血と束縛と

北川とも

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第26話

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 玄関のドアが閉まる音を聞いて、一気に緊張が緩む。和彦は安堵の吐息を洩らすと、次に鷹津を睨みつけた。
「南郷を挑発してどうするんだ」
「俺が相手をしなかったら、あいつはネチネチとお前に絡み続けたぞ」
「だからといって――……」
 鷹津と長嶺組は、反目しつつも利用し合うという関係を築いているが、だからといって同じ手法が他の組織に通じるとは限らない。特に、手駒が多いであろう総和会には。南郷のあの余裕は、たかが一介の刑事など恐れていないという自信の表れだ。だからこそ、その南郷を挑発したあとのことを考えると、和彦は空恐ろしくなるのだ。
 和彦の側にやってきた鷹津が顔を覗き込んでくる。揶揄するようにこう声をかけてきた。
「なんだ。俺の心配をしてくれてるのか?」
「……あんたを狂犬だと、よく言ったものだと感心していたんだ。誰彼かまわず噛みつく」
 鷹津が左手で頬に触れてこようとしたので、その手を邪険に振り払う。すかさずその手を握り締められた。
「――やけにあの男と会話が弾んでいたな」
 思いがけない鷹津の発言に、和彦は眼差し同様、刺々しい声を発する。
「それは、皮肉で言っているのか?」
「いや、本気で言っている。俺の知らないところで、南郷と何かあったみたいだな。傍で聞いていて、ムカついた」
 南郷との間に、『何か』は確かにあった。だが、口には出せない。理由の一つは単純で、盗聴器を通して、長嶺組の男たちに知られるからだ。その男たちは、賢吾に隠し事は絶対にしない。すべて、報告される。
 そして今、和彦の目の前にいるのは、蛇蝎の片割れである、鷹津だ。
 すでに複数の男たちと同時に関係を持っている身でありながら、いまさら体に触れられたぐらい、と鷹津に言われたくなかった。事実ではあるが、きっと自分は屈辱感に苛まれると、和彦には予測できる。
 さらに、鷹津が南郷への敵意を募らせる状況を恐れてもいた。
 揉め事を恐れて二人を部屋に上げたのだが、予想以上に険悪さが増した状況に、和彦は後悔を噛み締める。南郷が気を悪くしようが、迂闊に花束など受け取るべきではなかったのだ。
 深々とため息をついた和彦はさりげなく、鷹津に握られたままの手を抜き取った。
「あんたも早く帰ってくれ。お互い、もう用はないだろ」
「冷たいな。用済みの犬は、手を振って追い払おうってわけか」
「さっきあんたは、自分で言ってただろ。番犬だ、って。――怖い〈獣〉をあんたは追い払った。だから、番犬としての今夜の仕事は終わりだ」
 和彦のこの物言いを、意外なことに鷹津は気に入ったらしい。南郷との対峙で宿っていた両目の険が、この瞬間、ふっと消えた。
「お前、あの男が嫌いだろ」
 あっさりと鷹津に指摘され、南郷に対する態度の素っ気なさを自覚している和彦は、肯定も否定もしない。しかし、鷹津には十分だったようだ。ニヤリと笑ったあと、今度は和彦の首の後ろに左手をかけてきた。
「感謝しろよ。俺がいなかったら、人を食いそうな熊みたいな男に絡まれて、お前一人で対処しなきゃならなかったんだ。総和会の人間ともなると、長嶺組の護衛じゃ追い払えなかったはずだ」
「……恩着せがましい」
「ああ。だが、感謝する価値はあるだろ」
 当然の権利だと言わんばかりに鷹津が顔を近づけてきて、有無を言わせず唇を塞がれた。和彦は低く呻いて頭を振ろうとしたが、後ろ髪を乱暴に引っ張られて、強引に顔を上向かされる。捻じ込むようにして口腔に熱い舌が侵入してきた。
 鷹津の傲慢さに一瞬腹が立ち、舌に歯を立てようとした和彦だが、気配を察したように一度唇が離される。荒い息遣いが唇に触れ、誘われたように視線を上げる。射竦めるように見つめてくる鷹津と目が合い、心臓の鼓動が大きく跳ねた。
 再び唇が重なる。今度は痛いほどきつく唇を吸われ、鷹津の情熱に煽られたように、和彦も口づけに応じる。唇を吸い合い、舌先で相手をまさぐり、やや性急に絡める。それだけでは我慢できない鷹津は、舌で和彦の口腔を犯すようにまさぐり、唾液を流し込んでくる。和彦は、従順に受け止めていた。
 長い口づけに少しは満足したのか、ようやく唇を離した鷹津はおとなしく帰る気になったようだ。
「――迂闊に玄関のドアを開けるなよ。どんな物騒な〈獣〉が入り込んでくるか、わからんからな」
 鷹津の忠告に、和彦は濡れた唇を手の甲で拭って応じる。
「言われなくても」
「ああ。お前をここに押し込んでいる奴も、〈獣〉だったな」

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