血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
618 / 1,262
第27話

(15)

しおりを挟む
 短い問いかけが、鋭い刃となって喉元に突きつけられる。不安とも恐怖とも取れる感情に襲われ、鳥肌が立っていた。和彦は無意識のうちにジャケットの上から腕をさする。
「心細そうだな、先生。目の前にいる今のあんたは、実に普通に見える。普通の、優しげで非力な色男だ。ヤクザの怖い男たちを何人も手玉に取って、骨抜きにしているとは、到底思えない。だが、力のある男の傍らにいるあんたを見ると、納得させられるんだ。妙に妖しさが引き立つ。男だからこその色気ってやつだな」
「……そろそろ本題に入ってください」
 ここで南郷が組んでいた足を解き、ソファに座り直した。
「――この間、長嶺組長に呼ばれて、二人きりでメシを食った。ちょうど連休中で、あんたは総和会の別荘にいた頃だ」
「賢……、組長と?」
 危うく『賢吾』と口にしそうになった和彦に気づいたのだろう。南郷はちらりと視線を動かしたあと、何事もなかったように話を続ける。
「俺と長嶺組長は、外野からはとかくあれこれと言われがちだ。俺が会長に可愛がられているということで、長嶺組長は、南郷の存在をおもしろくないと感じているんじゃないか、とかな。一方の俺も、会長の実子ということで、当然のように何もかもを持っている長嶺組長を妬んでいる――」
 和彦は慎重に問いかけた。
「本当のところは、どうなんですか」
「ズバリと聞くなんて、肝が太いな、先生。俺にとっちゃ、デリケートな話題だというのに」
「聞いてほしいから、言ったんじゃないんですか」
 南郷の目がこのとき一瞬、鋭い光を宿したように見えたのは、決して気のせいではないだろう。怯みそうになった和彦だが、必死の虚勢で南郷の目を見つめ続ける。
 南郷は、薄い笑みを唇の端に刻む。真意の掴めない表情だと和彦は思った。
「俺は、長嶺組長にそんな生々しい感情は持っていない。あの人も、そこのところはよくわかっている。あえて言葉にしなくても、互いにそれを汲み取るぐらいはできる」
 和彦は相槌すら打たず黙り込むが、南郷は勝手に和彦の心の内を読んでいた。和彦の顔を覗き込む仕草をして、こう言ったのだ。
「そんなことを言って、本当はどうだかわからない、と思っているな」
「……そんなこと……」
「まあ、追及はやめておこう。誰だって、腹の底には何かしら抱えているものだ。それを暴かれるのは気分がよくない」
 ここで二人は一旦沈黙する。和彦は、南郷が何を思ってここに自分を呼び出したのか、真意が読めない以上、迂闊に会話の続きを促せないのだ。
 音楽の流れていないカラオケルームは、なまじ防音がしっかりしているせいか、静けさを認識しやすい。ソファに座り直す微かな気配すら意識してしまいそうで、和彦は不自然に体を強張らせていた。対照的に南郷は悠然としたもので、スマートフォンを取り出して操作し始めた。
 武骨そうに見える指が器用に動く様に、少しの間だけ見入ってしまった和彦だが、我に返ると、思いきって南郷に話しかける。
「結局、ぼくをここに呼んだ理由はなんですか。話す気がないなら、ぼくはこれで帰ります」
「俺のオンナに悪さをした奴がいる――と、長嶺組長が話していた。……命知らずな奴がいると思わないか、先生?」
 和彦は愕然として、南郷を見つめる。南郷が何を言っているか、すぐには理解できなかったのだ。もしかすると、理解したくなかったのかもしれない。
 賢吾と南郷が向き合い、食事をしながら、〈オンナ〉のことを話している姿を想像して、寒気がした。まさに、さきほど南郷が言った言葉だ。
『あえて言葉にしなくても、互いにそれを汲み取るぐらいはできる』
 長嶺組と総和会、それぞれの看板を背負った男たちが言葉を放つことで、それは言質となりうる重みを持ち、揉め事の火種となるかもしれない。だから、言葉にせずに、汲み取るのだ。
 もしかして南郷は、自分にもそうするよう求めているのだろうか。
 和彦の脳裏に、ふとそんな考えが過ぎったが、南郷は言葉以上に明確な意思表示を寄越した。操作していたスマートフォンを、テーブルの上を滑らせて和彦に寄越したのだ。
 目を丸くした和彦に対して、南郷があごを軽くしゃくる。それが、スマートフォンを見てみろという意味だと解釈し、和彦はおそるおそる画面を見てみる。何かの動画が再生されていた。
 その動画がなんであるか理解した瞬間、危うく和彦は気を失いそうになった。
「これは――……」
 絞り出した声は震えを帯びていた。
 顔に布をかけられた人物がマットの上に横たわっていた。トレーナーはたくし上げられており、腰から下は映ってはいないが、下肢は何も身につけていないことを和彦は知っている。映像に映っているのは、和彦自身だからだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

ニューハーフ極道ZERO

フロイライン
BL
イケイケの若手ヤクザ松山亮輔は、ヘタを打ってニューハーフにされてしまう。 激変する環境の中、苦労しながらも再び極道としてのし上がっていこうとするのだが‥

人権終了少年性奴隷 媚薬処女姦通

オロテンH太郎
BL
息子への劣情を抑えきれなくなった父親は、金にものを言わせて幼い少年を性奴隷にするのだった。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...