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第18話
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しおりを挟む総和会会長宅に泊まっているという緊張感からか、この夜の和彦はなかなか寝付けなかった。
何度目かの寝返りを打ち、視線はつい、吸い寄せられるように掛け軸へと向く。守光に妙なことを言われたから、というわけではないが、横になってからも、どうしても気になってしまうのだ。
障子を通して、微かな月明かりが入り込んでいるが、それも室内すべてを照らし出すほどではない。じっと目を凝らして、ぼんやりと浮かび上がる掛け軸をなんとか捉えることができるぐらいだ。
見つめ続けていると、艶かしい若武者に、目だけでなく、魂まで吸い寄せられそうな感覚に襲われる。どこか妖しさを帯びた感覚だ。
やはり千尋にこの部屋で寝てもらえばよかったかなと、少しだけ和彦は後悔する。
実は横になる前まで千尋はこの部屋にいて、いつもと変わらず和彦にじゃれつくどころか、隣に寝るつもりで布団を運び込む気だったのだ。守光の手前、さすがにそれは勘弁してくれと頼み、なんとか別室に引っ込んでもらった。
子供でもあるまいし、床の間に掛けられた掛け軸が気になるから、やはり隣で寝てほしいと、口が裂けても言えるはずがない。気にはなりつつも、和彦は一人でこの部屋で眠るしかなかった。
掛け軸の若武者が怖いわけではないと、心の中で呟く。むしろ怖いのは――。
体を横向きにした和彦の背後で、何かが動く気配がした。まるで影が這い寄るように静かに、大きな獣のような威圧感を放ちながら。
金縛りにあったように体が動かなくなった。本能的に、振り返ってはいけないと理解したのだ。
気のせいではない証拠に、布団と毛布がゆっくりと捲られ、浴衣に包まれた体がひんやりとした空気に撫でられる。恐怖と寒さ、そしてそれ以外の〈何か〉によって、一気に鳥肌が立った。だが、やはり体は動かない。
ふわりと頬に柔らかく滑らかな感触が触れたと思ったとき、和彦の視界は遮断された。薄い布が顔にかけられたのだ。そして肩を掴まれて、仰向けにされた。
混乱して取り乱すべきなのだろうが、真夜中の侵入者の静かな気配に完全に呑まれてしまい、指一本動かすことができない。そんな和彦を刺激しないよう、侵入者は悠然と、しかし慎重に覆い被さってきた。
布越しに、人影が動く様子は微かに見て取れるが、何をしようとしているかまではわからない。動揺から、浅く速い呼吸を繰り返している間に、両手首を掴まれて頭上で押さえつけられる。紐のようなものが手首に巻かれていくのを感じながら和彦は、もともと抵抗する気はなかったが、体から力を抜いた。
長嶺組の組員たちに拉致され、賢吾と引き合わされたときのことを思い出したが、あのときと決定的に違うのは、今、和彦に覆い被さっている相手は、和彦を力で押さえつけるつもりはないということだ。両手首を紐で拘束されはしたが、結び方が緩いのか、簡単に解けそうだ。
抵抗して逃げ出したければ、そうすればいい。相手の行為は、そう言っていた。
顔を左右に動かせば、布をずらして相手の顔を見ることも可能だ。どうするかは、和彦に選べというのだ。
浴衣の帯が解かれ、前を開かれる。躊躇なく下着も引き下ろされて脱がされた。和彦が動かないでいると、腹部から胸元にかけてひんやりとした指先が何度も這わされる。体つきを確かめているというより、自分の存在そのものを探っているような指の動きだと和彦は思った。
冷たく硬い感触のてのひらに肌を撫で回されているうちに、両足を広げられ、中心をまさぐられる。
「んうっ」
怯えている和彦の欲望が、柔らかく握り込まれる。さすがに大きく体を震わせて、無意識のうちに腰を浮かせていたが、両手を動かすところまではいかない。自分に覆い被さっている存在に触れるのが怖かった。何より、正体を知るのが怖かった。
欲望を握った手が緩やかに上下に動き始め、和彦は息を詰めて、与えられる感触に耐える。不快とか心地いいとか、そんなことを感じる余裕すらない。ただ、相手が望むままに体に触れさせるだけだ。
もう片方の手が再び胸元を撫でていたが、和彦のささやかな変化を知ったらしい。指先に胸の突起を探り当てられ、転がすように刺激される。硬く凝った突起は、今のところ和彦の体の中で一番敏感だ。強く指先で摘み上げられ、爪の先で弄られたとき、震える吐息をこぼしていた。
相手は、和彦の体に触れ、反応が返ってくることを楽しんでいるようだった。和彦の体は、そんな相手に無反応ではいられない。
時間をかけて緩やかに扱かれ続けている欲望は、相手のてのひらの中で次第に熱を帯び、おずおずと形を変え始めている。腰にじわりと広がっていく痺れるような感覚に、和彦は困惑する。それが、快感の前触れだとよく知っているからだ。
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