血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
725 / 1,258
第31話

(17)

しおりを挟む
 これまで、室内にいても、まるで自らの存在を消しているかのように振る舞っていた吾川が、ここにきて突然、和彦と言葉を交わすようになったのは、やはり理由があるのだろう。当然、総和会本部内を案内すると申し出てきたことも。
〈あれ〉のせいだろうか、と和彦は心の中で呟く。
 守光のオンナであることは、あくまで和彦と守光の私的な繋がりだ。いままでは、この理屈が優先されていた。だが現在、総和会出資によるクリニック経営を和彦に任せたいという話が持ち上がっている。これを引き受ければ、和彦は総和会という組織とも堅固に繋がる。総和会会長という絶対的な存在の後ろ盾を得たうえで、確たる肩書きを持つのだ。
 総和会に属する男たちは、嫌でも和彦を値踏みすることになるはずだ。組織内の力のピラミッドの中で、和彦はどこに位置することになるか。そのうえで、どう接し、扱えばいいのかと。
 地下についてエレベーターを降りると、いつだったか千尋が言っていた通り、ジムもプールもあった。本格的なスポーツジムとまではいかないが、それでも、十分に体を動かせる広さがあり、マシーンも種類が揃っている。実際、トレーニングルームでは、Tシャツ姿で体を動かしている男たちの姿がある。
 普通のスポーツジムと違うのは、Tシャツから伸びた腕に、堂々と刺青が彫られている点だろう。刺青を見たぐらいでは、すでに驚かなくなっている自分に、和彦は密かに苦笑を洩らす。
「今はどこの施設も厳しいですからね。体に墨を入れていると。肌を晒して思う存分体を動かせる場所は限られます」
 和彦が視線を向ける先に気づいたのか、吾川が抑えた声で言う。
「ここは、二十四時間いつでも使えます。先生もご自由にお使いください」
「……ありがとうございます」
 吾川の言葉に、和彦はある予言めいたものを感じ取っていた。深読みと呼べる類のものかもしれないが、ただ、確信はあるのだ。
 水飛沫が上がっているプールに漫然と視線を向けていると、傍らに立った吾川がさりげなく腕時計を見る。そして、こう切り出した。
「そろそろ夕食をご用意しましょうか」
「えっ、ああ、はい……」
 吾川に促されて四階に戻った和彦は、守光の住居のドアを開けて驚く。部屋を出たときにはなかった三足の靴が並んでいた。
 慌てて部屋に上がると、普段、守光の護衛を務めている男たちの姿があった。和彦の姿を見て頷き、守光の部屋を手で示される。中を覗き込むと、すでに床が延べられており、傍らには、すでに着替えを済ませた守光が立っていた。平素と変わらない姿にほっとしていると、守光がこちらに気づき、薄い笑みを向けてくる。
「心配をかけたな、先生」
「いえ……。お疲れになったでしょう」
「たっぷり老人扱いされたおかげで、むしろ、ゆっくりさせてもらった。ただ、性分だろうな。ああいう時間の過ごし方は、一日で飽きる」
 守光はすぐに横になる気はないようで、上着を羽織ると、和彦を伴ってダイニングへと移動する。イスに腰掛けると、一人の男から大判の封筒を手渡された。
「これは……」
「血液検査の結果だ。それ以外の検査の結果は、来週聞きに行くことになっている。心電図検査のほうは、特に異常はなかったが、しばらく様子を見て何かあるようなら、今度はカテーテルを入れることになるだろう」
 和彦は封筒から検査結果を取り出し、目を通す。日々多忙に過ごし、人と会うことも多く、外食や飲酒を避けられない生活を送る守光だが、血液検査の数値を見る限り、特に問題はないようだった。
「ストレスや過労が原因ではないかと言われたよ」
 守光の言葉に、和彦は顔を上げる。
「そうだとしても、こればかりはわしの努力で減らせるものでもない。ひたすら耐えて、慣れるだけだ」
「……過酷、ですね」
「わしは、そういう家に生まれついたから、人より順応性はあるだろうし、覚悟もできている。人によっては、あんたの生活のほうが過酷だと言うだろうな」
「ぼくは――」
 話しかけた和彦だが、あとの言葉が続かなかった。そんな和彦を見つめながら、守光は目を細めた。優しい表情にも見えるが、目には鋭い光が浮かんでいるようにも見える。
 昨夜から今朝にかけて、この空間で自分と南郷とのあった出来事を、すべて見透かされているように思えた。しかし、守光自身は何もうかがわせない。
「さあ、夕飯にしよう」
 そう提案され、和彦はぎこちなく頷いた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

結婚したくない王女は一夜限りの相手を求めて彷徨ったら熊男に国を挙げて捜索された

狭山雪菜
恋愛
フウモ王国の第三王女のミネルヴァは、側室だった母の教えの政略結婚なら拒絶をとの言葉に大人しく生きていた 成人を迎える20歳の時、国王から隣国の王子との縁談が決まったと言われ人物像に反発し、結婚を無くすために策を練った ある日、お忍びで町で買い物をしていると、熊男に体当たりされその行く先々に彼が現れた 酒場で話していると、お互い惹かれ合っている事に気が付き……… この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

影の王宮

朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。 ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。 幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。 両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。 だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。 タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。 すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。 一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。 メインになるのは親世代かと。 ※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。 苦手な方はご自衛ください。 ※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

処理中です...