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第18話
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しおりを挟む〈あの男〉の人脈はバカにできないと、来週のクリニックの予約リストを眺めながら和彦は感心する。しばらくは閑古鳥が鳴くことを覚悟していたのだが、なかなかどうして、予約は順調に入っていた。
開業したばかりの、広告も出していない池田クリニックをどこで知ったのか、予約を入れる患者に尋ねると、大半は口を揃えてこう言う。知人の紹介で、と。
問題は、その『知人』が誰かということだ。
知人繋がりなら、クリニックの世話になりたいとまず和彦本人に連絡が入るのだが、それは組関係者の妻や娘であったり、さらに彼女たちからの紹介だったりするし、意外なところで、由香に勧められたというものもある。
だが、誰よりも池田クリニックの売上に貢献しているのは、間違いなく秦だ。
ホストクラブ経営という強みを活かし、美容相談を受けてみたらと女性客を唆しているらしく、何件もカウンセリング予約が入っている。カウンセリングといってもバカにはできず、池田クリニックは初回からしっかりと、カウンセリング名目でも料金を受け取っていた。
ちなみにさきほど、秦からの紹介で訪れた患者に対して、豊胸に関するカウンセリングを行ったばかりだ。
美容外科医が和彦一人しかいないため、大掛かりな手術ができない分、経営戦略は限られる。経営者としては、リスクを最小に抑えて利益を出さなくてはならない。
このクリニックを和彦に持たせてくれた男は、クリニック経営にあまり夢中になるなよと、笑いながら言っていたが――。
和彦は前髪に指を差し込みながら、天井を見上げる。すでにこのクリニックに愛着を持っているが、ときおりふと、ヤクザに望まれるままのママゴトをしているような、妙に空しい気持ちにもなるのだ。その空しさは、目を背けたい現実を和彦に突きつけてくる。
一方で、地味で手堅い利益を追い求めるクリニック経営者なりに、ささやかな喜びも味わえるのだ。
短く息を吐き出した和彦は、姿勢を戻す。労働に対するささやかな慰労として、コーヒーを飲みたくなった。実はさきほどから、スタッフの誰かが淹れたらしいコーヒーのいい香りが漂っている。
次の予約の時間までまだ少し余裕があるため、差し入れでもらったマカロンをついでに味見してみようと思いながら、腰を浮かせる。そのとき、デスクの引き出しに入れてある携帯電話が鳴った。
長嶺組の誰かだろうと見当をつけ、スタッフの姿が診察室にないことを確認してから電話に出る。
『――仕事中すまない。今、話して大丈夫かね?』
太く艶のある声を聞いた瞬間、賢吾かと思った和彦だが、すぐに口調が違うことに気づく。本能的に感じるものがあり、ゾクリと身震いしていた。
「は、い」
緊張と怯えで声が掠れる。すると、低い笑い声が耳に届いた。
『そう、緊張しないでくれ、先生。いくらわしでも、電話越しに取って食ったりしない』
「そんなことは……」
普通の人間が言えば単なる冗談だが、電話の向こうにいるのは総和会会長である長嶺守光だ。誰が言うより、重みと、底冷えするような怖さがある。お茶と食事をともにした程度では、緊張せずに会話を交わすのは不可能だった。
守光に気づかれないよう、慎重に深呼吸した和彦だが、すぐにまた息を詰めることになる。
『あんたを今晩、うちに呼びたいと思っている。もちろん長嶺の本宅ではなく、総和会会長宅のほうだ。総和会本部という言い方もあるが、まあ、あんたにとってはどちらでもいいだろう』
和彦は一度はイスに座り直そうとしたが、落ち着かなくて、結局立ち上がる。
「……どうして、ぼくを……?」
『総和会をひどく怖がっているあんたに、どういった組織なのか、少しでも知ってもらいたくてな。何より、わしに慣れてもらいたい。すでにもう、長嶺の身内となっているんだ。顔を合わせるたびに怯えられてはかなわん。――この先、長いつき合いになるんだ』
最後の言葉にだけ、わずかに力が込められる。診察室をうろうろと歩き回りながら和彦は、どう答えるべきなのか考える。
総和会は得体が知れないし、守光も掴み所がない。だからこそ怖いし、先日鷹津からされた、総和会に深入りするなという忠告が耳の奥に残っていた。
だが、総和会からの仕事を引き受けている限り、それは無理だろう。もっと上手い立ち回り方があるのかもしれないが、少なくとも和彦には考えつかない。それに、守光を怖いと感じてはいるが、嫌悪感を抱いているわけではない。ただ、存在感と肩書きに圧倒されるのだ。
ためらう和彦に苛立った様子もなく、それどころか余裕すら感じさせる口ぶりで守光は続ける。
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