血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
632 / 1,258
第28話

(3)

しおりを挟む
「そうだったな。俺は先生から堅気の生活を奪った。挙げ句が、長嶺の男三人の〈オンナ〉という立場……いや、役目を押し付けている。とっくに腹を刺されていても、不思議じゃない。なのに、こうして俺がピンピンしているのは――どうしてだ?」
 賢吾に顔を覗き込まれ、和彦はスッと視線を逸らす。長嶺の男は、いつも和彦から欲しい答えをもぎ取ろうとするのだ。
 低く喉を鳴らして笑った賢吾の指に、あごの下をくすぐられる。
「先生は俺にとって、大事で可愛い、特別なオンナだ。逃がさないために、何重にも鎖を巻きつけて、この世界に留めておきたくなる。先生にどれだけつらい思いをさせようがな」
「まだ……、そこまで、つらい思いはしていない。それどころか、ひどく甘やかされているようだ」
「甘い地獄だ。品がよくて優しい一方で、したたかで多淫な先生は、繊細だ。壊さないように大事にしながら、抜け出せないよう深い場所にまで引きずり込む」
「……ぼくがそこまで堕ちたら、本性を見せるんだろ」
「もう見せているとは、考えないのか?」
 返事に詰まった和彦の反応をおもしろがるように、賢吾は目元を和らげ、そして、額に唇を押し当ててきた。
 暴発寸前だった怒りが消えてなくなっていくようで、そんな自分の現金さに和彦はうろたえ、視線をさまよわせる。
「――ぼくの機嫌を取っているつもりなのか?」
 こめかみに唇を這わせる賢吾の息遣いが笑った。
「取ってほしいか?」
 カッとした和彦は賢吾の肩を押し上げようとしたが、簡単にあしらわれ、強引に唇を塞がれる。喉の奥から呻き声を洩らした和彦は、なんとか賢吾の顔を押しのけようとするが、反対にがっちりと頭を押さえ込まれていた。
 食らいつくような勢いで唇を吸われたかと思うと、熱い舌を口腔深くまでねじ込まれ、犯される。あまりの口づけの激しさに息苦しくなり、必死に身を捩ろうとするが、覆い被さっている体はびくともしない。
 このまま窒息させられるのではないかと、本気で怯え、動揺した和彦の抵抗をすべて受け止めながら、賢吾は口づけを続ける。
 ようやく一度唇が離されたとき、意識が朦朧とした和彦はぐったりとしていた。傲慢で憎たらしい男を睨みつける気力もなく、とにかく空気を体内に取り込むことを優先する。
「……死ぬかと、思った……」
 ようやく恨みがましい一言を洩らすと、賢吾はバリトンの魅力を最大限に発揮して、耳元でこう囁いてきた。
「口づけで殺す、か」
 声による鼓膜への愛撫に、和彦の全身に甘い震えが走る。この一言で、賢吾のすべてを受け入れてしまいそうな危惧を覚え、必死に強がる。
「何、キザなことを言ってるんだっ……」
「一瞬本気で、実行しようかと考えた。……が、俺は先生の憎まれ口が、たまらなく好きなんでな。それが聞けなくなるのは、死ぬほどつらい」
 冗談とも本気とも取れる賢吾の言葉は、非常に甘美だ。そのうえで唇の端を優しく吸われ、悔しいが和彦は、降参するしかなかった。
「ぼくの機嫌を取るのは簡単だと、心の中で笑ってるだろ」
「まさか。傷つけないよう、神経を逆撫でしないよう、細心の注意を払っている。俺にここまで気をつかわせるのは、お前だけだ。――その分、しっかりと見返りはもらうがな」
 舌先でちろりと唇を舐められて、和彦は小さく喘ぐ。おずおずと自ら舌を差し出し、賢吾の口腔に招き入れられる。きつく舌を吸われたあと、味わうように何度も歯を立てられ、甘噛みされる。そのたびに狂おしい肉欲が沸き起こり、和彦は熱い吐息をこぼしていたが、それすら、賢吾に貪られていた。
「――ありえないとわかってはいるが、先生が俺のもとに帰ってこないんじゃないかと、少しだけ考えた」
 甘やかすような口づけの合間に賢吾に囁かれる。和彦は間近にある男の顔をまじまじと凝視してから、憎まれ口で応じた。
「いつ、あんたのもとが、ぼくの帰る場所になるんだ」
「おう、いつもの調子が出てきたな、先生」
 からかわれ、ついきつい眼差しを向けた和彦だが、思いがけず優しい表情で見つめ返され、毒気を抜かれた。急に照れくさくなり、ふいっと視線を逸らす。すると、賢吾の唇が目元に押し当てられた。
「俺から、欲しい返事を聞き出そうとしているだろ?」
 そう囁かれた瞬間、全身が燃え上がりそうなほど熱くなる。いつも長嶺の男たちに対して、和彦が心の中で思っていることを、よりによって賢吾にズバリと言われたからだ。そして、賢吾の言う通りだったからだ。
「可愛いな、先生。それに、性質の悪いオンナだ。そうやって、まだ俺を骨抜きにしようとする」
「違っ――」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

結婚したくない王女は一夜限りの相手を求めて彷徨ったら熊男に国を挙げて捜索された

狭山雪菜
恋愛
フウモ王国の第三王女のミネルヴァは、側室だった母の教えの政略結婚なら拒絶をとの言葉に大人しく生きていた 成人を迎える20歳の時、国王から隣国の王子との縁談が決まったと言われ人物像に反発し、結婚を無くすために策を練った ある日、お忍びで町で買い物をしていると、熊男に体当たりされその行く先々に彼が現れた 酒場で話していると、お互い惹かれ合っている事に気が付き……… この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

影の王宮

朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。 ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。 幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。 両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。 だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。 タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。 すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。 一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。 メインになるのは親世代かと。 ※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。 苦手な方はご自衛ください。 ※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

処理中です...