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第39話
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和彦は大きくため息をつくと、小野寺をテーブルから追い払うのは諦める。南郷の指示なのだろうが、あえてクリニックの近くで接触してくるやり方に腹は立つが、寄越されたのが小野寺で、助かったとも思った。見た目だけなら、小野寺は無害そのものだ。あくまで見た目だけ。
「あの人たちに、俺と佐伯先生の関係って、どんなふうに見えているでしょうね」
「……さあ」
「まさか総和会の人間同士だとは、思いもしないだろうな……」
思わずきつい眼差しを向けると、小野寺は皮肉っぽく唇の端を動かした。
「今の佐伯先生の反応、もしかして、自分は総和会の人間ではないと思っているということですか?」
「君に言う必要はないだろう。……無遠慮で無神経なのは、南郷さん譲りなのか。第二遊撃隊の人間をそんなに知っているわけじゃないが、少なくとも中嶋くんや加藤くんとは、話をしていて不愉快になったことはない」
「加藤はよくわかりませんが、中嶋さんは――特別ですよ。あの人は、佐伯先生のために隊に呼ばれたような人ですから」
一瞬、小野寺の表情を過ったのは、嘲りの感情だった。第二遊撃隊の中の人間関係に興味がないわけではないが、それでなくても今は、自分のことでいっぱいだ。度を過ぎた好奇心は、今の和彦には単なる毒にしかならない。
「君の言葉が本当なら、中嶋くんのことだけは、南郷さんに感謝しないといけないな。それ以外では――」
続きを聞きたそうな素振りを見せた小野寺を無視して、和彦は食事を続ける。大人げないと自覚するほど邪険な態度を取っているつもりだが、小野寺は痛痒を感ぜずといったところか、こんなことを言い出した。
「中嶋さんだけじゃなく、俺にも慣れてください。南郷さんはどうやら、そのうち俺と加藤を――もしかするとどちらかを、佐伯先生の専属の護衛としてつけたいみたいなので」
「この間、確かにそんなことを言っていたな。……ぼくの意見も聞かずに」
胃の辺りが一気に重くなるのを感じて、和彦は顔をしかめる。意見を求められない自分の立場を甘受してはいるのだが、南郷から一方的に押し付けられるとなると、話は別だ。強い反発心が芽生えるが、目の前の小野寺にぶつけるわけにもいかない。
和彦はグラスの水を一口飲んでから、早口に告げた。
「どんな理由があるにしても、職場の周りをうろつかれると迷惑だ。南郷さんにも伝えておいてくれ」
「俺が、ですか?」
「他に誰がいる」
「俺を佐伯先生のお世話係として認めてくれるなら、引き受けます」
「……だったらぼくが、南郷さんに直接電話をして言う。大変、無礼な態度を取られたから、二度と小野寺くんをぼくに近づけないでくれと」
小野寺は返事をしなかったが、和彦はあえて無視して、エビフライを黙々と食べる。言おうと思えば自分だって、相手の嫌な部分を攻撃することだってできるのだ、と心の中で呟きながら。
多少なりと己の自惚れと傲慢さを噛み締めることができたのか、ランチを食べ終えて和彦がさりげなくうかがうと、小野寺は神妙な顔となっていた。小野寺の分のランチも運ばれているが、まったく手をつけていない。
ここで罪悪感が疼いてしまうのが、自分のダメなところだろうと、和彦は思わず洩れそうになったため息を誤魔化すように、紙ナプキンで口元を拭う。
「――……さっきのは冗談だ。ぼくのことで他人が叱られるなんて、気持ちがよくない。できることなら、南郷さんに連絡も取りたくないし」
「でも、加藤の件では、連絡したんですよね?」
顔つきは神妙なまま、小野寺は挑むような眼差しを向けてくる。和彦の頭に浮かんだのは、対抗心という言葉だった。加藤とは同年代で、同時期に第二遊撃隊に入ったらしいので、小野寺としてはどうしても張り合ってしまうのだろう。
「あのときは切羽詰まっていたからだ。……だいたい南郷さんには、君らを紹介されたとき、ぼくの生活には立ち入らないよう言っておいたんだ。それが、次から次に……」
和彦は控えめな抗議を口にしながら外の通りへと視線を向ける。そこで、こちらをうかがっている人影に気づいて目を瞬かせる。誰かと思えば、和彦の護衛をしている長嶺組の組員だ。ファミリーレストランで昼食をとる和彦の姿を確認しようとして、いつもとは様子が違うと感じ取ったようだ。
普通のビジネスマンらしい装いをしている男が、鋭い空気を放ちながら、物言いたげな表情を浮かべている。何かあれば、即座に店内に飛び込んでくるつもりだと察し、慌てて和彦は席を立つ。訝しむように小野寺が見上げてきた。
