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第20話
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そんなことを漫然と考えているうちに、車はある雑居ビルの前に停まる。夜に差しかかろうとしている時間帯の繁華街はにぎわっており、人通りも多い。そんな中、行き交う人たちとは明らかに異質な空気を放つスーツ姿の男が、素早く車に歩み寄ってきた。それが総和会の出迎えの人間だとわかり、和彦はシートベルトを外す。
降りる準備をしながら、ここで今日は別れることになる運転手の組員に、さきほどデパートで買い込んだものをマンションの部屋に運ぶよう頼んでおく。
車を降りると、一礼した男に周囲から庇うようにしてビルの中へと案内される。やけに入り組んだビル内を歩き、狭い通路の奥まった場所に、年齢もばらばらの数人の男が立っていた。特別服装が崩れているというわけでもないのに、一目で筋者とわかる。持っている空気が、とにかく鋭い。
賢吾と出かけたときに、さんざんこういった光景を目にしているが、やはり総和会会長ともなると、警護の厳重さが違う。
会釈した男たちの向こうに重々しい扉があり、総和会会長がいることを物語っていた。
扉が開けられ、促されるまま中に足を踏み入れた和彦は、妙齢の着物姿の女性に出迎えられた。わけがわからないままコートを預け、席へと案内される。
当然だが、クラブは貸切となっていた。テーブルのいくつかは埋まっているが、それはすべて総和会の人間だろう。落ち着いた雰囲気の中、会話を楽しんでいる様子はあるが、やはり何かが違う。
緊張するあまり、息苦しさすら覚えた和彦が喉元に手をやったとき、ある男と目が合った。南郷だ。
テーブルの一角に二人の男たちと陣取り、何事か話し込んでいる様子だったが、和彦を見るなりのっそりと立ち上がり、頭を下げた。無視するわけにはいかず、テーブルの側を通るとき和彦も会釈をする。
そしてやっと、和彦を招いた本人と対面が叶う。
「――よく来てくれた、先生」
ソファに腰掛けたノーネクタイで寛いだ姿の守光が、笑いかけてくる。和彦もぎこちないながらも笑みを浮かべて挨拶をする。すると、守光と同じテーブルについていた男が立ち上がり、和彦に着席を促した。恭しい手つきで示されたのは、守光の隣の席だ。
何も考えられず、求められるままに行動する。この状況で和彦ができることは、それしかなかった。
「わしの誘いはいつも突然だと思っているだろう?」
守光に話しかけられて、我に返る。不躾なほど守光の顔を見つめてから、和彦は率直に答えてしまった。
「……よく、似ていると思います。賢吾さんと、千尋と……」
「長嶺の男に振り回され慣れた、という口ぶりだ」
そういうわけでは、と小さな声で言い訳をしている間に、テーブルにオードブルが運ばれてくる。わざわざ和彦のために頼んでくれたようだ。
「夕飯はまだだろう。寿司ももうすぐ運ばれてくるから、飲む前に腹に入れておくといい」
和彦が返事をする前に、皿を手にした守光があれこれと取り分けてくれる。総和会会長にこんなことをさせてしまい、何より周囲の視線が気になる。しかし男たちは、意識したように誰もこちらを見ていなかった。和彦を萎縮させないようにと、配慮しているようだ。守光と同じテーブルについていた男も、いつの間にか隣のテーブルに移っていた。
「緊張しなくていい。あんたは、わしが招いた客だ。好きなように飲み食いして、寛いでくれ」
守光から皿と箸を手渡される。受け取りはしたものの和彦は、自分が空腹なのかどうかすら、すでにわからなくなっていた。ただ、守光以外の視線を気にしなくていいというのは、正直ありがたい。
「いただきます」
最初は、食べているものの味を認識することすらできなかったが、ときおり守光に話しかけられ、それに受け答えしているうちに、少しずつ場の空気に慣れていく。
喉の渇きを水割りで潤してから、やっと和彦は大事なことを思い出した。
「――……ぼくの誕生日を気にかけていただいて、ありがとうございました」
そう礼を述べると、守光は唇を緩める。目鼻立ちは千尋と似通った部分があるが、笑い方はどことなく賢吾を思わせる。口元が賢吾に似ているせいもあるだろうが、守光の笑い方に、賢吾が影響を受けたというべきかもしれない。
