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第41話
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『お前の父親と手を組むことにした』という鷹津の台詞を口にすると、賢吾はわずかに眉をひそめた。
「……鷹津がオヤジを脅迫したのは、お前の父親の計画だろうな。ヤクザとつるんでいた鷹津なら金欲しさになんでもやりかねないと思わせる一方で、佐伯家側が鷹津を匿っているかもしれないと、オヤジ……というより総和会に少しでも思わせられるなら、儲けもんだ。鷹津は双方にとって厄介者なのか、それとも佐伯家と組んで、総和会を手玉に取ろうとしている使える駒なのか。そして当の佐伯家のほうは、鷹津にどれだけの信頼を寄せているのか――」
大蛇の潜む両目で問われた気がして、和彦は首を横に振る。
「父さんから、鷹津が今どうしているかも教えられてないんだ。知っていたらぼくはきっと、あんたや会長から隠し通せないだろうって」
「さすがは、父親ということだな。お前のことをよくわかっている」
今この機会しかないというのに、一度だけ、夜の街中で鷹津の姿を見かけたことは話せなかった。
あれは都合のいい幻だったのかもしれないし、仮に鷹津があの場にいたのだとしても、会ったわけではない。そう、賢しい言い訳を心の中でしてしまう。
すがるように賢吾を見つめると、何かを察したのか苦い口調で言われた。
「お前は本当に、性質の悪いオンナだ。関わった男を骨抜きにして、狂わせる。里見も鷹津も、お前に人生を差し出したようなもんだ。三田村がそうしたように」
責められていると感じて和彦は身を引こうとしたが、それを阻むように賢吾に腕を掴まれる。
「――だが俺は、そんなオンナが愛しくて堪らねーんだ。無茶をして手に入れたんだから、もちろん大事にはするつもりだったが、すぐに箍が弾けた。どうやってお前を、俺から逃げられなくするか、考えるのはそんな物騒なことばかりだ」
「いまさら、ぼくを口説いているのか……?」
「いまさらも何も、俺はいつだって、お前を熱心に口説き続けているだろ。お前が応えてくれないだけで」
寸前まで、自分たちが何を話し合っていたのか、一瞬わからなくなる。深刻な話をしていたはずなのに、バリトンが艶を含んだ囁きを紡ぎ出し、妖しいうねりが和彦の胸の奥で生まれる。
「……応えて、いるつもりだ」
「ほお。一度でも、好きだ、愛している、と言ってくれたか? あんたに惚れているって言葉でもいいぞ」
動揺と困惑で、和彦は忙しく視線をさまよわせ、何度も短く声を洩らす。突然、こんなことを言い出した賢吾の真意が掴めなかった。
ある意味、無様とも言える和彦の姿を何十秒も眺めてから、賢吾はふっと息を吐き出した。
「無断外泊の仕置きは、今夜はこれぐらいにしておいてやる。お前の困る姿をたっぷり拝めたしな」
「今のが、仕置き……」
「なんだ、もっとひどいことを期待していたか?」
「違っ――。あんた、怒っているんじゃないのか」
和彦がそう洩らした途端、賢吾の両目にスッと冷たい感情が宿る。凍りつくような苛烈な怒りだった。
「怒ってるぜ。お前を言いように振り回す連中にな。あんたもその一人だ、なんて悲しいことは言うなよ。……何より腹が立つのは、俺自身に対してだ。今までのところ、総和会とお前の父親に対して、全部後手に回っている。そのせいで、お前だけが、苦しんで踏ん張っている」
掴まれたままの腕に、ぐっと指が食い込む。その感触にふいに胸が詰まり、同時に目頭が熱くなる。腕を掴む賢吾の手に、そっと自分の手をかけた。
「あんたに振り回されるのは、嫌じゃない。慣れたというのもあるけど、最近はけっこう、楽しんでいると思う」
「甘いなあ、お前は。そんなことだから、厄介な男たちに振り回されるんだ」
あまりにしみじみとした賢吾の口調に、堪らず和彦は噴き出してしまう。自然に笑えた自分に驚いたが、一方の賢吾も目を瞠っていた。
「……ああ、よかった。きちんと笑えたな、和彦」
腕を引っ張られ、促されるまま布団の上へと移動した和彦は、すぐに賢吾に肩を抱き寄せられる。素直に身を預けると、甘美ともいえる安堵感が全身に行き渡る。
大蛇の化身のような怖い男の側が、今の自分がいるべき場所なのだと、強く痛感していた。この場所から引き離されたとき、一体自分はどうなるのだろうかと想像して、和彦は再び小さく肩を震わせる。
「まだ寒いか?」
わざわざ耳元に唇を寄せ、賢吾が問いかけてくる。和彦は首を横に振ったが、大きなてのひらが首筋に押し当てられた。
