1,095 / 1,268
第42話
(32)
しおりを挟む
精悍な体つきと不遜な眼差しが印象的な加藤と、見た目はまるで苦労知らずの大学生のようだった小野寺の顔が、同時に蘇る。中嶋は、加藤と体の関係を持っており――。
和彦が向けた胡乱な視線に気づいたらしく、中嶋はわずかに目を逸らした。
「若い奴らは、本当に血の気だけは多くて、嫌になりますよ。殴り合いの原因も、どうやら小野寺が、俺のことで加藤にちょっかいをかけたらしくて。でも二人とも、はっきりとは原因を言わないんですよ。周囲にいたのが、俺より下の連中ばかりだったから、大ごとにならなくて済みましたけど。上にバレたら、二人とも隊からつまみ出されても不思議じゃなかった」
「どっちが、君を殴ったんだ」
「加藤です。正確には、加藤が小野寺を本気でぶちのめそうとして、俺が割って入ったんです。あいつ、格闘技やってるから、下手すりゃ、小野寺を殺しかねない。それで俺がこの様です」
「よく、それで済んだな……」
「寸前のところで、加藤が手を止めようとした結果です」
二人は同じタイミングでソファの背もたれに体を預け、息を吐き出す。
中嶋が、今日の秦からの誘いを断った理由は、これで納得できた。殴られた顔を見られたくなかったというのもあるだろうが、事故にせよ加藤から殴られたという事実を、秦の眼前に突き出すわけにはいかなかったのだろう。
「――……こういうお節介は性に合わないんだが、秦と別れるつもりなのか?」
「あの人から言い出すならともかく、俺からは、そのつもりはまったくありませんよ」
「だったらどうして……」
「秦さんらしくない行動を目の当りにしてから、今さらながら、合わせる顔がなくて。……自慢じゃないですけど、俺、前は二股、三股なんて当たり前だったんですよ。仕事みたいなものでしたから。だから、自信があった。上手くやれる。割り切れる。本気ではあるけど、溺れるような関係にはならない、って」
「どちらとも?」
中嶋は自分の頬を撫で、頷いた。
「どちらとも」
「それで結局、どちらとの関係に溺れたんだ」
「……意地が悪いですね、先生」
拗ねたように中嶋が唇を尖らせ、和彦は表情を和らげる。
「先生にはわからないですよ。俺は、策士を気取って、自分の策に早々にハマったマヌケです」
「その口ぶりだと、加藤くんのことも避けてたのか。……ああ、だから彼は、挑発されて殴り合いなんて――」
「しっぺ返しを食らったんです。だからなおさら、今のこの状態で秦さんの前には出られない。加藤のほうも、俺を殴ったときに、今にも死にそうな顔していて、それを見たら、偉そうな説教なんてできませんでした」
見た目とは裏腹に腹の据わった野心家である中嶋が、歯止めを失ったように弱音をこぼす。関係を持っている男のことで心が揺れている様は、嫌になるほど身に覚えがあり、和彦は労わってやりたくなるような、目を背けたくなるような、そんな複雑な心理に陥る。
「……言っておくが、ぼくだって上手くやっているなんて、思ったことはないからな。情に身を任せている結果、がっちりと雁字搦めになっている。でもそうなるよう、自分で選んだということだろうな。選んだ以上、他人のせいにはできないし、したくない」
「先生のそういう腹の括り方、下手なヤクザより凄味があるんですよ。怖いなあ」
「本職のヤクザに言われたくないよ」
中嶋が笑みを浮かべたことに内心ほっとする。和彦は数瞬ためらったあと、中嶋の頭を撫でてやる。こんなときぐらい、年上ぶってみたかったのだ。
「落ち着いたら、秦に連絡したらどうだ。ぼくが押し掛けてきたことは内緒で。あれは、実はけっこう君に溺れてるだろ。もしかすると加藤くんも」
「それはそれで……、困るな」
「どうしたいかは、君が考えろ。ぼくのようになれとは言わない。ぼくは、弱いからな。弱いなりの処世術があるが、君は違う」
中嶋がゆっくりと目を伏せて、再びこちらを見たとき、和彦は慌てて手を引いた。寸前まで弱音をこぼしていた青年が、今はもう、食えない筋者の顔つきとなっていたからだ。こういう顔をした男に、和彦は勝てない。
「じゃあ、ぼくは帰るからな。頬は冷やして、腫れを取れよ」
立ち上がろうとした和彦だが、すかさず中嶋に腕を取られる。たったそれだけの動作に、ゾクリとした艶めかしさを感じ、うろたえる。
「ぼくは、君らの三角関係に巻き込まれる気はないからなっ」
「ひどいなあ。親身に相談に乗ってくれてたのに」
「今日は、君の様子が気になっただけだ。御堂さんとの食事会もあるから――」
「優しい佐伯先生なら、もう少しつき合ってくれるでしょう?」
