血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
842 / 1,267
第35話

(19)

しおりを挟む
 意識を必死に留めようとするが、ふっと意識が揺らいで堪らず目を閉じる。すかさず鷹津に軽く頬を叩かれ、再び内奥を突き上げられる。普通であれば、とっくに欲望は萎えてしまい、行為そのものを苦痛に感じるはずなのに、睡眠薬の効き目は正常な思考力さえ抑えつける。
 それとも、異常すぎる状況に、和彦の本能が精神を保つために、なんらかの働きをしているのかもしれない。
「うっ、あぁ……」
 欲望が萎えないというなら、鷹津は、和彦以上だった。内奥でますます熱く猛り、今にも爆ぜそうなほど膨らんでいる。ゆっくりと大きく腰を動かされ、掠れた悲鳴を上げさせられる。
 電話の向こうではどんな顔をしているのかは予測もつかないが、少なくとも俊哉の声の調子は変わらなかった。
『あの男との交渉には、万全を期したい。忌々しいが、お前の身はその準備が整うまで、総和会と長嶺組に預けておこう。お前は従順な〈オンナ〉でいて、何も知らないふりをしていろ。わたしと話したことは、絶対に誰にも悟られるな。交渉がこじれる恐れがある。――用があれば、いつでも連絡してこい』
 そこで電話が切れ、鷹津はすぐに携帯電話の電源自体を切った。和彦が物言いたげな表情をすると、鷹津から皮肉に満ちた笑みを向けられた。
「俺の携帯の留守電に、総和会や長嶺組からの脅しのメッセージばかり吹き込まれていた。連中、血眼になって俺を捜しているみたいだな」
「……当たり前だ。あんた、頭がおかしくなったんじゃないか……」
 和彦は、鷹津の頬を殴りつけようと懸命に手を伸ばしたが、途中で力なく落ちる。鷹津は悠々と唇を塞いできた。
 荒々しく唇を貪り、口腔を舌でまさぐりながら、律動を続ける。和彦は両手を投げ出したまま、されるがままになるしかない。
「これはこれで、やみつきになりそうだな。具合のいい人形を抱いているみたいだ」
 性質の悪い冗談を窘めることもできず、和彦は何度も瞬きを繰り返し、必死に鷹津を見つめる。すでにもう焦点を定めることすら難しい。
 和彦の意識が限界まできていると察したらしく、ふいに表情を改めて鷹津が話し始めた。
「――いいか、よく頭に叩き込んでおけ。さっき、お前の父親も言ったことだ。俺が間を取り持ったことも含めて、誰にも、父親と話したことは他言するな。お前はあくまで、血迷った刑事に一時誘拐されて、体を自由にされたことにしろ。それが、お前のためだ」
「それだと、あんただけが、恨まれることになる……」
 和彦の耳元で鷹津が短く声を洩らして笑う。
「さっき、電話をかける前に言った言葉にウソはない。惚れた相手を、性質の悪い連中のもとから連れて逃げたいんだ。だが、それは俺一人じゃ無理だ。だから、お前の父親と手を組むことにした。……いろいろとやってくれたからな。俺は少しばかり、総和会にはムカついている」
「……何を、されたんだ?」
「お前は知らなくていい」
 聞きたいことはいくらでもあるが、それを鷹津は許してくれない。和彦をきつく抱き締め、乱暴に内奥を突き上げてきたかと思うと、ふいに動きを止めた。
 精を注ぎ込まれたことはわかったが、体は、快感を認識することはできない。必死に眠気に抗おうとした和彦だが、鷹津に髪を撫でられたところで、意識が完全に途切れた。




 異常な喉の渇きで目が覚めた和彦は、小さく呻き声を洩らして緩く頭を振る。すっきりしない目覚めはたまにあることだが、頭の芯に靄がかかったようで、喉の渇きよりもそれが不快だった。それに、体がひどくだるい。
 自分の身に何が起こったのだろうかと考えたのは、ほんのわずかな間だった。
 和彦は目を見開くと、じっとしていられず緩慢な動作ながらも起き上がる。分厚いカーテンの隙間からわずかに差し込む陽射しの明るさは、朝であることを示している。
 ふらつく頭を懸命に支えながら、慎重に辺りを見回す。ベッドの上にはもちろん、室内のどこにも鷹津の姿はなかった。数瞬ためらってから、そっと呼びかける。
「――……秀?」
 返ってくる声はなく、空虚な静けさだけが和彦を包み込む。裸であることも関係あるのだろうが、急に寒気を感じて大きく身震いをする。
 唐突に、恐ろしい現実が一気に和彦に襲いかかってきた。鷹津が今どこにいるのか気になり、連絡をしようと考えたが、その携帯電話を昨日、鷹津に取り上げられた。しかし、何げなくナイトテーブルに視線を向けると、和彦の携帯電話が置いてある。鷹津はきちんと返してくれたのだ。
 おそるおそる携帯電話を手にはしたものの、電源を入れることはできなかった。入れた途端、電話がかかってくるような気がしたからだ。きっと、残された留守電の数は凄まじいことになっているはずだ。

しおりを挟む
感想 79

あなたにおすすめの小説

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

泣くなといい聞かせて

mahiro
BL
付き合っている人と今日別れようと思っている。 それがきっとお前のためだと信じて。 ※完結いたしました。 閲覧、ブックマークを本当にありがとうございました。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。 そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

処理中です...