血と束縛と

北川とも

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第41話

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 精を溢れさせる内奥の入り口に、再び硬く熱いものを押し当てられて小さく鳴く。開いたまま喘ぐ肉の洞は、従順に欲望を呑み込み、滑る粘膜と襞をまとわりつかせながら吸いつく。
「あっ……うぅ、はあっ、はっ……、んうっ」
 腰を揺すって攻め立てられ、内奥深くで暴れる熱を堪能する。我ながら浅ましいと思うが、寸前に『怖かった』と訴えた口から、悦びの声を溢れさせていた。
 賢吾の側から離れたくなかった。そのせいで大蛇に絞め殺される事態になっても、おそらく自分は恨みはしないだろうと、漠然とした想いが和彦にはあった。信頼という感情だけでは、こうはならない。
 この想いの根底にあるのは――。
 上体を捩って乱れ始めた和彦に対して、賢吾はもう何も言ってはこなかった。ただ、献身的といえるほど、快楽を与え続けてくれた。




 コートを着込み、首にマフラーを巻いた和彦の姿をじっくりと眺めて、賢吾はわずかに口元を緩める。
「手袋はどうした?」
 和彦は軽くため息をつくと、コートの両ポケットをポンッと叩いて見せる。ここ数日、出勤する和彦をわざわざ玄関まで見送りにきては、それこそ子供の身支度を気にする母親のように、持ち物を確認してくるのだ。
 気を利かせて、アタッシェケースを抱えた組員が先に玄関を出る。それを待って和彦は、気恥かしさを押し隠しつつ、ぼそぼそと告げる。
「……心配してくれているのはわかるけど、車での移動なんだから、あまり厚着する必要はないと思う」
「病み上がりのくせに、何を言ってる。それに、昼メシを食いにクリニックの外に出ることもあるだろ。俺としては、毛糸の帽子も被せたいところを、ぐっと我慢してるんだぞ」
 毛糸の帽子は勘弁してくれと、心の中で呟いておく。
 病み上がりと言っても、微熱よりやや高めの熱が出たぐらいで寝込むほどでもなく、週明けにはすっかり元気になったのだ。しかし、和彦を構いたくて堪らない長嶺父子には絶好の理由となってしまい、週の半ばになっても本宅に滞在している状況だ。
「十二月に入ったばかりなのに、さすがに大げさだ。寒くなるのは、これからなのに」
「いくらちやほやしても足りないんだから、仕方ねーな」
 朝からこんな台詞を聞かされて、どんな顔をすればいいのかと、和彦は唇を引き結び、自分の頬を手荒く撫でる。
 自惚れではなく長嶺の男が自分に対して過保護なのはいつものことだが、今回は少し様子が違う。
 賢吾は慎重に、和彦の様子を探っている。そこには、俊哉と会ったことで和彦が精神的に不安定になっているのではないかという、純粋な気遣いもあるだろう。しかし、それだけではない。
 百足の毒は、和彦を介して、大蛇の心をざわつかせているようだった。
 百足を身に宿らせている男に対して、賢吾がどう対応しているのか、和彦は一切何も聞かされていない。自分のオンナを無断で連れ去ってしまった行為への処罰を求めているのか、それ以前に、冷静に話し合う場を設けたのか、それすらも。
 唯一把握できているのは、賢吾が二日続けて総和会本部に足を運んだということだ。組員同士が、そんな会話を交わしていた。
 一体なんのために――。そう問いかける眼差しを何度も向け、聡い男が気づかないはずもないのだが、見事に躱されている。今もそうだ。
 賢吾は微苦笑を浮かべ、柔らかな声音で言った。
「俺と離れ難いのはわかるが、そろそろ出る時間じゃないのか」
「呼び止めたのはあんただろ。まったく、千尋といい……」
「そういやあいつ、今朝は静かだな」
「……まだゴロゴロしている。ぼくが寝ていた布団で」
 ほお、と声を洩らした賢吾が、意味ありげに片方の眉を動かす。和彦は慌てて付け加えた。
「千尋が夜、勝手に潜り込んできたから、湯たんぽ代わりにしただけだからなっ。――もう行く」
 逃げるように玄関を出ようとすると、背後から賢吾に言われた。
「笠野が、今晩は鍋にすると言っていたから、寄り道せずに帰ってこい」
「――……うどんが入っているのがいい」
「伝えておく」
 賢吾から何を言われるかと身構える一方で、こんな他愛ない会話で和彦の心は容易く浮き立つ。現金なものだとひっそりと失笑しつつ、和彦は今度こそ玄関を出た。

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