「日を改めてな」
和彦が向けた胡乱な視線に気づいたらしく、中嶋はわずかに目を逸らした。
「若い奴らは、本当に血の気だけは多くて、嫌になりますよ。殴り合いの原因も、どうやら小野寺が、俺のことで加藤にちょっかいをかけたらしくて。でも二人とも、はっきりとは原因を言わないんですよ。周囲にいたのが、俺より下の連中ばかりだったから、大ごとにならなくて済みましたけど。上にバレたら、二人とも隊からつまみ出されても不思議じゃなかった」
「どっちが、君を殴ったんだ」
「加藤です。正確には、加藤が小野寺を本気でぶちのめそうとして、俺が割って入ったんです。あいつ、格闘技やってるから、下手すりゃ、小野寺を殺しかねない。それで俺がこの様です」
「よく、それで済んだな……」
「寸前のところで、加藤が手を止めようとした結果です」
二人は同じタイミングでソファの背もたれに体を預け、息を吐き出す。
中嶋が、今日の秦からの誘いを断った理由は、これで納得できた。殴られた顔を見られたくなかったというのもあるだろうが、事故にせよ加藤から殴られたという事実を、秦の眼前に突き出すわけにはいかなかったのだろう。
「――……こういうお節介は性に合わないんだが、秦と別れるつもりなのか?」
「あの人から言い出すならともかく、俺からは、そのつもりはまったくありませんよ」
「だったらどうして……」
「秦さんらしくない行動を目の当りにしてから、今さらながら、合わせる顔がなくて。……自慢じゃないですけど、俺、前は二股、三股なんて当たり前だったんですよ。仕事みたいなものでしたから。だから、自信があった。上手くやれる。割り切れる。本気ではあるけど、溺れるような関係にはならない、って」
「どちらとも?」
中嶋は自分の頬を撫で、頷いた。
「どちらとも」
「それで結局、どちらとの関係に溺れたんだ」
「……意地が悪いですね、先生」
拗ねたように中嶋が唇を尖らせ、和彦は表情を和らげる。
「先生にはわからないですよ。俺は、策士を気取って、自分の策に早々にハマったマヌケです」
「その口ぶりだと、加藤くんのことも避けてたのか。……ああ、だから彼は、挑発されて殴り合いなんて――」
「しっぺ返しを食らったんです。だからなおさら、今のこの状態で秦さんの前には出られない。加藤のほうも、俺を殴ったときに、今にも死にそうな顔していて、それを見たら、偉そうな説教なんてできませんでした」
見た目とは裏腹に腹の据わった野心家である中嶋が、歯止めを失ったように弱音をこぼす。関係を持っている男のことで心が揺れている様は、嫌になるほど身に覚えがあり、和彦は労わってやりたくなるような、目を背けたくなるような、そんな複雑な心理に陥る。
「……言っておくが、ぼくだって上手くやっているなんて、思ったことはないからな。情に身を任せている結果、がっちりと雁字搦めになっている。でもそうなるよう、自分で選んだということだろうな。選んだ以上、他人のせいにはできないし、したくない」
「先生のそういう腹の括り方、下手なヤクザより凄味があるんですよ。怖いなあ」
「本職のヤクザに言われたくないよ」
中嶋が笑みを浮かべたことに内心ほっとする。和彦は数瞬ためらったあと、中嶋の頭を撫でてやる。こんなときぐらい、年上ぶってみたかったのだ。
「落ち着いたら、秦に連絡したらどうだ。ぼくが押し掛けてきたことは内緒で。あれは、実はけっこう君に溺れてるだろ。もしかすると加藤くんも」
「それはそれで……、困るな」
「どうしたいかは、君が考えろ。ぼくのようになれとは言わない。ぼくは、弱いからな。弱いなりの処世術があるが、君は違う」
中嶋がゆっくりと目を伏せて、再びこちらを見たとき、和彦は慌てて手を引いた。寸前まで弱音をこぼしていた青年が、今はもう、食えない筋者の顔つきとなっていたからだ。こういう顔をした男に、和彦は勝てない。
「じゃあ、ぼくは帰るからな。頬は冷やして、腫れを取れよ」
立ち上がろうとした和彦だが、すかさず中嶋に腕を取られる。たったそれだけの動作に、ゾクリとした艶めかしさを感じ、うろたえる。
「ぼくは、君らの三角関係に巻き込まれる気はないからなっ」
「ひどいなあ。親身に相談に乗ってくれてたのに」
「今日は、君の様子が気になっただけだ。御堂さんとの食事会もあるから――」
「優しい佐伯先生なら、もう少しつき合ってくれるでしょう?」
「日を改めてな」
26
お気に入りに追加
1,365
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる