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第25話
(25)
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無茶をして痛い目を見るのは、鷹津だ。そう思いもしたのだが、ふと和彦の脳裏に、店で秦から聞かされた話が蘇る。この瞬間、なぜか和彦はうろたえ、ちらりと視線を上げる。
いつもオールバックにしている鷹津の癖のある髪が、少し乱れていることに気づいた。
和彦は乱闘を見ることはなかったが、それでも、男たちの殺気立った様子や、店の惨状を目の当たりにして、想像力を働かせるぐらいはできた。そして、鷹津のこの怪我だ。
秦から聞いた話を胸の内に仕舞ったままにはできず、和彦は自分から切り出した。
「――……あんた、ぼくを助けたらしいな」
鷹津は一瞬真顔となったあと、ニヤリと笑う。
「そういう言い方をされると、仮に違ったとしても、そうだ、と答えるしかないな」
「秦から聞いたんだ。ぼくが座っていたソファに男が突っ込んでこようとして、あんたが庇ってくれたと。この傷、そのときに負ったんだろう」
「俺が側にいて、お前に怪我させるわけにはいかん。長嶺にどれだけ胸糞の悪い嫌味を言われるかわからんしな」
「そんなこと――」
「切りつけられたとき、咄嗟にこう思ったんだ。この傷は、お前に高く売りつけられる、ってな」
一瞬にして和彦の顔は熱くなる。そんな反応を知られたくなくて鷹津を睨みつけるが、見せつけるような舌なめずりで返された。そのうえ、傷口を縫合している最中だというのに、鷹津の左手に膝を撫でられた。
「怪我をしたから、セックスもダメとか言うなよ。傷口が開こうが、俺は今夜、お前をおとなしく帰すつもりはないからな」
いっそのこと処置室を飛び出してしまいたかったが、傷はまだ半分しか縫えていない。和彦を守るために、鷹津が負った傷だ。
「……あんたは、頭がおかしい」
率直に和彦が洩らすと、鷹津は楽しげに喉を鳴らす。
「そんな男を番犬に飼ってるんだ。大変だな、お前も」
「あんたが言うな」
鷹津に急かされながら、なんとか縫合を終えると、ガーゼを当ててしっかりと包帯を巻く。すぐに和彦は立ち上がると、ナイロン袋に交換用の包帯にガーゼ、痛み止めを詰め込み、鷹津に押し付ける。
「消毒薬は、薬局に売っているのを買ってくれ」
そう言い置いて、半ば逃げるように処置室を出ようとしたが、素早く鷹津に腕を掴まれて引き戻される。耳元で、掠れた声で囁かれた。
「――焦らすな。早く抱かせろ」
長嶺組の組員が頭を下げ、ドアの向こうに消える。すぐに鷹津はドアに鍵をかけ、しっかりとチェーンもかけた。一応、誰かに踏み込まれることを警戒しているらしい。
頬の熱さを意識しながら和彦は、久しぶりに足を踏み入れた鷹津の部屋をさりげなく見回す。相変わらず、散らかってはいるのだが、生活臭の乏しい部屋だった。寝に帰り、着替えるだけといった感じで、彩りといったものが一切欠けている。
鷹津はダイニングテーブルの上に、ナイロン袋の中身を出す。クリニックで和彦が持たせたものだけではなく、ここに向かう途中に薬局で買い求めた消毒薬もある。
「抜糸まで、自分でしっかりと消毒して、ガーゼを取り替えてくれ。とにかく清潔に――」
和彦が説明をしている途中で、鷹津は隣の部屋に入って電気をつける。そして、和彦に向けて傲慢に言い放った。
「こっちに来いよ、佐伯」
和彦は唇を引き結び、十秒ほどその場に立ち尽くしていたが、部屋を出て行くという選択肢はない。和彦のために〈番犬〉が働いたのだから、〈餌〉を与えなくてはならないのだ。
覚悟を決めて鷹津の元に行くと、いきなり手荒く頬を撫でられる。
「……本当に焦らされたな。前回の餌ももらってないんだから、俺が満足するまで、しっかりとつき合ってもらうからな。――長嶺にも文句は言わせない」
その賢吾には、これから鷹津の部屋に行くと、車中でメールを送っただけだ。一体何があったかは、和彦が長々とメールするまでもなく、組員が直接説明するだろう。
あごを持ち上げられ、ゆっくりと鷹津の顔が近づいてくる。和彦は視線を逸らすことなく、まっすぐ鷹津を見つめる。
クリニックで鷹津の傷口を縫合しながら気づいていたが、普段であればドロドロとした感情の澱が透けて見える目は、今は滾るような欲情を湛えてギラギラとしていた。いつでも和彦に襲いかかれるように。
番犬のくせに、と心の中で呟いた和彦は、鷹津と唇を重ねる。
「んっ……」
