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第19話
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ゴルフに偏見はないが、そこにヤクザという単語が加わると、組員たちに見守られてコースを回る光景を想像してしまう。それでなくても、賢吾と出歩くときは警護が厳重なのだ。のんびりとゴルフを楽しむ姿が、和彦には思いつかない。
「……体を動かすだけなら、ジムで十分だ」
「そうは言うけど、そのうち先生も、接待ゴルフに招待されたりするから」
どこかおもしろがるような口調で千尋が言う。そんな千尋を、和彦はやや呆れた顔で見つめる。
「お前、なんだか楽しそうだな……」
「だって、先生と一緒にコースを回るところを想像したら、けっこういいなと思ってさー。本気で考えてよ。ゴルフ始めるの。それで暖かくなったら、俺とコース回ろう」
一人で騒いでまとわりつく千尋を相手しつつ、駐車場で待機している車に戻る。今日は最初から、千尋の買い物につき合ったあとは、自宅に戻ってゆっくり過ごすつもりだった。さすがに元気に出歩くには、寒すぎる。
しっかり暖められた車内に入った和彦は、ブルッと体を震わせる。そんな和彦を見て、隣に座った千尋が笑う。
「寒いなら、抱き締めてあげるけど」
子供のような笑顔とは裏腹に、邪なことを言った千尋の頬を、遠慮なくつねり上げてやった。
車が走り出してすぐに、千尋が和彦の手に触れてくる。羨ましいことに、どんなに寒くても千尋の手は温かい。冷たくなっている和彦の手に、じんわりと千尋の体温が沁み込んでいく。
「――先生、もうすぐ誕生日だよね」
自分の誕生日の話題が出た途端、和彦はつい身構えてしまう。澤村からの電話や、南郷からプレゼントを渡されたこともあり、どうしても愉快な気分にはなれないのだ。
「そうだが……、どうして知ってるんだ?」
「俺がカフェでバイトしてるとき、先生の歳聞いたら、ついでに教えてくれたんだ。俺、人の誕生日なんて興味ないんだけど、先生のだけはしっかり覚えてる」
こう言ってくれる千尋には申し訳ないが、正直、和彦の記憶は曖昧だ。千尋とは、世間話や他愛ないことまで、とにかくいろんなことを話しはしたが、そういった会話の内容を、覚えておくつもりはなかった。千尋との気楽で刺激的な関係を楽しむうえで、必要ないと思っていたのだ。
十歳年下の青年に、深入りする気は毛頭なかったはずなのに――。
無意識に苦い笑みを浮かべた和彦に気づかず、千尋は話し続ける。
「先生への誕生日プレゼントに、俺がゴルフ道具一式を贈るっていうのはどう? けっこう本気で、先生と一緒にゴルフをやりたいんだよ。俺たちって、共通で楽しむ趣味がないからさ、これを機会に……」
長嶺組の後継者というだけでなく、総和会会長の孫としても大事にされている青年が、共通の趣味を持ちたいと懸命に語りかけてくる姿は、いじらしいという一言に尽きた。
和彦は、千尋の髪を撫でてやる。
「誕生日に、高価なものをプレゼントしてもらうつもりはない。特に、お前からは。当日に、おめでとうの一言でも電話で言ってもらえたら十分だ」
「でも先生、俺の誕生日のときは、一緒に祝ってくれただろ」
「ぼくは、いつもと変わらず過ごさせてもらったほうがありがたい。それに、当日は仕事だしな」
千尋は不満そうに唇を尖らせはするものの、自分の意見を押し通そうとはしなかった。代わりに、というわけではないだろうが、甘えるように和彦の肩先に頭を擦りつけてきた。
「……ゴルフの件は、考えておく。別に、やりたくないわけじゃないんだ。ただ今は、クリニックのことに手一杯で、趣味に使える時間はほとんどない」
「じゃあ、暖かくなった頃は?」
「そうだな。初心者同士、こそこそとコースに出てみるか……」
パッと頭を上げた千尋は、目を輝かせている。あまりに現金すぎる反応に、清々しさすら覚える。
千尋の髪を撫でてやろうとして和彦は、ふとあることが気になり、さりげなく問いかけた。
「千尋、ぼくの誕生日のこと……、誰かに話したか?」
「ううん。俺だけで先生を祝いたかったから、誰にも話してない」
「……いい性格してるな、お前……」
和彦は顔をウィンドーのほうに向け、思考を巡らせる。
千尋の、ある意味可愛いともいえる企みは、すでに破綻している。和彦はもう、三田村や秦に自分の誕生日について話したし、南郷の動きからして、総和会も把握済みと考えるほうが自然だろう。
そして、何より無視できない男にも――。
「もしかして今、オヤジのこと考えてる?」