「佐伯先生?」
「もう行く。君はゆっくり食べていろ」
一瞬ためらいはしたものの、洋菓子店の紙袋を持ってテーブルを離れる。
「あの人たちに、俺と佐伯先生の関係って、どんなふうに見えているでしょうね」
「……さあ」
「まさか総和会の人間同士だとは、思いもしないだろうな……」
思わずきつい眼差しを向けると、小野寺は皮肉っぽく唇の端を動かした。
「今の佐伯先生の反応、もしかして、自分は総和会の人間ではないと思っているということですか?」
「君に言う必要はないだろう。……無遠慮で無神経なのは、南郷さん譲りなのか。第二遊撃隊の人間をそんなに知っているわけじゃないが、少なくとも中嶋くんや加藤くんとは、話をしていて不愉快になったことはない」
「加藤はよくわかりませんが、中嶋さんは――特別ですよ。あの人は、佐伯先生のために隊に呼ばれたような人ですから」
一瞬、小野寺の表情を過ったのは、嘲りの感情だった。第二遊撃隊の中の人間関係に興味がないわけではないが、それでなくても今は、自分のことでいっぱいだ。度を過ぎた好奇心は、今の和彦には単なる毒にしかならない。
「君の言葉が本当なら、中嶋くんのことだけは、南郷さんに感謝しないといけないな。それ以外では――」
続きを聞きたそうな素振りを見せた小野寺を無視して、和彦は食事を続ける。大人げないと自覚するほど邪険な態度を取っているつもりだが、小野寺は痛痒を感ぜずといったところか、こんなことを言い出した。
「中嶋さんだけじゃなく、俺にも慣れてください。南郷さんはどうやら、そのうち俺と加藤を――もしかするとどちらかを、佐伯先生の専属の護衛としてつけたいみたいなので」
「この間、確かにそんなことを言っていたな。……ぼくの意見も聞かずに」
胃の辺りが一気に重くなるのを感じて、和彦は顔をしかめる。意見を求められない自分の立場を甘受してはいるのだが、南郷から一方的に押し付けられるとなると、話は別だ。強い反発心が芽生えるが、目の前の小野寺にぶつけるわけにもいかない。
和彦はグラスの水を一口飲んでから、早口に告げた。
「どんな理由があるにしても、職場の周りをうろつかれると迷惑だ。南郷さんにも伝えておいてくれ」
「俺が、ですか?」
「他に誰がいる」
「俺を佐伯先生のお世話係として認めてくれるなら、引き受けます」
「……だったらぼくが、南郷さんに直接電話をして言う。大変、無礼な態度を取られたから、二度と小野寺くんをぼくに近づけないでくれと」
小野寺は返事をしなかったが、和彦はあえて無視して、エビフライを黙々と食べる。言おうと思えば自分だって、相手の嫌な部分を攻撃することだってできるのだ、と心の中で呟きながら。
多少なりと己の自惚れと傲慢さを噛み締めることができたのか、ランチを食べ終えて和彦がさりげなくうかがうと、小野寺は神妙な顔となっていた。小野寺の分のランチも運ばれているが、まったく手をつけていない。
ここで罪悪感が疼いてしまうのが、自分のダメなところだろうと、和彦は思わず洩れそうになったため息を誤魔化すように、紙ナプキンで口元を拭う。
「――……さっきのは冗談だ。ぼくのことで他人が叱られるなんて、気持ちがよくない。できることなら、南郷さんに連絡も取りたくないし」
「でも、加藤の件では、連絡したんですよね?」
顔つきは神妙なまま、小野寺は挑むような眼差しを向けてくる。和彦の頭に浮かんだのは、対抗心という言葉だった。加藤とは同年代で、同時期に第二遊撃隊に入ったらしいので、小野寺としてはどうしても張り合ってしまうのだろう。
「あのときは切羽詰まっていたからだ。……だいたい南郷さんには、君らを紹介されたとき、ぼくの生活には立ち入らないよう言っておいたんだ。それが、次から次に……」
和彦は控えめな抗議を口にしながら外の通りへと視線を向ける。そこで、こちらをうかがっている人影に気づいて目を瞬かせる。誰かと思えば、和彦の護衛をしている長嶺組の組員だ。ファミリーレストランで昼食をとる和彦の姿を確認しようとして、いつもとは様子が違うと感じ取ったようだ。
普通のビジネスマンらしい装いをしている男が、鋭い空気を放ちながら、物言いたげな表情を浮かべている。何かあれば、即座に店内に飛び込んでくるつもりだと察し、慌てて和彦は席を立つ。訝しむように小野寺が見上げてきた。
「佐伯先生?」
「もう行く。君はゆっくり食べていろ」
一瞬ためらいはしたものの、洋菓子店の紙袋を持ってテーブルを離れる。
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