、あれこれ策を講じている最中だ。そこに、和を乱すような身勝手は許せん。今の長嶺組が、総和会の力なくして、これまで通りの活動ができると思っているとすれば、思い上がりも甚だしい。わしがどれだけ手を尽くして、長嶺組を守るために、総和会での影響力を強めてきたか――」
守光の口調が熱を帯びたのは、ほんのわずかな間だった。我に返ったのか、平素の穏やかなものに戻る。
和彦は静かに息を呑んだあと、あることに思い至る。切り出していいものか逡巡したが、正面に座っている守光の目が見逃すはずもなく、水を向けられる。
「何か言いたそうだな、先生」
「――……賢吾さんの身勝手というなら、そもそもの原因はぼくです。ぼくがいなければ、あの人は……、大それたことを考えもしなかったはずです」
「どうだろうな。あんたも知っての通り、賢吾は総和会と距離を置きたがっている。本心としては、長嶺組から総和会に人をやることすらしたくないだろうな」
守光の目に冷徹な光が宿る。
「言い方を変えるなら、あんたがいるからこそ、賢吾は総和会と関わりを断てない。もしかすると、あんたが現れなければ、もっと早くに言い出したかもしれんのだ。長嶺組として、総和会で活動する気はないと。……わしが会長に就いたとき、長嶺組の影響力の大きさは約束されたものだったが、賢吾は戸惑っていた。そのときすでに、兆候は出ていたのかもしれん。そして今は、さらに大きな力を自分が得るかもしれないという可能性を、厭うている。わしにとっての危惧は、総和会が抱えたままの不穏分子より、自分の息子だ」
守光の口ぶりから、やはり、と思わざるをえなかった。
守光は、いずれは総和会会長の座に、賢吾を就かせるつもりなのだ。しかし当の賢吾は、総和会を忌避している。
和彦はふうっと息を吐き出し、渇いた唇をお茶で湿らせる。
「やっと、わかった気がします。どうしてあなたが、ぼくなんかに興味を持ったのか」
「なんか、という表現は承服しかねるが、概ねあんたが考える通りだろうな。最初は千尋が、あんたに執着した。そこで賢吾もあんたに興味を持ち、結果として自分のオンナにした。一連の動きを、わしは全部報告を受け、観察していた。まだ、権力の深みと闇に疎い千尋は、あんたのことをなんでも教えてくれたよ。わしが、あんたとのつき合いを反対しかねないと、あの子なりに慮っていたんだろう。だから、事前に知っておいてほしいと。健気なことだ」
「そしてぼくが、佐伯俊哉の息子であることも知ったんですね」
「彼は、わしの――〈運命〉そのものだ」
守光が放った一言は、鮮烈だった。
湯呑の縁を指先で撫でながら、昔を懐かしむように守光が表情を和らげる。
「わしに火をつけたのは、あんたの父親だよ。人畜無害な極道でいたいという、ひどい矛盾に苛まれていたわしを、蔑むという形で救ってくれた。それに、野心というものがいかに大事で、生きる糧と成り得るかを、教えてくれた」
「父が、ですか……」
「そういえば、わしがあんたと初めて会ったとき、こう話してくれた。受け継いだものを、ただそのまま、あとに残すのはつまらない。そのためだけに自分が存在して、道具になったようだ、と。……似たようなことを、あんたの父親も言っていた。ただし、もっと手酷い言葉を投げつけられ、嘲笑もされたが」
俊哉とのその思い出は、守光にとって不快なものではないのだろうと、口調から察することができた。
二人の間にあった出来事をもっと詳しく聞こうと和彦が身を乗り出しかけたとき、制するように守光が緩く首を横に振る。
「聞きたければ、自分の父親に聞けばいい。さて、あの曲者が素直に教えてくれるかはわからんが。――話を戻そう」
もどかしさに、てのひらに爪を立てた和彦だが、守光の口を割らせるなどできるはずもなく、不承不承ながら頷く。
「あんたも察したと思うが、将来的には賢吾を総和会のトップに据えたい。長嶺組という組織の規模も、組織を率いる賢吾自身の才覚も、もうすでに申し分はないだろう。ただ、いまだ五十に届かないという年齢が問題となる。総和会の不文律を盾に反対する者は出るはずだ。現に幹部会の口さがない連中など、賢吾を若輩扱いしておる。無理もないがな。わしを除いて、長嶺の男たちは実際若い」
「『男たち』……。千尋、ですか?」
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