ふいに耳元で、ゾクリとするような囁きが吹き込まれる。ビクリと肩を震わせた和彦が振り返ると、強い輝きを放つ目が、心の奥まで穿つようにじっと見つめていた。
和彦は短く息を吐き出すと、手荒く千尋の頬を撫でる。
「……体を動かすだけなら、ジムで十分だ」
「そうは言うけど、そのうち先生も、接待ゴルフに招待されたりするから」
どこかおもしろがるような口調で千尋が言う。そんな千尋を、和彦はやや呆れた顔で見つめる。
「お前、なんだか楽しそうだな……」
「だって、先生と一緒にコースを回るところを想像したら、けっこういいなと思ってさー。本気で考えてよ。ゴルフ始めるの。それで暖かくなったら、俺とコース回ろう」
一人で騒いでまとわりつく千尋を相手しつつ、駐車場で待機している車に戻る。今日は最初から、千尋の買い物につき合ったあとは、自宅に戻ってゆっくり過ごすつもりだった。さすがに元気に出歩くには、寒すぎる。
しっかり暖められた車内に入った和彦は、ブルッと体を震わせる。そんな和彦を見て、隣に座った千尋が笑う。
「寒いなら、抱き締めてあげるけど」
子供のような笑顔とは裏腹に、邪なことを言った千尋の頬を、遠慮なくつねり上げてやった。
車が走り出してすぐに、千尋が和彦の手に触れてくる。羨ましいことに、どんなに寒くても千尋の手は温かい。冷たくなっている和彦の手に、じんわりと千尋の体温が沁み込んでいく。
「――先生、もうすぐ誕生日だよね」
自分の誕生日の話題が出た途端、和彦はつい身構えてしまう。澤村からの電話や、南郷からプレゼントを渡されたこともあり、どうしても愉快な気分にはなれないのだ。
「そうだが……、どうして知ってるんだ?」
「俺がカフェでバイトしてるとき、先生の歳聞いたら、ついでに教えてくれたんだ。俺、人の誕生日なんて興味ないんだけど、先生のだけはしっかり覚えてる」
こう言ってくれる千尋には申し訳ないが、正直、和彦の記憶は曖昧だ。千尋とは、世間話や他愛ないことまで、とにかくいろんなことを話しはしたが、そういった会話の内容を、覚えておくつもりはなかった。千尋との気楽で刺激的な関係を楽しむうえで、必要ないと思っていたのだ。
十歳年下の青年に、深入りする気は毛頭なかったはずなのに――。
無意識に苦い笑みを浮かべた和彦に気づかず、千尋は話し続ける。
「先生への誕生日プレゼントに、俺がゴルフ道具一式を贈るっていうのはどう? けっこう本気で、先生と一緒にゴルフをやりたいんだよ。俺たちって、共通で楽しむ趣味がないからさ、これを機会に……」
長嶺組の後継者というだけでなく、総和会会長の孫としても大事にされている青年が、共通の趣味を持ちたいと懸命に語りかけてくる姿は、いじらしいという一言に尽きた。
和彦は、千尋の髪を撫でてやる。
「誕生日に、高価なものをプレゼントしてもらうつもりはない。特に、お前からは。当日に、おめでとうの一言でも電話で言ってもらえたら十分だ」
「でも先生、俺の誕生日のときは、一緒に祝ってくれただろ」
「ぼくは、いつもと変わらず過ごさせてもらったほうがありがたい。それに、当日は仕事だしな」
千尋は不満そうに唇を尖らせはするものの、自分の意見を押し通そうとはしなかった。代わりに、というわけではないだろうが、甘えるように和彦の肩先に頭を擦りつけてきた。
「……ゴルフの件は、考えておく。別に、やりたくないわけじゃないんだ。ただ今は、クリニックのことに手一杯で、趣味に使える時間はほとんどない」
「じゃあ、暖かくなった頃は?」
「そうだな。初心者同士、こそこそとコースに出てみるか……」
パッと頭を上げた千尋は、目を輝かせている。あまりに現金すぎる反応に、清々しさすら覚える。
千尋の髪を撫でてやろうとして和彦は、ふとあることが気になり、さりげなく問いかけた。
「千尋、ぼくの誕生日のこと……、誰かに話したか?」
「ううん。俺だけで先生を祝いたかったから、誰にも話してない」
「……いい性格してるな、お前……」
和彦は顔をウィンドーのほうに向け、思考を巡らせる。
千尋の、ある意味可愛いともいえる企みは、すでに破綻している。和彦はもう、三田村や秦に自分の誕生日について話したし、南郷の動きからして、総和会も把握済みと考えるほうが自然だろう。
そして、何より無視できない男にも――。
「もしかして今、オヤジのこと考えてる?」
ふいに耳元で、ゾクリとするような囁きが吹き込まれる。ビクリと肩を震わせた和彦が振り返ると、強い輝きを放つ目が、心の奥まで穿つようにじっと見つめていた。
和彦は短く息を吐き出すと、手荒く千尋の頬を撫でる。
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