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第37話
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守光の手が再び欲望にかかり、てのひらで擦り上げられる。ようやく欲望の高ぶりを覚え、おずおずと形を変え始めていた。引き出された舌を濡れた音を立てて吸われながら、欲望を扱く手の動きが速くなる。和彦は喉の奥から声を洩らし、ビクビクと腰を震わせていた。
先端がしっとりと濡れ始めると、一度愛撫の手が止まり、少し間を置いてから欲望がハンカチに包まれる。再び性急な愛撫を与えられ、和彦は上り詰める。
まるで、精を搾り取られたようだった。ハンカチに向けてわずかに精を吐き出したあと、荒い呼吸を繰り返す和彦を、守光は片腕で優しく抱き寄せる。
「近いうちに、じっくりと時間を取ろう。あんたと相談したいこともあるしな……」
一体何をと、和彦が視線を上げると、守光は穏やかな微笑を浮かべていた。なんとなく臆した和彦は黙って頷く。
乱れた格好を整えている間に、車はある建物の駐車場へと入る。ここで、自分が乗ってきた車に戻るよう言われるのかと思ったが、守光が座っている側のドアが開いた。戸惑う和彦に、守光はこう告げた。
「あんたはこのまま、マンションまで戻るといい。ちょうど護衛役に南郷もついている。誰に任せるより、わしも安心だ」
和彦が何も言えないうちに守光が車を降り、ドアが閉められる。再び車が走り始め、和彦は深く息を吐き出したあと、急いでシートベルトを締めた。
守光がいなくなった途端、車内にまだ淫靡な空気が残っているように感じ、和彦は黙ってウィンドーをわずかに下ろした。ひんやりとした風が吹き込んできて、熱くなっている頬を撫でる。
南郷がちらりと振り返る。和彦はハッとして、すぐにウィンドーを上げた。
「……すみません。勝手に窓を開けて……」
「どうやら、この間の襲撃のショックは回復できたようだな、先生。それともその無防備さは、俺たちの護衛に対する信頼の表れか?」
嫌なことを思い出し、和彦はそっと眉をひそめる。車で襲撃を受けた衝撃はもちろん忘れたわけではないが、その襲撃を仕掛けたのが守光ではないかという、御堂から注ぎ込まれた〈毒〉がまっさきに蘇ったのだ。
守光の計画を、南郷が把握していないはずもなく――。
和彦は不信感を込めて、南郷の大きな後ろ姿を凝視する。すると、唐突に南郷が切り出した。
「第一遊撃隊隊長の家ではゆっくりできたか、先生?」
「えっ、あっ……、はい。ずいぶんよくしていただきました。清道会の綾瀬さんにも」
口にしたあとで、綾瀬の名を出してよかったのだろうかと思ったが、そもそも清道会会長の祝いの席に呼ばれたのだ。なんらおかしくはない。
「清道会としては、願ったり叶ったりだろうな。あんたが襲撃された件で疑いがかかって、居心地が悪い思いをしていたところに、そのあんたが来てくれたんだ。――長嶺組長は度量が大きい。俺なら怖くて、家に閉じ込めて一歩も外に出さない」
「……ぼくには、よくわかりません。組の事情も、組の上の人たちが何を考えているかも。今回はただ、連休でのんびり過ごしていただけです。それ以外のことは何も……」
「まあ、オンナの扱いなら慣れているか。あいつなら」
『あいつ』とはもちろん、御堂のことだろう。しかし南郷の口調には嘲りのような響きがあり、それが気に障る。もしかすると南郷なりの、和彦への当て擦りなのかもしれない。
だから、南郷と会話をするのは苦手なのだ。無駄に神経を尖らせて、疲れてしまう。
和彦は聞こえよがしにため息をつくと、スッと視線を外へと向ける。こちらとしては会話を打ち切ったつもりなのだが、南郷には通じなかったようだ。何事もなかったように話しかけられる。
「そういえば先生、清道会会長の祝いの席で、いろんな人間に引き合わされただろう。顔と肩書きを少しは覚えられたか?」
「……どうでしょう」
「覚えておいて損はない。今後、どんな形であれ、総和会と関わってくるかもしれないからな」
その物言いが気になり、反射的にシート上で身じろぐ。さきほどは和彦のため息を無視したくせに、南郷は気配に敏感だった。シート越しに一瞥され、和彦は思わず問いかける。
「南郷さんはもしかして、知っているんですか?」
「何をだ」
「祝いの席に、誰が出席していたのか」
「とりあえず隊の人間を張り込ませて、出席者の顔をビデオで撮らせてはおいた。このことは、向こうも察しているだろうし、見せつけてもいたはずだ。うちは後ろ暗いところはないが、いざとなれば、手段を選ばない、ってな」
