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第19話
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「お前も、そうしてくれるからだ。無防備な体を、互いに預け合っている感じだ」
だからこうして目を閉じていても、安心していられる。こう思った瞬間、和彦の中をある感覚が駆け抜けた。反射的に目を開くと、千尋に顔を覗き込まれていた。
「先生?」
「……なんでもない」
千尋の頭を抱き寄せて、和彦はもう一度目を閉じる。それが合図のように、千尋がゆっくりと律動を始める。
「あっ、あっ、あぁっ――」
千尋にきつくしがみつき、しなやかな体の感触だけでなく、内奥を行き来する熱い欲望の感触も堪能する。これ以上なくしっかりと繋がっているのだという感覚が、たまらなく気持ちいい。
そう実感すればするほど、さきほどの感覚が無視できないほど存在感を増していく。
身震いしたくなるような強い疼きが、背筋を這い上がっていた。内奥に押し入る欲望を強く締め付け、千尋を呻かせる。
耳元で繰り返される激しい息遣いを聞きながら、和彦はあの夜のことを――守光の自宅に泊まったときに起こった出来事を思い返す。
顔を薄い布で覆われ、手首を緩く縛められて、長い時間をかけて〈誰か〉と繋がった感触は鮮烈だった。相手にしがみつけず、ただ、愛撫と欲望を与えられ、受け入れるしかないのだ。その行為に和彦は感じた。
何から何まで違う千尋との行為で、あの夜のことを思い出す理由は、ただ一つしかなかった。
千尋の動きに余裕がなくなり、内奥深くを抉るように突き上げられる。ある感覚を予期して、内奥の襞も粘膜も、淫らな肉もすでに歓喜していた。
「んあっ、はっ……、千尋、千尋っ……」
「……先、生」
疾駆していた獣が動きを止める。数瞬遅れて、和彦の内奥深くに熱い精が注ぎ込まれ、千尋の欲望が脈打ち、震える。それらを感じながら和彦は、恍惚とする。自覚もないまま、また絶頂に達していたのかもしれない。
長嶺の男の血を分け与えられているようだと感じるのは、理屈ではなく、感覚的なものだ。そして同じ感覚を、守光の自宅に泊まったときに感じた。
和彦だけでなく、千尋もまた、感じるものがあったのだろう。呼吸を落ち着かせてから、こう問いかけてきた。
「――先生、感じ方、変わった? なんかすごく、気持ちよさそうだった。それに俺も……怖くなるぐらい、気持ちよかった」
千尋の表現は正確だった。和彦の体は、長嶺の男を好んでいる。受け入れるたびに感覚はより研ぎ澄まされ、大きな悦びを生み出す。最初は千尋に、次に賢吾、そして――。
口を開く力も残っていない和彦は、甘えるように千尋に頬ずりし、目を閉じた。
眠り込んでいる千尋をベッドに残し、簡単にシャワーを浴びた和彦は書斎に入る。さすがにまだ眠るには早い時間で、ちょっとした仕事を片付けておこうと思ったのだ。
コーヒーの入ったカップを傍らに置き、クリニックに届いた郵便物を確認する。宛て名は、表向きの経営者になっているが、セミナーの案内の返信から、学会誌の取り寄せまで、すべて和彦が管理していた。クリニックを任せると言われた頃は、他人の名を自分が使うことに抵抗があったが、今ではすっかり慣れてしまった。
表の世界から姿を消すのと引き換えに、和彦はさまざまな経験を積み、技術を得ている。医者として人並みの向上心はあったつもりだが、今の環境は、望んだ以上のものを否応なく手に入れていた。
ただしそれは、美容外科というより、かつて目指していた救急外科の領域のものが多い。
淡々と手を動かしながら、つい考え込んでいると、前触れもなく声をかけられた。
「――先生」
いつの間にか、ドアの隙間から千尋が顔を覗かせていた。和彦が顔を綻ばせると、ほっとしたように千尋が大きくドアを開ける。
「入っていい?」
和彦が頷くと、しっかりスウェットの上下を着込んだ千尋が書斎に入ってきた。
「何してんの?」
「クリニック関係の書類を片付けていた。組に提出したり、会計士さんに直接渡したり、ぼくのほうで管理したり……いろいろだ。暇なときにしておかないと、すぐに溜まる」
「手伝おうか?」
「大丈夫。もうほとんど済んだから」
答えながら和彦は、肩にかけた上着を直す。すると千尋が背後から抱きついてきたので、クシャクシャと頭を撫でてやる。
「寝てていいんだぞ」
「先生と一緒にいるほうがいい」
「……はいはい」
書斎にいても千尋は退屈だろうと思ったが、和彦の予想とは違い、体を離した千尋はきょろきょろと室内を見回している。書斎に入ることは滅多にないので、珍しいようだ。
