595 / 1,267
第26話
(23)
しおりを挟む男三人が、静かな別荘地で何をして過ごすか――。
密かに和彦は、この問題をどうするべきなのかと心配していたのだが、意外なほどあっさりと解決した。主に、中嶋の働きによって。
垂らしていた糸がピンと張り詰め、両手でしっかりと持った釣り竿がしなる。和彦は半ば反射的に、隣で同じく釣り糸を垂らしている中嶋を見る。
「先生、魚がかかるたびに、そう動揺しないでください。適当にリールを巻いて、魚の引きが弱ったら、釣り上げるだけです」
「適当ってなんだっ……。その適当の加減がわからないんだ」
和彦が反論する間にも、掛かった魚が激しく暴れる。慣れない手つきで慌ててリールを巻き、竿を立てようと奮闘していると、背後で苦しげな息遣いが聞こえてきた。振り返ると、顔を伏せた三田村が肩を震わせている。
「三田村、笑っているんなら、交代してくれ」
「ダメですよ、先生。掛かった魚は、責任を持って本人が釣り上げないと」
和彦はじろりと、横目で中嶋を見る。言っていることはもっともだが、明らかに中嶋も笑っている。
「……ぼくがオロオロしているのを見て、二人とも楽しんでいるだろ」
「普段マイペースの先生が、おっかなびっくりで釣りをしている姿が、なんだか可愛くて。つい、からかってしまうんです。三田村さんも同じ気持ちですよね?」
中嶋に問われ、三田村は曖昧な返事をする。さらに言い合うのも大人げないので、まずは掛かった魚を釣り上げることに専念する。初心者ながら、さきほどから意外に釣果は悪くないのだ。
やや物騒な理由から、総和会が所有する別荘で連休を過ごすことになったが、別に和彦個人が狙われているわけではなく、身を隠しておく必要はない。賢吾からも、護衛をつけておく限り、自由にしていいと言われている。
では、自由に何をするか、という話題になったとき、朝食の後片付けを終えた中嶋が、別荘近くの湖で釣りをしないかと提案してきたのだ。道具一式は揃っており、冷蔵庫には餌になりそうなものものが入っていると言われれば、断る理由はなかった。
「先生は、いままで釣りをしたことはないんですか?」
和彦は苦労してクーラーボックスに魚を入れると、針に新たな餌をつける。
「釣り堀での釣りなら、昔一度だけしたことがある。ぼくは釣り糸を垂らすだけで、あとは全部人任せだったけど」
「先生らしい」
「……絶対、そう言われると思ったんだ」
ここまでずっと見ているだけだった三田村に、休憩すると言って釣り竿を押し付ける。一瞬、困ったような表情を見せたが、受け取ってくれた。
和彦は二人から離れると、桟橋の先まで行ってみる。湖の向こう側にはキャンプ場などがあるらしく、遠目にも、カラフルなテントが並んでいるのが見える。それに、いくつものボートが湖に浮かんでいた。冬にここを訪れたときは静かなものだったが、連休中は観光地としてにぎわっているようだ。
ただ、別荘から近いこちら側は、車が通り抜けられる道ではないため、和彦たちが独占しているようなものだ。
楽しくキャンプをしたり、ボートに乗っている人たちも、まさかここでヤクザ二人と、ヤクザの組長のオンナが、のんびりと釣りをしているとは思わないだろう。和彦自身、変な感じがするぐらいだ。
もちろん、楽しんでいるのだが――。
和彦は、釣り糸を垂らしている三田村に視線を向ける。さすがに、釣りをするのにスーツはないと考えたのだろう。今日は薄手のニットという軽装だ。おかげで、引き締まった体躯のラインがよく見て取れた。
ラフな服装で釣りをしている三田村の姿が見られただけでも、ここを訪れた価値はあったといえる。和彦は知らず知らずのうちに唇を緩めていた。
三田村の釣り竿がしなっているのを見て、慌てて二人の元に戻る。和彦が心配するまでもなく、三田村はさっさと魚を釣り上げて針から外した。
「……初心者じゃないのか、三田村……」
思わず和彦が声をかけると、なぜか三田村は申し訳なさそうな顔をする。
「何年も前だが、うちの若頭が釣りに熱中している時期があって、よく俺も連れて行ってもらってたんだ。隣でぼうっと見ているなと言われて、それでまあ、俺も竿を振るように……」
「本当に、意外な特技を持ってるな」
和彦が感心している間にも、中嶋が新たに魚を釣り上げて、クーラーボックスに入れる。
「心配してたんですが、今の調子なら、夕飯にはみんなで腹いっぱい、魚を堪能できますよ。あっさりと塩焼きもいいし、ムニエルも美味しそうですね。あっ、ホイル焼きもできますよ」
32
お気に入りに追加
1,359
あなたにおすすめの小説
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる