血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
513 / 1,258
第23話

(24)

しおりを挟む
 しかし今日は、花見会に出席してほんの数時間ほどしか経っていないというのに、一気に情報に触れすぎたようだ。それに人にも酔った。少し頭がぼうっとしている。
 縁台に腰掛けた和彦は池を眺めながら、ペットボトルに口をつける。午後に入ってから気温が上がってきて、雲一つない晴天ということもあり汗が滲む。冷たい水が喉を通る感触が心地よく思えるほどだ。
 守光に許可を得て、一人で庭を散策できる時間ができて助かった。人前で無様な姿を晒しては、和彦一人が恥をかくならともかく、守光の顔に泥を塗るところだった。
 短く息を吐くと、頭上を仰ぎ見る。釣殿を意識したものらしい池の辺にあるこの建物は、風通しがいいよう周囲を吹き放ちにしており、屋根は四本の柱で支えられている。おかげで陽射しは遮られ、休憩をするにはうってつけの場所だ。
 何よりありがたいのは、人が来ないということだ。
 すっかり気を抜いた和彦が手すりに腕をかけようとしたとき、砂利を踏む音が耳に届く。反射的に振り返ると、賢吾が立っていた。
「どうして――」
 思わず和彦が洩らすと、陽射しを避けるように賢吾も屋根の下に入ってくる。周囲をぐるりと見回してから、当然のように和彦の隣に腰掛けた。
「こんなところに一人でいると、怖い男にかどわかされるぞ、先生」
「あんたみたいな男が、他にいるわけないだろっ……」
 ムキになって言い返すと、賢吾がニヤリと笑う。その顔を見て、胸の奥がじわりと熱くなる。素直には認めたくないが、賢吾の声を聞いて安心したのだ。ずっと守光の側にいたため、今日賢吾と会話を交わしたのは、これが初めてだった。
「少しの間、様子を見ていたが、オヤジの毒気にあてられたような顔をしていたな」
「……悪趣味だな」
「何を吹き込まれたのかと、考えていたんだ」
 実は賢吾は、自分と守光の会話をどこかで聞いていたのではないかと、ありえないことを一瞬本気で和彦は考えてしまう。
 警戒心を露わにした和彦の反応に満足したように、賢吾は目を細める。
「オヤジはやけに、先生に執心だ。息子と孫が骨抜きになっている色男を、物珍しがっているだけなのかと、最初は思っていたんだがな……。あれは確かに、執心だ。オヤジが、先生の父親と面識があったと聞いてから、妙に引っかかるものがあるんだ」
「引っかかるって……?」
「縁、というやつだな。千尋と先生が出会う遥かに昔に、オヤジが佐伯家と結んでいた。これを因縁というのかもしれない。偶然の一言で片付けるのは簡単だが、どういうわけだか長嶺の男は、先生と相性がいい。オヤジが執心するのも無理はない。なんとしても先生を――特別な縁を、繋ぎとめておこうとするだろう」
 賢吾の艶のあるバリトンは、いつになく凄みを帯びていた。首筋を冷たいもので撫でられたようで、和彦は大きく身震いする。それに気づいた賢吾の手が肩にかかった。
「冷えたか、先生」
「……違う。あんたの放つ毒気にあてられそうになったんだ」
「俺が毒気? だったら大蛇の毒だな。ちなみに九尾の狐は、死んだあとに大きな石に姿を変えて、毒気を放ち続けたらしいぞ」
「そのうちぼくは、長嶺の男の毒で弱っていくかもな」
 苦々しく和彦が洩らすと、失礼なことに賢吾は鼻先で笑った。
「そんなタマじゃねーだろ、先生は。貪欲に毒すら呑み込んで、オンナっぷりを上げるんだ」
 野外だというのに、かまわず賢吾が片手を伸ばしてきて、和彦の頬を撫でてくる。慌てて手を押しのけようとしたが、向けられる熱っぽい眼差しに、まるで大蛇の毒が回ったように体が動かなくなる。
「――堂々としていたぞ。あの総和会会長の隣にいて臆した様子もなかった。会長お気に入りの医者、という触れ込みにはなっていたが、先生を目にして信じた奴はいねーだろうな。総和会のバッジを胸につけた澄まし顔の色男ということで、薄々とながら事情を察する。あれが、総和会会長の〈オンナ〉か、とな。どうやって抱いているのかと、想像する奴もいただろうな」
「そんな悪趣味な人間が、何人もいるなんて思いたくない……」
 賢吾の指先に耳朶を弄られ、微かな疼きが背筋を這い上がってくる。
「だったら俺は、その悪趣味な人間の一人だな」
 和彦をからかっているようでいて、賢吾の言葉の端々からうかがえるのは、実に人間らしい感情だ。それとも自分のうぬぼれなのかと、和彦が内心で戸惑っている間も、賢吾の指先はまるで愛撫するように動き、うなじをまさぐってくる。
 引き寄せられるまま賢吾との距離を縮めようとしたとき、和彦の視界に、小道から姿を現した南郷の姿が飛び込んでくる。驚いて目を見開くと、賢吾が鋭い表情となり、ゆっくりと振り返った。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

結婚したくない王女は一夜限りの相手を求めて彷徨ったら熊男に国を挙げて捜索された

狭山雪菜
恋愛
フウモ王国の第三王女のミネルヴァは、側室だった母の教えの政略結婚なら拒絶をとの言葉に大人しく生きていた 成人を迎える20歳の時、国王から隣国の王子との縁談が決まったと言われ人物像に反発し、結婚を無くすために策を練った ある日、お忍びで町で買い物をしていると、熊男に体当たりされその行く先々に彼が現れた 酒場で話していると、お互い惹かれ合っている事に気が付き……… この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

【R18】両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が性魔法の自習をする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 「両想いでいつもいちゃいちゃしてる幼馴染の勇者と魔王が初めてのエッチをする話」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/575414884/episode/3378453 の続きです。 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

影の王宮

朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。 ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。 幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。 両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。 だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。 タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。 すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。 一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。 メインになるのは親世代かと。 ※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。 苦手な方はご自衛ください。 ※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>

義兄に告白されて、承諾したらトロ甘な生活が待ってました。

アタナシア
恋愛
母の再婚をきっかけにできたイケメンで完璧な義兄、海斗。ひょんなことから、そんな海斗に告白をされる真名。 捨てられた子犬みたいな目で告白されたら断れないじゃん・・・!! 承諾してしまった真名に 「ーいいの・・・?ー ほんとに?ありがとう真名。大事にするね、ずっと・・・♡」熱い眼差を向けられて、そのままーーーー・・・♡。

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

処理中です...