「ちょっと気になったんだけど――」
「なんだ」
だからこうして目を閉じていても、安心していられる。こう思った瞬間、和彦の中をある感覚が駆け抜けた。反射的に目を開くと、千尋に顔を覗き込まれていた。
「先生?」
「……なんでもない」
千尋の頭を抱き寄せて、和彦はもう一度目を閉じる。それが合図のように、千尋がゆっくりと律動を始める。
「あっ、あっ、あぁっ――」
千尋にきつくしがみつき、しなやかな体の感触だけでなく、内奥を行き来する熱い欲望の感触も堪能する。これ以上なくしっかりと繋がっているのだという感覚が、たまらなく気持ちいい。
そう実感すればするほど、さきほどの感覚が無視できないほど存在感を増していく。
身震いしたくなるような強い疼きが、背筋を這い上がっていた。内奥に押し入る欲望を強く締め付け、千尋を呻かせる。
耳元で繰り返される激しい息遣いを聞きながら、和彦はあの夜のことを――守光の自宅に泊まったときに起こった出来事を思い返す。
顔を薄い布で覆われ、手首を緩く縛められて、長い時間をかけて〈誰か〉と繋がった感触は鮮烈だった。相手にしがみつけず、ただ、愛撫と欲望を与えられ、受け入れるしかないのだ。その行為に和彦は感じた。
何から何まで違う千尋との行為で、あの夜のことを思い出す理由は、ただ一つしかなかった。
千尋の動きに余裕がなくなり、内奥深くを抉るように突き上げられる。ある感覚を予期して、内奥の襞も粘膜も、淫らな肉もすでに歓喜していた。
「んあっ、はっ……、千尋、千尋っ……」
「……先、生」
疾駆していた獣が動きを止める。数瞬遅れて、和彦の内奥深くに熱い精が注ぎ込まれ、千尋の欲望が脈打ち、震える。それらを感じながら和彦は、恍惚とする。自覚もないまま、また絶頂に達していたのかもしれない。
長嶺の男の血を分け与えられているようだと感じるのは、理屈ではなく、感覚的なものだ。そして同じ感覚を、守光の自宅に泊まったときに感じた。
和彦だけでなく、千尋もまた、感じるものがあったのだろう。呼吸を落ち着かせてから、こう問いかけてきた。
「――先生、感じ方、変わった? なんかすごく、気持ちよさそうだった。それに俺も……怖くなるぐらい、気持ちよかった」
千尋の表現は正確だった。和彦の体は、長嶺の男を好んでいる。受け入れるたびに感覚はより研ぎ澄まされ、大きな悦びを生み出す。最初は千尋に、次に賢吾、そして――。
口を開く力も残っていない和彦は、甘えるように千尋に頬ずりし、目を閉じた。
眠り込んでいる千尋をベッドに残し、簡単にシャワーを浴びた和彦は書斎に入る。さすがにまだ眠るには早い時間で、ちょっとした仕事を片付けておこうと思ったのだ。
コーヒーの入ったカップを傍らに置き、クリニックに届いた郵便物を確認する。宛て名は、表向きの経営者になっているが、セミナーの案内の返信から、学会誌の取り寄せまで、すべて和彦が管理していた。クリニックを任せると言われた頃は、他人の名を自分が使うことに抵抗があったが、今ではすっかり慣れてしまった。
表の世界から姿を消すのと引き換えに、和彦はさまざまな経験を積み、技術を得ている。医者として人並みの向上心はあったつもりだが、今の環境は、望んだ以上のものを否応なく手に入れていた。
ただしそれは、美容外科というより、かつて目指していた救急外科の領域のものが多い。
淡々と手を動かしながら、つい考え込んでいると、前触れもなく声をかけられた。
「――先生」
いつの間にか、ドアの隙間から千尋が顔を覗かせていた。和彦が顔を綻ばせると、ほっとしたように千尋が大きくドアを開ける。
「入っていい?」
和彦が頷くと、しっかりスウェットの上下を着込んだ千尋が書斎に入ってきた。
「何してんの?」
「クリニック関係の書類を片付けていた。組に提出したり、会計士さんに直接渡したり、ぼくのほうで管理したり……いろいろだ。暇なときにしておかないと、すぐに溜まる」
「手伝おうか?」
「大丈夫。もうほとんど済んだから」
答えながら和彦は、肩にかけた上着を直す。すると千尋が背後から抱きついてきたので、クシャクシャと頭を撫でてやる。
「寝てていいんだぞ」
「先生と一緒にいるほうがいい」
「……はいはい」
書斎にいても千尋は退屈だろうと思ったが、和彦の予想とは違い、体を離した千尋はきょろきょろと室内を見回している。書斎に入ることは滅多にないので、珍しいようだ。
「ちょっと気になったんだけど――」
「なんだ」
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