血と束縛と

北川とも

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第43話

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「外で話したいから、どこでもいいから車を停めてくれないか」
 顔を強張らせている和彦に対して何か言うでもなく、車は速やかに目に入ったコンビニの駐車場へと滑り込む。すかさずシートベルトを外すと、携帯電話を耳に当てたまま車を降りた。吾川との会話を、長嶺組の組員たちに聞かせたくなかったのだ。
 数分の間があったにもかかわらず、ようやく応じた和彦に、吾川は気を悪くした様子もなかった。淡々とも穏やかとも言える語り口で、何事もなかったように続けた。
『お疲れのところ申し訳ありません。すでにもう帰宅されているとばかり思っていましたが、もしかして、今は外に?』
「え、ええ……。でも大丈夫です。何かご用ですか?」
 問いかけて、自分の迂闊さを罵りそうになった。守光の側に仕えている吾川からの電話となれば、用件は限られているようなものだ。
「本部に来るよう言われている件でしたら――」
『本日、本部に長嶺組長が……いえ、賢吾さんが見えられました』
 どうしてそんなことをわざわざ電話で、と戸惑ったのは一瞬だった。
「ぼくのことで、賢吾さんが何か?」
『最初は冷静に話をされていましたが、途中からずいぶん激昂なさっているようでした。それに……長嶺会長だけでなく、総和会全体が憂慮すべき発言もされていたそうです』
「あの人が、激昂、ですか? それに、憂慮すべき発言というのは……」
 車内からこちらを見ている組員の視線を意識して、和彦は体の向きを変える。
『ここのところ続く総和会の傍若無人ぶりが、腹に据えかねていらっしゃるとのことです。対応を改めないのであれば、長嶺組は、総和会での活動を当面休止する考えがあると――……」
 それが具体的にどのような行動となるのか、和彦には想像がつかない。一つはっきりしているのは、賢吾の発言が事実だとすれば、一大事になるだろうということだ。
 しかし、吾川の言葉はそれだけでは終わらなかった。
『長嶺会長の代で、総和会が分裂する事態も念頭に置いていると、そう賢吾さんは仄めかされたようです。いつもの口論とは様子が違うと、わたしは感じました』
「本当に、賢吾さんがそんなことを……」
 吹きつけてくる風の冷たさ以外のもので、和彦は大きく身を震わせる。とんでもないことを聞いてしまったと、率直に感じた。
「……どうして吾川さんは、ぼくに電話をくださったのですか?」
『大事なことだからです』
「ぼくが、原因だから、ですか」
『きっかけ、と言ったほうがいいでしょう。佐伯先生も感じていたでしょうが、もともと賢吾さんは、総和会という組織に対して距離を置きたがっていました。敵対的というわけではないが、好意的というわけでもない。それでもバランスは取られていました。これまでは』
 和彦が守光と関わり、オンナとなったことで、そのバランスは傾いた。言外に吾川はそう言っている。責めるでもなく、失望するでもなく。どこか俯瞰して、事態を見ているような落ち着きぶりだ。
『わたしは今日のことを、あなたにはお知らせしたほうがいいと判断しました。賢吾さんは、本部に立ち寄ることを、運転手と護衛の者以外には秘しておられるようでした。会長も、あくまで父と子の問題として、大ごとにするつもりはないとおっしゃっています。ただ、総和会の動向次第で、賢吾さんがどう判断をされるか』
 賢吾は、守光を牽制した――というのは穏やかな表現だろう。要は、脅したのだ。それを守光はどう受け止めたのか、和彦は考えることすら恐ろしい。何より恐ろしいのは、賢吾の行動力だ。
 臆病で慎重だと、そう己の性分を語ったのは賢吾だ。巨体をくねらせながら大蛇が暗い場所から這い出て、化け狐を威嚇する光景が、やけにリアルに脳裏に浮かぶ。和彦は詰めていた息を吐き出した。
『長嶺会長は、いずれは会長という立場を降りられる身です。そのときあの方に残るのは長嶺の姓と、その姓を受け継ぐ身内の方々だけです。組織の分裂が、すなわち身内の縁を切ることに繋がるとは思いたくありません。しかし、長嶺会長も賢吾さんも、ああ見えて気性は激しい。そんなお二人の間を取り成す方が必要です。――佐伯先生』
 淡々と語り続けた吾川の口調が、和彦を呼ぶときにだけ熱を帯びる。
 自分には荷が重いと、弱々しい口調で応じながら和彦は、吾川が電話をかけてきた意図を推測する。普段、影のように黙然と守光に仕えている男が、独断でこんな行動に出るとは到底思えなかった。もしかすると今、吾川の傍らには、守光がいるのかもしれない。
 これ以上を話を聞き続けるのは危険で、一刻も早く電話を切ってしまわなければと焦るが、体が動かない。
 その間も吾川は語りかけてきて、和彦にはそれが、自分を縛り付けてくる呪詛に思えて仕方なかった。

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