いきなり痛いほど唇を吸われると、強引に口腔に舌が押し込まれた。和彦に聞かせるように露骨に濡れた音を立てて、執拗に唇と舌を吸ってくる。最初はされるがままになっていた和彦だが、鷹津の欲望に感化されたように胸の奥がざわつき、じっとしていられなくなる。
いつもオールバックにしている鷹津の癖のある髪が、少し乱れていることに気づいた。
和彦は乱闘を見ることはなかったが、それでも、男たちの殺気立った様子や、店の惨状を目の当たりにして、想像力を働かせるぐらいはできた。そして、鷹津のこの怪我だ。
秦から聞いた話を胸の内に仕舞ったままにはできず、和彦は自分から切り出した。
「――……あんた、ぼくを助けたらしいな」
鷹津は一瞬真顔となったあと、ニヤリと笑う。
「そういう言い方をされると、仮に違ったとしても、そうだ、と答えるしかないな」
「秦から聞いたんだ。ぼくが座っていたソファに男が突っ込んでこようとして、あんたが庇ってくれたと。この傷、そのときに負ったんだろう」
「俺が側にいて、お前に怪我させるわけにはいかん。長嶺にどれだけ胸糞の悪い嫌味を言われるかわからんしな」
「そんなこと――」
「切りつけられたとき、咄嗟にこう思ったんだ。この傷は、お前に高く売りつけられる、ってな」
一瞬にして和彦の顔は熱くなる。そんな反応を知られたくなくて鷹津を睨みつけるが、見せつけるような舌なめずりで返された。そのうえ、傷口を縫合している最中だというのに、鷹津の左手に膝を撫でられた。
「怪我をしたから、セックスもダメとか言うなよ。傷口が開こうが、俺は今夜、お前をおとなしく帰すつもりはないからな」
いっそのこと処置室を飛び出してしまいたかったが、傷はまだ半分しか縫えていない。和彦を守るために、鷹津が負った傷だ。
「……あんたは、頭がおかしい」
率直に和彦が洩らすと、鷹津は楽しげに喉を鳴らす。
「そんな男を番犬に飼ってるんだ。大変だな、お前も」
「あんたが言うな」
鷹津に急かされながら、なんとか縫合を終えると、ガーゼを当ててしっかりと包帯を巻く。すぐに和彦は立ち上がると、ナイロン袋に交換用の包帯にガーゼ、痛み止めを詰め込み、鷹津に押し付ける。
「消毒薬は、薬局に売っているのを買ってくれ」
そう言い置いて、半ば逃げるように処置室を出ようとしたが、素早く鷹津に腕を掴まれて引き戻される。耳元で、掠れた声で囁かれた。
「――焦らすな。早く抱かせろ」
長嶺組の組員が頭を下げ、ドアの向こうに消える。すぐに鷹津はドアに鍵をかけ、しっかりとチェーンもかけた。一応、誰かに踏み込まれることを警戒しているらしい。
頬の熱さを意識しながら和彦は、久しぶりに足を踏み入れた鷹津の部屋をさりげなく見回す。相変わらず、散らかってはいるのだが、生活臭の乏しい部屋だった。寝に帰り、着替えるだけといった感じで、彩りといったものが一切欠けている。
鷹津はダイニングテーブルの上に、ナイロン袋の中身を出す。クリニックで和彦が持たせたものだけではなく、ここに向かう途中に薬局で買い求めた消毒薬もある。
「抜糸まで、自分でしっかりと消毒して、ガーゼを取り替えてくれ。とにかく清潔に――」
和彦が説明をしている途中で、鷹津は隣の部屋に入って電気をつける。そして、和彦に向けて傲慢に言い放った。
「こっちに来いよ、佐伯」
和彦は唇を引き結び、十秒ほどその場に立ち尽くしていたが、部屋を出て行くという選択肢はない。和彦のために〈番犬〉が働いたのだから、〈餌〉を与えなくてはならないのだ。
覚悟を決めて鷹津の元に行くと、いきなり手荒く頬を撫でられる。
「……本当に焦らされたな。前回の餌ももらってないんだから、俺が満足するまで、しっかりとつき合ってもらうからな。――長嶺にも文句は言わせない」
その賢吾には、これから鷹津の部屋に行くと、車中でメールを送っただけだ。一体何があったかは、和彦が長々とメールするまでもなく、組員が直接説明するだろう。
あごを持ち上げられ、ゆっくりと鷹津の顔が近づいてくる。和彦は視線を逸らすことなく、まっすぐ鷹津を見つめる。
クリニックで鷹津の傷口を縫合しながら気づいていたが、普段であればドロドロとした感情の澱が透けて見える目は、今は滾るような欲情を湛えてギラギラとしていた。いつでも和彦に襲いかかれるように。
番犬のくせに、と心の中で呟いた和彦は、鷹津と唇を重ねる。
「んっ……」
いきなり痛いほど唇を吸われると、強引に口腔に舌が押し込まれた。和彦に聞かせるように露骨に濡れた音を立てて、執拗に唇と舌を吸ってくる。最初はされるがままになっていた和彦だが、鷹津の欲望に感化されたように胸の奥がざわつき、じっとしていられなくなる。
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