血と束縛と

北川とも

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第30話

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 ファミリーレストランで、三田村と向かい合って朝食をとるというのも、なんだか妙な感じだった。
 パンを一口かじった和彦は、何げなく視線を上げてドキリとする。三田村が、フォークを持ったまま、じっとこちらを見つめていたからだ。
 優しい眼差しだった。柔らかな感情のすべてを傾けて、和彦を包み込もうとしているような、そんな眼差しだ。
 慌しい空気に満ちている店内にあって、自分たちがついているテーブルだけ、異質な空気が漂っているのではないかと、少し和彦は心配になってくる。
 いつもなら、周囲の様子に気を配るのは三田村の役目のような気がするが、今朝ばかりは様子が違う。
「……そんなに眺めるほど、ぼくは変わってないだろ。寝不足で、目の下に隈ができているぐらいだ」
 さすがに気恥ずかしくなってきて、ぼそぼそと和彦が洩らすと、三田村はわずかに目を丸くしたあと、口元に苦笑を湛えた。
「正直、先生が落ち込んでいるかもしれないと、ずっと心配していたんだ。しかも、クリニックも休まないと聞かされて、驚いた。先生のことだから、周囲の人間に迷惑をかけまいと、無理をしているんじゃないか」
「無理か……」
 パンを置いた和彦は、ふっと息を吐き出す。
 今朝は、早い時間に賢吾と一緒に総和会本部を出て、自宅マンションに寄ってもらった。ゆっくりする間もなく出勤の準備をする傍ら、三田村に連絡を取ったのだ。本当は、声を聞くだけで満足するつもりだったのだが、三田村のほうから、朝食を一緒にとらないかと誘ってくれ、今のこの状況だ。
「無理ならしている。肉体的にも精神的にも疲れているから、本当なら今日一日ぐらい、部屋でゆっくり過ごしてもよかったのかもしれない。だけど、そう思う以上に――ぼくの日常を取り戻したかったんだ。自分は、実家の事情に引きずられたりしないと強がりたい……、と言ってもいいのかな」
「先生は、タフだ」
 そう呟いた三田村の口調は、苦々しさに満ちていた。和彦の無理を窘めたい気持ちがある一方で、和彦の気持ちも汲み取っている、三田村の誠実さが滲み出ているようだ。
「……今はまだ、感情が麻痺しているんだろうな。苦行のようだった兄さんとの対面を終えて、だけど何も片付いてない自分の状況とか、ぼくだけの問題じゃない事情とか、複雑すぎて思考が追いつかない。隠れ家で一人で過ごしながら、あれこれ考えてはみたけど、現実味が伴わないというか、実感が湧かなくて……」
 さらに、長嶺の男二人のやり取りを見ていて、それぞれの事情がぶつかり合い、とてつもない嵐を巻き起こしたりはしないだろうかと、危惧も抱いている。
 ただ、和彦自身が処理できる問題など、ほんの些細なものだ。もしかすると、こちらの世界に身を置き、男たちに守られている限り、何もできないかもしれない。
 和彦は、テーブルの上に置かれた三田村の片手をぼんやりと見つめる。人目がなければ、すぐにでもその手を握り締めて、三田村のぬくもりを感じたかった。今朝まで賢吾の体温に包まれていながら、こう考えてしまう自分は、度し難いほど欲深いと和彦は思う。
「先生?」
 ハスキーな声で呼ばれて我に返る。和彦は反射的に三田村に笑いかけた。
「また、あんたに会えてよかった。ただ兄さんと会って話をするだけだとわかってはいても、もしかすると連れ去られていたかもしれないんだ。……本当に、よかった」
「それは俺の台詞だ、先生。無事だと報告は受けていたけど、先生から直接連絡をもらって、ようやく実感できた。戻ってきてくれたんだと」
 まるで砂が水を吸い込むように、三田村の優しさが心に染み込んでくる。もっと三田村と話していたいが、あまり時間はなかった。
 和彦は腕時計でちらりと時間を確認して、ため息を洩らす。そんな和彦に対して、三田村はこう提案してくれた。
「今朝は俺が、先生をクリニックまで送っていきたいんだが――、かまわないか?」
「若頭補佐の運転で出勤なんて、贅沢だな」
 和彦の冗談に、三田村は照れたようにちらりと笑みをこぼした。




「――うん、バタバタしていて、連絡が遅くなってごめん」
 話しながら和彦は、座椅子の背もたれに体を預ける。電話の向こうに里見がいると思うと、気持ちがざわつく。後ろめたさと、電話越しでも伝わってくる空気の心地よさと、それらを容易に上回ってしまう緊張と。
 里見の隣で、英俊が耳を澄ませていないとは言えない。里見の穏やかな声はいつもと変わらず、何かを感じさせるものではないが、和彦としてはどうしても慎重になってしまう。
『簡潔にだけど、英俊くんから話は聞いたよ。激しいやり取りがあったのだろうとは思ったけど、君の緊張した口ぶりを聞いていると、やっぱり、といったところかな』

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