血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
1,020 / 1,268
第40話

(32)

しおりを挟む
「俺、カッとしやすいけど、自分にできることと、できないことの区別はつけているつもりだよ。和彦に何かあったとき、一番動けるのはオヤジ。そのオヤジが止めないんなら、多分俺にできることはない。……長嶺で一番力を持っているのはオヤジじゃなく、じいちゃんだからね。単なる父子ゲンカなら逆らうことも、殴り合うこともできるけど、二人とも、それぞれ組織を背負ってる。そこに面子が乗っかってるんだ。父子でも、絶対的な不可侵ってやつはある。いや、父子だから、かな」
 千尋なりに、組織の力学というものをきちんと理解しているのだ。むしろ、裏の世界に引きずり込まれて二年も経っていない和彦より、生まれた瞬間からその世界で育まれてきた千尋のほうが、骨身に叩き込まれているはずだ。
 そのうえで尚、千尋は成長している。以前に、和彦が兄である英俊と対面することになったとき、火のような激情を露わにして悔しさをぶつけてきた千尋だが、今は少し様子が違う。感情的になりながらも、経験と知識が歯止めとして働いている。
 優しく甘いホットミルクの味が、そう知らせてくるのだ。
「――移動の車の中で、俺なりにオヤジの真意ってやつを考えてたんだ」
「うん?」
「和彦に関することでは、じいちゃんを……、長嶺守光を全面的には信用するな、って言いたいんじゃないかって。だからオヤジは、和彦がまた自分の父親と会うことになった経緯を教えてくれた」
 どうだろう、と和彦は心の中で呟き、またホットミルクを啜る。賢吾が何を考えているのか推測することは難しいし、さらに父子間の機微となると、それはもう想像が及ばなかった。
 それでなくても賢吾と千尋は一般的な父子とは言い難く、常識が当てはまらない。
「……思惑はどうあれ、ぼくは、父さんと会わざるをえない。父さんと会長の間に何かしら密約があって、履行のためにぼくは欠かせない駒なんだ。お前や組長には申し訳ないけど」
「そんなこと思わなくていいけどさ……。それより、俺の前でも遠慮なく、オヤジのことを名前で呼んだら? 賢吾さん、って」
 思いがけない提案に、て咳き込んだ和彦はじろりと千尋を睨む。ニヤニヤと笑って返された。
「いいじゃん。俺だって、まだ慣れないなりに、和彦って呼んでるんだから。一緒にがんばろうよ」
「何をがんばるんだっ。――……話が済んだんなら、もう帰ったらどうだ」
「残念。車は帰らせたよ。今夜はここに泊まるって言っておいたから」
 一方的に動揺させられたお返しというわけではないが、露骨に迷惑そうな顔をすると、途端に捨てられた子犬のような眼差しを向けられた。
 こいつは本当に性質が悪い。和彦はそう心の中で呟く。
 演技だとわかっていながら、こんな千尋を追い返すことは和彦にはできなかった。
「お前には、ホットミルクを作ってもらったしな……」
「和彦のためなら、何杯でも作ってあげるよ」
「別の機会にな。……眠れないからって、すぐに安定剤を飲まなくてよかったよ。おかげで、お前の珍しい姿を見ることができた」
 ホットミルクを飲み干して立ち上がった和彦は、千尋の傍らを通るとき、茶色の髪をくしゃくしゃと掻き乱す。
「様になってたぞ、キッチンに立つ姿。お前がけっこうマメだってこと、すっかり忘れてたな」
 千尋はくすぐったそうに首を竦めたが、急に立ち上がって和彦の手首を掴んできた。このときにはもう、千尋の表情は一変していた。
 食い入るように和彦を見つめてくる両目にあるのは、紛うことなく強い情欲の色だった。
「あっ、バカっ――……」
 強引に抱き締められそうになり和彦は反射的に身を捩ったが、体に絡みついてくる両腕の力は強い。すぐに抵抗の無益さを悟り、空のカップをテーブルの上に置く。待ちかねていたように掻き抱かれ、和彦もそっと千尋の背に両腕を回した。


 この夜の千尋は、いつにも増して甘ったれで、ワガママだった。困ったことに和彦は、千尋のそんなところが嫌いではない。むしろ、好ましく、愛しいと思っている。
 瑞々しく滑らかな肌をじっくりと舐め上げ、ときおりきつく吸い上げては愛撫の痕跡を残していく。そのたびにベッドに仰臥した千尋が切なげな吐息をこぼし、和彦が上目遣いにうかがうと、心地よさそうな蕩けた表情をしていた。
 自分からせがんできただけあって、反応がいい。和彦は小さく笑みをこぼしていた。
 呼吸に合わせてゆっくりと上下する胸元にてのひらを這わせる。出会ったばかりの頃は少年っぽさも残していた体つきは、成熟した男のものへと確実に変化している。わずかに肩が逞しくなり、胸板は厚みを増し、腹筋の線はよりはっきりと現れている。それに、雄の匂いが強くなった。

しおりを挟む
感想 80

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

a pair of fate

みか
BL
『運命の番』そんなのおとぎ話の中にしか存在しないと思っていた。 ・オメガバース ・893若頭×高校生 ・特殊設定有

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

処理中です...