「あんたのような人に、何を贈ったらいいのかわからなくてね。それで、我々が世話になっている感謝の証として、バッジを贈らせてもらった。あんな小さなものでも、この世界ではそれなりの効力はある。あんたを脅かす者がいれば、総和会の敵と見なす。そんな意味を込めたお守りだ」
「ぼくには、そこまでしていただく価値なんて……」
降りる準備をしながら、ここで今日は別れることになる運転手の組員に、さきほどデパートで買い込んだものをマンションの部屋に運ぶよう頼んでおく。
車を降りると、一礼した男に周囲から庇うようにしてビルの中へと案内される。やけに入り組んだビル内を歩き、狭い通路の奥まった場所に、年齢もばらばらの数人の男が立っていた。特別服装が崩れているというわけでもないのに、一目で筋者とわかる。持っている空気が、とにかく鋭い。
賢吾と出かけたときに、さんざんこういった光景を目にしているが、やはり総和会会長ともなると、警護の厳重さが違う。
会釈した男たちの向こうに重々しい扉があり、総和会会長がいることを物語っていた。
扉が開けられ、促されるまま中に足を踏み入れた和彦は、妙齢の着物姿の女性に出迎えられた。わけがわからないままコートを預け、席へと案内される。
当然だが、クラブは貸切となっていた。テーブルのいくつかは埋まっているが、それはすべて総和会の人間だろう。落ち着いた雰囲気の中、会話を楽しんでいる様子はあるが、やはり何かが違う。
緊張するあまり、息苦しさすら覚えた和彦が喉元に手をやったとき、ある男と目が合った。南郷だ。
テーブルの一角に二人の男たちと陣取り、何事か話し込んでいる様子だったが、和彦を見るなりのっそりと立ち上がり、頭を下げた。無視するわけにはいかず、テーブルの側を通るとき和彦も会釈をする。
そしてやっと、和彦を招いた本人と対面が叶う。
「――よく来てくれた、先生」
ソファに腰掛けたノーネクタイで寛いだ姿の守光が、笑いかけてくる。和彦もぎこちないながらも笑みを浮かべて挨拶をする。すると、守光と同じテーブルについていた男が立ち上がり、和彦に着席を促した。恭しい手つきで示されたのは、守光の隣の席だ。
何も考えられず、求められるままに行動する。この状況で和彦ができることは、それしかなかった。
「わしの誘いはいつも突然だと思っているだろう?」
守光に話しかけられて、我に返る。不躾なほど守光の顔を見つめてから、和彦は率直に答えてしまった。
「……よく、似ていると思います。賢吾さんと、千尋と……」
「長嶺の男に振り回され慣れた、という口ぶりだ」
そういうわけでは、と小さな声で言い訳をしている間に、テーブルにオードブルが運ばれてくる。わざわざ和彦のために頼んでくれたようだ。
「夕飯はまだだろう。寿司ももうすぐ運ばれてくるから、飲む前に腹に入れておくといい」
和彦が返事をする前に、皿を手にした守光があれこれと取り分けてくれる。総和会会長にこんなことをさせてしまい、何より周囲の視線が気になる。しかし男たちは、意識したように誰もこちらを見ていなかった。和彦を萎縮させないようにと、配慮しているようだ。守光と同じテーブルについていた男も、いつの間にか隣のテーブルに移っていた。
「緊張しなくていい。あんたは、わしが招いた客だ。好きなように飲み食いして、寛いでくれ」
守光から皿と箸を手渡される。受け取りはしたものの和彦は、自分が空腹なのかどうかすら、すでにわからなくなっていた。ただ、守光以外の視線を気にしなくていいというのは、正直ありがたい。
「いただきます」
最初は、食べているものの味を認識することすらできなかったが、ときおり守光に話しかけられ、それに受け答えしているうちに、少しずつ場の空気に慣れていく。
喉の渇きを水割りで潤してから、やっと和彦は大事なことを思い出した。
「――……ぼくの誕生日を気にかけていただいて、ありがとうございました」
そう礼を述べると、守光は唇を緩める。目鼻立ちは千尋と似通った部分があるが、笑い方はどことなく賢吾を思わせる。口元が賢吾に似ているせいもあるだろうが、守光の笑い方に、賢吾が影響を受けたというべきかもしれない。
「あんたのような人に、何を贈ったらいいのかわからなくてね。それで、我々が世話になっている感謝の証として、バッジを贈らせてもらった。あんな小さなものでも、この世界ではそれなりの効力はある。あんたを脅かす者がいれば、総和会の敵と見なす。そんな意味を込めたお守りだ」
「ぼくには、そこまでしていただく価値なんて……」
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