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第42話
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やや胸を張って答えた秦には申し訳ないが、和彦はムッと顔をしかめる。去年と同じじゃないかと即座に言い返しそうになったが、さすがにそれは行儀が悪い。しかし、表情には出てしまう。秦は、ニヤリと笑った。クリスマスの飾り付けがきらびやかな店内にあって、それでも十分目を奪われる美貌が、一層華やかに彩られる。
「今回は、木製のオーナメントなんですよ」
「はあ……。ぼくのクリスマスツリーは今、長嶺の本宅にあるんだ。去年君からもらったものも合わせて、さぞかしきらびやかになるだろうな。ぼくだけじゃなく、組員もちょこちょこと小さなおもちゃを飾り付けているから」
「長嶺組長もおもしろがって、こっそり飾りを足しているそうですよ」
それは初耳だ。和彦が片方の眉を跳ね上げると、わざとらしく秦が口元を手で覆う。ヤクザの組長と怪しげな青年実業家は、他人のクリスマスツリーの飾り付けについて話すことがあるらしい。
「ぼくが子供だったなら、そういう遊び心も無邪気に喜べるんだが――」
自分で言った『子供』という単語に、和彦自身の記憶が刺激される。ふと脳裏を過ったのは、もしかして存在しているかもしれない、千尋の次の跡目のことだ。子供にとってクリスマスというイベントはきっと特別なもので、プレゼントをどれだけ楽しみにしているか想像に難くない。
賢吾は、プレゼントどころか、クリスマスツリーも買ってやったのだろうかと考えたとき、和彦は自分がどんな表情を浮かべたのかわからなかったが、秦がやけに慌てた様子で付け加えた。
「もちろん、オーナメントだけじゃありませんよ。先生に似合いそうだと思ったストールも入っています」
「……ありがとう」
「よかったら、先生が手に取っていたブランケットもプレゼントしますよ」
「いいよ、これはぼくが買う。――気前がいいのはけっこうだが、もっと大事な人間のプレゼントは買ったのか? 抜け目ない君に、こんなことを聞くのは野暮かもしれないが」
一瞬浮かんだ秦の微妙な表情に、和彦はあれこれと想像を巡らせながら、ひとまず自分の買い物を済ませてくる。
戻ってみると、秦は場所を移動し、店内に展示された小さなクリスマスツリーを眺めていた。いつもより翳りを帯びた横顔を目の当たりにして、和彦は知らないふりはできなかった。
「中嶋くんとは、会っているのか?」
「まあ、会っているというか、電話で話はしていますよ」
和彦は眉をひそめる。半同棲に近い生活を送っていた秦と中嶋が、電話でやり取りをしているということは、深刻な事態がいまだに続いているのだ。
「仲違いしたままなのか……」
「子供のケンカとは違いますからね。中嶋からは、折れませんよ。しかしわたしとしても、譲れない部分はある」
「君は……、見かけによらず頑固だな。もっと要領がよくて、柔軟な対応ができる男かと思っていた」
「そのつもりだったんですけどね」
そういう状況だったなら、他人のクリスマスプレゼントを準備している場合ではなかったのではないか。外面のよさが商売道具でもある男としては、知らない顔もできなかったのかもしれないが、和彦は呆れて嘆息する。
ここまで打ち明けて開き直ったのか、秦はさらに続けた。
「今日は、先生をダシにして、中嶋を誘い出そうと企んでいたんですよ。聞けば、仕事は休みだと言うので、だったら三人で食事でも、と切り出した途端、他に用があるからと振られました」
「……中嶋くんだって、一人で過ごしたいときもあるだろう」
「本当に一人だと思いますか?」
皮肉っぽく問いかけられ、和彦は唇を歪める。妙に芝居がかった口調であるからこそ、秦の本心は掴みかねる。この男なら、嫉妬する自分の姿すら楽しんでいても不思議ではない。だからといって、自分が巻き込まれる謂れはない。
「君相手にだけ、機嫌が悪いんじゃないか。少なくとも、何日か前にぼくが予定を尋ねたときは、乗り気でメールを返してくれた」
「へえ。何かあるんですか?」
「大した予定じゃない。ちょっとした忘年会のような――」
口にして即座に、後悔した。慌てて口元に手をやったが、すでにもう秦は艶然と微笑んでいる。和彦は怖い顔で首を横に振る。
「ダメっ。ダメだからな、ダメっ」
「そんな、犬を躾けるような言い方……。それに、何も言ってないですよ、わたしは」
「言わなくても、その顔を見たら、今何を考えたかわかるっ。だいたい、ぼくと中嶋くん以外に人がいるんだ。見るからに胡散臭い男を連れて行くわけにはいかないだろ」