「それは――」
南郷の口元に意味ありげな笑みが浮かび、和彦は身構える。
「御堂の昔の男が来ていただろ。清道会の組長補佐じゃないぜ。他所から来ていた男のほうだ」
先端がしっとりと濡れ始めると、一度愛撫の手が止まり、少し間を置いてから欲望がハンカチに包まれる。再び性急な愛撫を与えられ、和彦は上り詰める。
まるで、精を搾り取られたようだった。ハンカチに向けてわずかに精を吐き出したあと、荒い呼吸を繰り返す和彦を、守光は片腕で優しく抱き寄せる。
「近いうちに、じっくりと時間を取ろう。あんたと相談したいこともあるしな……」
一体何をと、和彦が視線を上げると、守光は穏やかな微笑を浮かべていた。なんとなく臆した和彦は黙って頷く。
乱れた格好を整えている間に、車はある建物の駐車場へと入る。ここで、自分が乗ってきた車に戻るよう言われるのかと思ったが、守光が座っている側のドアが開いた。戸惑う和彦に、守光はこう告げた。
「あんたはこのまま、マンションまで戻るといい。ちょうど護衛役に南郷もついている。誰に任せるより、わしも安心だ」
和彦が何も言えないうちに守光が車を降り、ドアが閉められる。再び車が走り始め、和彦は深く息を吐き出したあと、急いでシートベルトを締めた。
守光がいなくなった途端、車内にまだ淫靡な空気が残っているように感じ、和彦は黙ってウィンドーをわずかに下ろした。ひんやりとした風が吹き込んできて、熱くなっている頬を撫でる。
南郷がちらりと振り返る。和彦はハッとして、すぐにウィンドーを上げた。
「……すみません。勝手に窓を開けて……」
「どうやら、この間の襲撃のショックは回復できたようだな、先生。それともその無防備さは、俺たちの護衛に対する信頼の表れか?」
嫌なことを思い出し、和彦はそっと眉をひそめる。車で襲撃を受けた衝撃はもちろん忘れたわけではないが、その襲撃を仕掛けたのが守光ではないかという、御堂から注ぎ込まれた〈毒〉がまっさきに蘇ったのだ。
守光の計画を、南郷が把握していないはずもなく――。
和彦は不信感を込めて、南郷の大きな後ろ姿を凝視する。すると、唐突に南郷が切り出した。
「第一遊撃隊隊長の家ではゆっくりできたか、先生?」
「えっ、あっ……、はい。ずいぶんよくしていただきました。清道会の綾瀬さんにも」
口にしたあとで、綾瀬の名を出してよかったのだろうかと思ったが、そもそも清道会会長の祝いの席に呼ばれたのだ。なんらおかしくはない。
「清道会としては、願ったり叶ったりだろうな。あんたが襲撃された件で疑いがかかって、居心地が悪い思いをしていたところに、そのあんたが来てくれたんだ。――長嶺組長は度量が大きい。俺なら怖くて、家に閉じ込めて一歩も外に出さない」
「……ぼくには、よくわかりません。組の事情も、組の上の人たちが何を考えているかも。今回はただ、連休でのんびり過ごしていただけです。それ以外のことは何も……」
「まあ、オンナの扱いなら慣れているか。あいつなら」
『あいつ』とはもちろん、御堂のことだろう。しかし南郷の口調には嘲りのような響きがあり、それが気に障る。もしかすると南郷なりの、和彦への当て擦りなのかもしれない。
だから、南郷と会話をするのは苦手なのだ。無駄に神経を尖らせて、疲れてしまう。
和彦は聞こえよがしにため息をつくと、スッと視線を外へと向ける。こちらとしては会話を打ち切ったつもりなのだが、南郷には通じなかったようだ。何事もなかったように話しかけられる。
「そういえば先生、清道会会長の祝いの席で、いろんな人間に引き合わされただろう。顔と肩書きを少しは覚えられたか?」
「……どうでしょう」
「覚えておいて損はない。今後、どんな形であれ、総和会と関わってくるかもしれないからな」
その物言いが気になり、反射的にシート上で身じろぐ。さきほどは和彦のため息を無視したくせに、南郷は気配に敏感だった。シート越しに一瞥され、和彦は思わず問いかける。
「南郷さんはもしかして、知っているんですか?」
「何をだ」
「祝いの席に、誰が出席していたのか」
「とりあえず隊の人間を張り込ませて、出席者の顔をビデオで撮らせてはおいた。このことは、向こうも察しているだろうし、見せつけてもいたはずだ。うちは後ろ暗いところはないが、いざとなれば、手段を選ばない、ってな」
「それは――」
南郷の口元に意味ありげな笑みが浮かび、和彦は身構える。
「御堂の昔の男が来ていただろ。清道会の組長補佐じゃないぜ。他所から来ていた男のほうだ」
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