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第18話
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「見たまま、怖いですよ。生粋のヤクザというやつです。冷たく歪に固まった鉄のよう――という表現がしっくりくるんです。遊撃隊なんてものを指揮しているぐらいですから、当然、頭は切れる。だからといって慎重というわけでもなく、必要とあれば、ブルドーザーみたいに強引に物事を進める。……不気味で、怖い人です」
「そして、総和会会長のお気に入り」
「会長の手足となって動く人間は、もちろんいます。ただ、第二遊撃隊の一部の人間しか関わらせないようにして、南郷さんは会長から秘密の仕事を請け負っているようです。そういう意味で、本当にお気に入り――信頼されているんでしょうね」
料亭での、守光と南郷の姿を思い返す。守光が普段、組員たちにどんな態度で接しているのかは知らないが、少なくとも、南郷に寄せる信頼を感じることはできた。南郷にしても、守光には長年世話になっているという口ぶりから、畏怖と尊敬以外に、親愛の情めいたものが滲み出ているようだった。
一方で、その守光の息子である賢吾を語るとき、南郷の口調は変化した。
あれは一体――。和彦は無意識に眉をひそめていたが、突然、眼前にグラスが突きつけられた。驚く和彦に、中嶋が首を傾げながら言う。
「これ、飲みませんか?」
「えっ、ああ、でも君の――」
「飲みすぎました。俺には半分残してくれればいいですよ」
いつの間にか、中嶋との距離が近くなっている。和彦が気づかないうちに、間を詰めてきたらしい。
部屋で二人きりになるとわかったときから、意識しないわけにはいかなかったが、こうも間近に中嶋の存在を感じると、もう、強く意識するしかない。
和彦が水割りを一口、二口と飲んだところで、さりげなく、しかし待ちかねていたようなタイミングで中嶋が問いかけてきた。
「で、南郷さんをたぶらかしたんですか?」
和彦は唇をへの字に曲げて、グラスを突き返す。そんな和彦の反応に、中嶋はニヤリと笑う。
「読めないなー。先生のその反応だと、何があったのか」
「……ぼくはどれだけ、誤解されてるんだ」
「周囲にいる人間のほうが、物事を正しく認識しているなんてことは、往々にしてあるものですよ。そもそも先生は、自分の存在がどんなものかあまり自覚がないから、性質が悪い。――先生にたぶらかされた一人である俺が言うんだから、重みがあるでしょう?」
和彦の手からグラスを受け取り、今度は中嶋が口をつける。
「君は本当に、遠慮がなくなったな……」
苦々しく洩らした和彦だが、ふと思い立ち、中嶋の顔を覗き込む。少し焦点の怪しくなった目を見て、やっとわかった。
「明日、仕事は休みなのか?」
「ええ。おかげで、しっかりと酔えます」
「というより、もう酔ってるだろ」
「動けなくなったら、このソファで休ませてもらいますから、お気遣いなく」
本当に遠慮がなくなったと、呆れるよりも、おかしくなってくる。一介の組員が宿泊したとなれば大事になるが、相手が中嶋であれば、賢吾も口うるさくは言わないだろう。なんといってもあの男は、和彦と中嶋の特殊な関係を把握している。
グラスを空けるのは中嶋に任せ、和彦はテーブルの上を片付け始める。
「俺がやりますよ」
さすがに中嶋が慌てた様子で腰を浮かせようとしたが、肩に手をかけ押し留めた。
「座っていろ。大した量じゃないから、すぐに済ませてくる」
和彦は、トレーに洗い物をのせる。キッチンに置いておけば、明日には組員が片付けてくれるだろうが、さすがにそこまで無精する気はなかった。
ひととおり洗い物を済ませ、キッチンを片付けてから、ミネラルウォーターのペットボトルを手にリビングに戻ると、中嶋はソファの背もたれにぐったりと体を預け、顔を仰向かせていた。
気分が悪くなったのだろうかと思い、和彦は中嶋に歩み寄って顔を覗き込んだが、目が合った途端、トロンとした笑みを向けられた。
「……君がここまで酔った姿を初めて見た」
ペットボトルを手渡しながら和彦が言うと、中嶋は緩く首を横に振る。
「酔ってませんよ。酔っているふりをしているんです」
「そういう屁理屈を言うところが、いかにも酔っ払いだ」
中嶋は短く声を上げて笑い、さっそくペットボトルに口をつけ、喉を鳴らす。何げなくその様子を見守っていた和彦だが、すぐに中嶋のある部分に目が釘付けとなる。さきほどまで隣に座っていたため気づかなかったが、ネクタイを取り、ワイシャツのボタンを二つ外しているため、中嶋の首の付け根が露になっている。そして、鮮やかな赤い痕も。
