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第31話
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書き損じた便箋を破りながら守光が問いかけてくる。なんとなく部屋を出ていくタイミングを失った和彦は、守光の斜め後ろに正座する。
「ええ、つい今しがた、ぼくから電話をしました」
「仲睦まじくて、微笑ましいことだ」
さりげなく守光から言われた言葉に、十秒ほどの間を置いて和彦は顔を熱くする。
「いえっ……、来週まで会長のお側にいることを、報告しただけですから……」
振り返った守光が薄い笑みを浮かべている。翻弄されているなと、和彦は苦笑で返す。
「それでは、ぼくは客間に戻ります。何かありましたら、遠慮なくお呼びください」
「ありがとう」
和彦が立ち上がったとき、守光が文箱に道具を仕舞って蓋をする。その文箱は、木目の美しいシンプルなデザインのものだった。中に収まっているものも、まさに手紙を書くために必要なものだけだ。
ふいに胸の奥で湧き起こった妖しいうねりを、和彦は必死に抑え込む。守光がちらりと意味ありげな視線を向けてきた。
「あんたは、手紙はよく書くほうかね?」
突然の守光からの問いかけに面喰いながらも、和彦はぎこちなく首を横に振る。
「いえ……。大半の用事は、電話かメールで済ませる癖がついて、改まって文章を書く機会はほとんどなくなってしまいました」
「少しずつ、書く習慣をつけていくといい。あんたの存在は、長嶺組だけではなく、総和会にとっても特別になる。そのうちあんたの名で、人や組織に対して、挨拶状や礼状を出す機会もあるだろう。……ふむ。あんたに似合う花を選んで、透かし入りの便箋を作らせるというのも、風情があるかもな」
「……もしかして、会長がお使いになっている便箋は……」
「総和会の代紋が透かしで入っている――と言いたいところだが、牡丹の花だ」
見てみるかねと問われ、頷く。立ち上がった守光が飾り棚に歩み寄る。
「まとめて作らせてあるから、一冊あんたにあげよう。それで思いつくまま書いてみるといい」
「ぼくにはもったいないです……」
守光に手招きされ、和彦も飾り棚に近づく。守光が扉の一つを開けた。中にあったのは、漆塗りの文箱だった。上品で美しい作りからは想像もつかないが、中に収まっているのは、和彦を淫らに攻めるための〈オモチャ〉だ。
この文箱がどこに仕舞われているのか、実は和彦は今この瞬間まで知らなかった。守光は、和彦が快感で朦朧としている間に、どこからともなく持ち出していたからだ。その文箱を、南郷は客間に持ち込み、そして、ここに仕舞ったことになる。
甘い眩暈が和彦を襲い、よろめく。すかさず守光に肩を抱かれて支えられた。
「大丈夫か、先生?」
賢吾によく似た太く艶のある声で囁かれ、和彦はすがるように間近にある守光の顔を見つめる。何も言わずとも和彦の求めがわかったように、守光の顔がさらに近づき、唇が重なった。静かに唇を吸い合い、緩やかに舌を絡ませる。動揺するほどの情欲の高まりを、守光の口づけに鎮めてもらっていた。
重ねたときと同様に、静かに唇を離す。吐息に紛れ込ませるように守光が言った。
「――オモチャ遊びは楽しかったかね」
返事の代わりに和彦は、震えを帯びた吐息を洩らした。
「ええ、つい今しがた、ぼくから電話をしました」
「仲睦まじくて、微笑ましいことだ」
さりげなく守光から言われた言葉に、十秒ほどの間を置いて和彦は顔を熱くする。
「いえっ……、来週まで会長のお側にいることを、報告しただけですから……」
振り返った守光が薄い笑みを浮かべている。翻弄されているなと、和彦は苦笑で返す。
「それでは、ぼくは客間に戻ります。何かありましたら、遠慮なくお呼びください」
「ありがとう」
和彦が立ち上がったとき、守光が文箱に道具を仕舞って蓋をする。その文箱は、木目の美しいシンプルなデザインのものだった。中に収まっているものも、まさに手紙を書くために必要なものだけだ。
ふいに胸の奥で湧き起こった妖しいうねりを、和彦は必死に抑え込む。守光がちらりと意味ありげな視線を向けてきた。
「あんたは、手紙はよく書くほうかね?」
突然の守光からの問いかけに面喰いながらも、和彦はぎこちなく首を横に振る。
「いえ……。大半の用事は、電話かメールで済ませる癖がついて、改まって文章を書く機会はほとんどなくなってしまいました」
「少しずつ、書く習慣をつけていくといい。あんたの存在は、長嶺組だけではなく、総和会にとっても特別になる。そのうちあんたの名で、人や組織に対して、挨拶状や礼状を出す機会もあるだろう。……ふむ。あんたに似合う花を選んで、透かし入りの便箋を作らせるというのも、風情があるかもな」
「……もしかして、会長がお使いになっている便箋は……」
「総和会の代紋が透かしで入っている――と言いたいところだが、牡丹の花だ」
見てみるかねと問われ、頷く。立ち上がった守光が飾り棚に歩み寄る。
「まとめて作らせてあるから、一冊あんたにあげよう。それで思いつくまま書いてみるといい」
「ぼくにはもったいないです……」
守光に手招きされ、和彦も飾り棚に近づく。守光が扉の一つを開けた。中にあったのは、漆塗りの文箱だった。上品で美しい作りからは想像もつかないが、中に収まっているのは、和彦を淫らに攻めるための〈オモチャ〉だ。
この文箱がどこに仕舞われているのか、実は和彦は今この瞬間まで知らなかった。守光は、和彦が快感で朦朧としている間に、どこからともなく持ち出していたからだ。その文箱を、南郷は客間に持ち込み、そして、ここに仕舞ったことになる。
甘い眩暈が和彦を襲い、よろめく。すかさず守光に肩を抱かれて支えられた。
「大丈夫か、先生?」
賢吾によく似た太く艶のある声で囁かれ、和彦はすがるように間近にある守光の顔を見つめる。何も言わずとも和彦の求めがわかったように、守光の顔がさらに近づき、唇が重なった。静かに唇を吸い合い、緩やかに舌を絡ませる。動揺するほどの情欲の高まりを、守光の口づけに鎮めてもらっていた。
重ねたときと同様に、静かに唇を離す。吐息に紛れ込ませるように守光が言った。
「――オモチャ遊びは楽しかったかね」
返事の代わりに和彦は、震えを帯びた吐息を洩らした。
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