「少し熱っぽいな。風邪でも引きかけてるんだろ。今夜はもう客間に戻って、ゆっくり休め。ああ、その前に、温かいものでも飲むか? 風邪薬も出してきてやる。……っと、先に熱を計るか」
「……鷹津がオヤジを脅迫したのは、お前の父親の計画だろうな。ヤクザとつるんでいた鷹津なら金欲しさになんでもやりかねないと思わせる一方で、佐伯家側が鷹津を匿っているかもしれないと、オヤジ……というより総和会に少しでも思わせられるなら、儲けもんだ。鷹津は双方にとって厄介者なのか、それとも佐伯家と組んで、総和会を手玉に取ろうとしている使える駒なのか。そして当の佐伯家のほうは、鷹津にどれだけの信頼を寄せているのか――」
大蛇の潜む両目で問われた気がして、和彦は首を横に振る。
「父さんから、鷹津が今どうしているかも教えられてないんだ。知っていたらぼくはきっと、あんたや会長から隠し通せないだろうって」
「さすがは、父親ということだな。お前のことをよくわかっている」
今この機会しかないというのに、一度だけ、夜の街中で鷹津の姿を見かけたことは話せなかった。
あれは都合のいい幻だったのかもしれないし、仮に鷹津があの場にいたのだとしても、会ったわけではない。そう、賢しい言い訳を心の中でしてしまう。
すがるように賢吾を見つめると、何かを察したのか苦い口調で言われた。
「お前は本当に、性質の悪いオンナだ。関わった男を骨抜きにして、狂わせる。里見も鷹津も、お前に人生を差し出したようなもんだ。三田村がそうしたように」
責められていると感じて和彦は身を引こうとしたが、それを阻むように賢吾に腕を掴まれる。
「――だが俺は、そんなオンナが愛しくて堪らねーんだ。無茶をして手に入れたんだから、もちろん大事にはするつもりだったが、すぐに箍が弾けた。どうやってお前を、俺から逃げられなくするか、考えるのはそんな物騒なことばかりだ」
「いまさら、ぼくを口説いているのか……?」
「いまさらも何も、俺はいつだって、お前を熱心に口説き続けているだろ。お前が応えてくれないだけで」
寸前まで、自分たちが何を話し合っていたのか、一瞬わからなくなる。深刻な話をしていたはずなのに、バリトンが艶を含んだ囁きを紡ぎ出し、妖しいうねりが和彦の胸の奥で生まれる。
「……応えて、いるつもりだ」
「ほお。一度でも、好きだ、愛している、と言ってくれたか? あんたに惚れているって言葉でもいいぞ」
動揺と困惑で、和彦は忙しく視線をさまよわせ、何度も短く声を洩らす。突然、こんなことを言い出した賢吾の真意が掴めなかった。
ある意味、無様とも言える和彦の姿を何十秒も眺めてから、賢吾はふっと息を吐き出した。
「無断外泊の仕置きは、今夜はこれぐらいにしておいてやる。お前の困る姿をたっぷり拝めたしな」
「今のが、仕置き……」
「なんだ、もっとひどいことを期待していたか?」
「違っ――。あんた、怒っているんじゃないのか」
和彦がそう洩らした途端、賢吾の両目にスッと冷たい感情が宿る。凍りつくような苛烈な怒りだった。
「怒ってるぜ。お前を言いように振り回す連中にな。あんたもその一人だ、なんて悲しいことは言うなよ。……何より腹が立つのは、俺自身に対してだ。今までのところ、総和会とお前の父親に対して、全部後手に回っている。そのせいで、お前だけが、苦しんで踏ん張っている」
掴まれたままの腕に、ぐっと指が食い込む。その感触にふいに胸が詰まり、同時に目頭が熱くなる。腕を掴む賢吾の手に、そっと自分の手をかけた。
「あんたに振り回されるのは、嫌じゃない。慣れたというのもあるけど、最近はけっこう、楽しんでいると思う」
「甘いなあ、お前は。そんなことだから、厄介な男たちに振り回されるんだ」
あまりにしみじみとした賢吾の口調に、堪らず和彦は噴き出してしまう。自然に笑えた自分に驚いたが、一方の賢吾も目を瞠っていた。
「……ああ、よかった。きちんと笑えたな、和彦」
腕を引っ張られ、促されるまま布団の上へと移動した和彦は、すぐに賢吾に肩を抱き寄せられる。素直に身を預けると、甘美ともいえる安堵感が全身に行き渡る。
大蛇の化身のような怖い男の側が、今の自分がいるべき場所なのだと、強く痛感していた。この場所から引き離されたとき、一体自分はどうなるのだろうかと想像して、和彦は再び小さく肩を震わせる。
「まだ寒いか?」
わざわざ耳元に唇を寄せ、賢吾が問いかけてくる。和彦は首を横に振ったが、大きなてのひらが首筋に押し当てられた。
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