一瞬にして痕の意味を理解した和彦は、つい動揺してしまう。そんな和彦を見上げて中嶋は不思議そうな顔をしたが、すぐに小さく声を洩らして、首の付け根に指先を這わせた。
「そして、総和会会長のお気に入り」
「会長の手足となって動く人間は、もちろんいます。ただ、第二遊撃隊の一部の人間しか関わらせないようにして、南郷さんは会長から秘密の仕事を請け負っているようです。そういう意味で、本当にお気に入り――信頼されているんでしょうね」
料亭での、守光と南郷の姿を思い返す。守光が普段、組員たちにどんな態度で接しているのかは知らないが、少なくとも、南郷に寄せる信頼を感じることはできた。南郷にしても、守光には長年世話になっているという口ぶりから、畏怖と尊敬以外に、親愛の情めいたものが滲み出ているようだった。
一方で、その守光の息子である賢吾を語るとき、南郷の口調は変化した。
あれは一体――。和彦は無意識に眉をひそめていたが、突然、眼前にグラスが突きつけられた。驚く和彦に、中嶋が首を傾げながら言う。
「これ、飲みませんか?」
「えっ、ああ、でも君の――」
「飲みすぎました。俺には半分残してくれればいいですよ」
いつの間にか、中嶋との距離が近くなっている。和彦が気づかないうちに、間を詰めてきたらしい。
部屋で二人きりになるとわかったときから、意識しないわけにはいかなかったが、こうも間近に中嶋の存在を感じると、もう、強く意識するしかない。
和彦が水割りを一口、二口と飲んだところで、さりげなく、しかし待ちかねていたようなタイミングで中嶋が問いかけてきた。
「で、南郷さんをたぶらかしたんですか?」
和彦は唇をへの字に曲げて、グラスを突き返す。そんな和彦の反応に、中嶋はニヤリと笑う。
「読めないなー。先生のその反応だと、何があったのか」
「……ぼくはどれだけ、誤解されてるんだ」
「周囲にいる人間のほうが、物事を正しく認識しているなんてことは、往々にしてあるものですよ。そもそも先生は、自分の存在がどんなものかあまり自覚がないから、性質が悪い。――先生にたぶらかされた一人である俺が言うんだから、重みがあるでしょう?」
和彦の手からグラスを受け取り、今度は中嶋が口をつける。
「君は本当に、遠慮がなくなったな……」
苦々しく洩らした和彦だが、ふと思い立ち、中嶋の顔を覗き込む。少し焦点の怪しくなった目を見て、やっとわかった。
「明日、仕事は休みなのか?」
「ええ。おかげで、しっかりと酔えます」
「というより、もう酔ってるだろ」
「動けなくなったら、このソファで休ませてもらいますから、お気遣いなく」
本当に遠慮がなくなったと、呆れるよりも、おかしくなってくる。一介の組員が宿泊したとなれば大事になるが、相手が中嶋であれば、賢吾も口うるさくは言わないだろう。なんといってもあの男は、和彦と中嶋の特殊な関係を把握している。
グラスを空けるのは中嶋に任せ、和彦はテーブルの上を片付け始める。
「俺がやりますよ」
さすがに中嶋が慌てた様子で腰を浮かせようとしたが、肩に手をかけ押し留めた。
「座っていろ。大した量じゃないから、すぐに済ませてくる」
和彦は、トレーに洗い物をのせる。キッチンに置いておけば、明日には組員が片付けてくれるだろうが、さすがにそこまで無精する気はなかった。
ひととおり洗い物を済ませ、キッチンを片付けてから、ミネラルウォーターのペットボトルを手にリビングに戻ると、中嶋はソファの背もたれにぐったりと体を預け、顔を仰向かせていた。
気分が悪くなったのだろうかと思い、和彦は中嶋に歩み寄って顔を覗き込んだが、目が合った途端、トロンとした笑みを向けられた。
「……君がここまで酔った姿を初めて見た」
ペットボトルを手渡しながら和彦が言うと、中嶋は緩く首を横に振る。
「酔ってませんよ。酔っているふりをしているんです」
「そういう屁理屈を言うところが、いかにも酔っ払いだ」
中嶋は短く声を上げて笑い、さっそくペットボトルに口をつけ、喉を鳴らす。何げなくその様子を見守っていた和彦だが、すぐに中嶋のある部分に目が釘付けとなる。さきほどまで隣に座っていたため気づかなかったが、ネクタイを取り、ワイシャツのボタンを二つ外しているため、中嶋の首の付け根が露になっている。そして、鮮やかな赤い痕も。
一瞬にして痕の意味を理解した和彦は、つい動揺してしまう。そんな和彦を見上げて中嶋は不思議そうな顔をしたが、すぐに小さく声を洩らして、首の付け根に指先を這わせた。
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