「……おや、胡散臭い男というのは、もしかしてわたしのことですか?」
和彦はにっこりと秦に笑いかけてから、慇懃に礼を言って店をあとにする。
「今回は、木製のオーナメントなんですよ」
「はあ……。ぼくのクリスマスツリーは今、長嶺の本宅にあるんだ。去年君からもらったものも合わせて、さぞかしきらびやかになるだろうな。ぼくだけじゃなく、組員もちょこちょこと小さなおもちゃを飾り付けているから」
「長嶺組長もおもしろがって、こっそり飾りを足しているそうですよ」
それは初耳だ。和彦が片方の眉を跳ね上げると、わざとらしく秦が口元を手で覆う。ヤクザの組長と怪しげな青年実業家は、他人のクリスマスツリーの飾り付けについて話すことがあるらしい。
「ぼくが子供だったなら、そういう遊び心も無邪気に喜べるんだが――」
自分で言った『子供』という単語に、和彦自身の記憶が刺激される。ふと脳裏を過ったのは、もしかして存在しているかもしれない、千尋の次の跡目のことだ。子供にとってクリスマスというイベントはきっと特別なもので、プレゼントをどれだけ楽しみにしているか想像に難くない。
賢吾は、プレゼントどころか、クリスマスツリーも買ってやったのだろうかと考えたとき、和彦は自分がどんな表情を浮かべたのかわからなかったが、秦がやけに慌てた様子で付け加えた。
「もちろん、オーナメントだけじゃありませんよ。先生に似合いそうだと思ったストールも入っています」
「……ありがとう」
「よかったら、先生が手に取っていたブランケットもプレゼントしますよ」
「いいよ、これはぼくが買う。――気前がいいのはけっこうだが、もっと大事な人間のプレゼントは買ったのか? 抜け目ない君に、こんなことを聞くのは野暮かもしれないが」
一瞬浮かんだ秦の微妙な表情に、和彦はあれこれと想像を巡らせながら、ひとまず自分の買い物を済ませてくる。
戻ってみると、秦は場所を移動し、店内に展示された小さなクリスマスツリーを眺めていた。いつもより翳りを帯びた横顔を目の当たりにして、和彦は知らないふりはできなかった。
「中嶋くんとは、会っているのか?」
「まあ、会っているというか、電話で話はしていますよ」
和彦は眉をひそめる。半同棲に近い生活を送っていた秦と中嶋が、電話でやり取りをしているということは、深刻な事態がいまだに続いているのだ。
「仲違いしたままなのか……」
「子供のケンカとは違いますからね。中嶋からは、折れませんよ。しかしわたしとしても、譲れない部分はある」
「君は……、見かけによらず頑固だな。もっと要領がよくて、柔軟な対応ができる男かと思っていた」
「そのつもりだったんですけどね」
そういう状況だったなら、他人のクリスマスプレゼントを準備している場合ではなかったのではないか。外面のよさが商売道具でもある男としては、知らない顔もできなかったのかもしれないが、和彦は呆れて嘆息する。
ここまで打ち明けて開き直ったのか、秦はさらに続けた。
「今日は、先生をダシにして、中嶋を誘い出そうと企んでいたんですよ。聞けば、仕事は休みだと言うので、だったら三人で食事でも、と切り出した途端、他に用があるからと振られました」
「……中嶋くんだって、一人で過ごしたいときもあるだろう」
「本当に一人だと思いますか?」
皮肉っぽく問いかけられ、和彦は唇を歪める。妙に芝居がかった口調であるからこそ、秦の本心は掴みかねる。この男なら、嫉妬する自分の姿すら楽しんでいても不思議ではない。だからといって、自分が巻き込まれる謂れはない。
「君相手にだけ、機嫌が悪いんじゃないか。少なくとも、何日か前にぼくが予定を尋ねたときは、乗り気でメールを返してくれた」
「へえ。何かあるんですか?」
「大した予定じゃない。ちょっとした忘年会のような――」
口にして即座に、後悔した。慌てて口元に手をやったが、すでにもう秦は艶然と微笑んでいる。和彦は怖い顔で首を横に振る。
「ダメっ。ダメだからな、ダメっ」
「そんな、犬を躾けるような言い方……。それに、何も言ってないですよ、わたしは」
「言わなくても、その顔を見たら、今何を考えたかわかるっ。だいたい、ぼくと中嶋くん以外に人がいるんだ。見るからに胡散臭い男を連れて行くわけにはいかないだろ」
「……おや、胡散臭い男というのは、もしかしてわたしのことですか?」
和彦はにっこりと秦に笑いかけてから、慇懃に礼を言って店をあとにする。
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