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第38話
(1)
しおりを挟む一度気づいた可能性は、和彦の中で不穏な触手を伸ばしていた。
自分の父親が、現在、自分をオンナにしている男と、かつて肉体関係にあったなど考えたくはない。しかし、頭から振り払えないのだ。
おぞましいと身震いをした次の瞬間、では自分の現状はなんだと自問し、ここで和彦の思考は停止する。そこでまた、俊哉と守光の関係について、一人では答えの出せない思索に耽る。その繰り返しだ。
若い頃の俊哉が、かつて面倒事を守光に処理してもらったことは、守光自身の口から教えられた。そのとき和彦は、〈縁〉による二つの家――というより、二人の男の意外な繋がりにただ驚いたのだが、今となっては、守光は何か含みを持たせていたのではないかと疑わずにはいられない。
それともただの考えすぎなのだろうかと、一縷の望みにすがるように思ったりもする。
俊哉が若かったということは、当然守光も若く、今のように刺青を隠したりはしていなかったのかもしれない。千尋が知らないだけで、当時は他人に気安く肌を見せていた可能性だってある。だが、エリート官僚である俊哉が目にする可能性は、どれぐらいになるのか。
和彦は胸苦しさを覚え、ふっと息を吐き出す。自分は父親を信じたいのか、それとも貶めたいのか、それすら判断できないということは、まだ頭も気持ちも混乱しているのだ。
わかりきったことを自分の中で確認した和彦は、何げなく視線を上げてドキリとする。御堂が真剣な顔をしてこちらを見ていた。目が合うなり、すかさず指摘される。
「――今晩は、心ここにあらずといった感じだね」
動揺した和彦は反射的に視線をさまよわせたあと、すみませんと小声で謝罪する。
「何か気になることがあるみたいだ」
「いえ、そんな……」
一緒にいるのが御堂だからと、安心感からつい気を抜いていたらしい。和彦は座椅子に座り直すと、グラスを取り上げる。ワインを勧められたが、今日は冷茶にしてもらった。
目の前にはすでに料理が並び、最近肌で感じている秋の訪れを、使われている食材でも知ることができる。お茶を一口飲んでグラスを置いた和彦は、飾りとして添えられている紅葉を指先でつついた。
今日、いつも通りにクリニックでの仕事を終えたあとは、コンビニで買ったもので夕食を済ませるつもりだったが、御堂から連絡が入り、予定は狂った。もちろん、いいほうに。
一緒に夕食を、と言って指定されたのは、少し前に御堂と食事をした料亭だった。あのときは昼間で、しかも自分たち以外の客の姿はなかったのだが、今日は違う。他の個室だけではなく、カウンターもほとんどの席が埋まっていた。そんな状況で護衛を連れ込むわけにはいかず、申し訳ないが外で待機してもらっている。
ふと紅葉から視線を上げると、御堂の色素の薄い瞳にまだ見つめられていた。
「……何か?」
「長嶺の男の誰かに悩まされているんじゃないのかと思ってね」
「……いえ、そういうわけではないんですが……」
はっきり違うと言い切れないのが、正直つらい。和彦が苦い顔をすると、反応としてはそれで十分だったらしく、納得したように御堂が頷く。
「まあ、野暮な質問だね。――悪かった。急に時間が空いたから、一人で食事するのが寂しくて君を誘ったんだ」
「いえっ。ぼくは予定はなかったので、こうして呼んでもらえて嬉しかったです。それに、きちんと顔を合わせてお礼も言いたかったですし」
「お礼……?」
「連休中、御堂さんのご実家で過ごさせてもらったことです」
ああ、と声を洩らした御堂は、次の瞬間には顔を綻ばせた。
「律儀だね。あれは、こちら側の事情もあってのこと。何度も礼を言われるようなことじゃない。むしろこちらが礼を言わないと」
「でも、いい経験になりました。長嶺組以外の組の空気というものを、短い間でしたが肌で知ることができましたし。ああ、清道会のみなさんにも、ずいぶんお世話になりました」
「機会があれば、また君を誘おうかな。その清道会が、喜んでいたし。長嶺組はともかく、総和会が今度こそ許可を出さないかもしれないけど」
冗談めかして言う御堂だが、言葉の下からちらちらと物騒な本音が覗いているようで、和彦は返事に困る。自分の身が自分だけのものではないことを、過去に同じ立場であった御堂は当然理解しているはずだ。
この場にいない〈誰か〉に対する当てつけなのだろうかと考えたとき、和彦はこう問いかけていた。
「――……総和会で、何かあったんですか?」
御堂は一瞬目を眇めてから、首を傾げる。
「何か、とは?」
「いえ、ただなんとなく……」
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