血と束縛と

北川とも

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第34話

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 恨みがましいことを洩らすと、宿での出来事を思い出したのか、中嶋は軽く眉をひそめた。
「俺たちは、遊撃隊と名がついているだけあって、本来は自由に動いて、状況に応じて必要な任務にあたるのが役目です。会長には専従の護衛もいますから、そもそも南郷さんが常に会長についている必要もなかったはず。だから本当の目的は別にあったんじゃないかと言われています」
「別?」
「総和会の中での、南郷さんの存在をアピールするため、と。今の隊に入って、よくわかりますよ。会長は、南郷さんを特別扱いしています。お気に入りという表現では足りないぐらい。先生には申し訳ないですが、宿での、お二人のやり取りを見て、俺は実感しましたよ。会長にとって南郷さんは、本当に特別なんだと。あの南郷さんが、なんの考えもなく、先生にあんなことをするはずがありません」
 中嶋の言う通りだった。南郷は、守光から何かしらの許可を得たうえで、和彦に意図を持って触れているのだ。先日の二人がかりでの仕置きは、ある意味答えになっていると言えた。
 守光は、南郷と和彦を共有することさえ厭わないのではないか――。
 直視を避けていた可能性が、ふとした瞬間に眼前に突きつけられ、ゾッとする。当然こんな恐ろしいことを守光に確認はできなかった。
「先生、大丈夫ですか?」
 よほど顔が強張っていたのか、信号待ちで車が停まると、中嶋に顔を覗き込まれる。和彦は緩慢な動作で中嶋を見やり、いまさらなことを尋ねた。
「宿の件でのことで、南郷さんから何か言われなかったか? 君は事故に出くわしたようなものなのに、もし立場が悪くなったりしたら申し訳ない……」
「先生が心配するようなことはありませんよ。少なくとも俺は、こうして先生の遊び相手として呼ばれているわけですから。まあ、先生のご機嫌のために俺は必要と思われているんでしょう」
「……だとしたら、ぼくがわがままだと思われるのは、少しは利点があるということか」
 苦々しく呟いた和彦は、もう一度背後を振り返る。やはり、それらしい車を見つけることはできなかった。
「護衛がついてきているんだとしたら、店の中までついてくるんだろうな……」
「どこか行きたい店があるんですか?」
「そういうわけじゃないが、ただ……、ジャンクフードを食べたいと思って。本部の食事は美味しいし、健康的なんだけど、ぼくは基本的にいい加減な食生活だったから。昼の休憩時間に食べようにも、クリニックの近所にそういう店はないし」
「恋しくなったんですね」
 誰かに頼んで買ってもらえばいいのだろうが、和彦が本当に望むのは、気楽な食事なのだ。車を発進させた中嶋は少し考える素振りを見せ、こう切り出してきた。
「お酒も飲みたいんですよね」
「それは別に……。勢いで言ったようなものだ。でも飲めるなら、飲みたいな」
 相手が中嶋ということもあり、つい口も滑らかになる。中嶋は、ニヤリと笑った。
「――では、秦さんの家に行きますか。あそこは、長嶺組が管理している場所ですから、中に入ってくることはできませんよ」
 簡単に決めていいのかと戸惑ったが、中嶋の話では、秦はまた仕事で出張しており、家にはいないのだという。
「先生の利用は大歓迎だと言ってましたし、俺は鍵を預かってますから、なんの問題もありません」
「ずいぶん信用されているんだな」
「見られて困るものは、あの家には置いてないんですよ、あの人は。仕事関係のものは、長嶺組が管理しているようです」
 単なる恋人同士とは言いがたい中嶋と秦の関係を表現するなら、油断ならない、という言葉かもしれない。
 結局、中嶋の誘いに乗ることにする。人の目や耳を気にしなくていいというのは、今の和彦にとっては何よりありがたかったのだ。中嶋自身が総和会の、しかも南郷の隊の人間なのは無視できないことではあるのだが、警戒心よりも、いまさら、という気持ちのほうが上回っていた。
 秦の部屋に向かう道すがら、ファストフード店やスーパーに立ち寄って買い物を済ませる。その頃には和彦は、背後をついてきているという車の存在がさほど気にならなくなっていた。
 ビルに入った途端、ようやくささやかな開放感が訪れる。中嶋が携帯電話で、第二遊撃隊の誰かに現在地を告げているのを聞きながら、和彦はエントランスの外へと目を向ける。少なくとも、中の様子をうかがう人影は見えなかった。
「大丈夫ですよ、先生。行きましょうか」
 中嶋に呼ばれ、一緒にエレベーターに乗り込む。
「ここに来たことで、あとから君が総和会から何か言われたりしないか?」
 なんとなく不安になって尋ねると、中嶋は気遣わしげに軽く眉根を寄せた。

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