血と束縛と

北川とも

文字の大きさ
上 下
335 / 1,262
第17話

(1)

しおりを挟む



 軽く肩を揺すられ、和彦はゆっくりと目を開く。なぜか、三田村に顔を覗き込まれていた。
「――こんなところで寝ていたら、湯冷めする」
 三田村に言われてようやく、自分が湯に浸かり、バスタブの縁に頭を預けた状態であることに気づいた和彦は、慌てて体を起こそうとする。つい居眠りをしてしまったようだ。
 派手な水音を立てて身じろぐと、すかさず三田村が片手を差し出してくれる。和彦はその手を掴んで立ち上がった。
 浴室を出てバスマットの上に立った和彦の体を、当然のように三田村がバスタオルで拭いてくれる。されるに任せながら和彦は、風呂に入る前までの自分の行動を思い返す。
 中嶋とベッドの上で絡み合い、その中嶋を見送ったあと、ゆっくりと湯に浸かりたくなったのだ。
 優しい手つきで髪を拭いてもらいながら、和彦はじっと三田村の顔を見つめる。三田村は、無表情だった。
「……何があったのか、知っている顔だな」
「中嶋が先生にひどいことをしていたなら、只じゃ済ませない」
 ここで三田村が、軽く眉をひそめて和彦の左頬に触れてくる。
「少し赤くなっている」
「引っぱたかれただけだ。大丈夫。中嶋くんは力加減をしてくれた。……ヤクザのくせに平手で殴るなんて、ずいぶん良心的だ」
「平手だろうが、先生に手を上げた」
「一度きりだ。彼に、ぼくを殴らせるのは、今日が最初で最後。――前に、ぼくに同じことを言った男がいたな」
 その場に居合わせた三田村は、和彦が誰のことを言っているのか、わからないはずがない。ようやく口元に微かな笑みを刻んだ。
「相手が中嶋だったから、平手で済んだ。もし、本気で先生を傷つけようとしている相手だったなら、どうなっていたか……」
「本物のヤクザは、容易に手を出さない。しかも、ぼく相手に傷をつけるような、下手なやり方はしないだろ」
「傷をつけずに相手を痛めつけるやり方なんて、いくらでもある」
「……あまり、怖い相手と向き合っているという意識はなかった。〈女〉なんだ。秦が絡むときの中嶋くんは。だから……、どこかで愛しいという気持ちもある。ぼくと似たものを感じるからだろうな」
「だがあいつは、自分でヤクザになることを選んだ男だ。先生とは根本的に違う」
 まだ言い足りないような顔をして、三田村がバスローブを肩にかけてくれる。和彦は袖を通しながら、三田村の様子をうかがう。
 互いに落ち着いた様子で話しているが、妙な感じだった。和彦と中嶋の間にあった出来事を、当然のように三田村は把握している。それを隠す素振りも見せない。和彦も感づいていると思っているのだろう。
 ドアを開けた三田村が振り返り、促がされるように和彦は廊下に出た。
 まっすぐキッチンに向かい、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを取り出す。水を一気に飲んで喉の渇きを癒してから、ほっと一息をついた和彦はぼそりと洩らした。
「やっぱり、盗聴器をつけたままなんだな」
「あくまで、防犯のためだ」
 ヤクザの口から『防犯』とは、どんな冗談だと、怒る気にもなれず和彦は苦笑を洩らす。賢吾のことなので、部屋に盗聴器は仕掛けたままだと思ってはいたのだ。
「組長がこのマンションを選んだのは、近くに長嶺組が別名義で借りている部屋があるからだ。そこに盗聴器の受信用アンテナを置いてある。ただ、常に先生の部屋の物音を聞いているわけじゃない。異変があったときだけ組長に連絡して許可を取ったあと、録音している――らしい」
「らしい?」
「俺は、その方面の仕事には関わっていないから、詳しいことは知らされない。ただ今晩は、先生の状況を電話で知らされて、様子を見に行くよう言われた。……俺に求められているのは、必要なときに、こうして先生の元に駆けつけることだ」
 賢吾や千尋が頻繁にこの部屋を訪れることを思えば、組が室内での様子に気を配るのも理解できる。決して気分はよくないが、こういう生活を送っているうえで和彦は、許容や諦観という感情と折り合いをつけることが上手くなっていた。
 ただそれでも、三田村の律儀さと落ち着きぶりが、今は少しだけ腹立たしい。
 意地悪をしてみたくなった――というわけではないが、和彦はわざと素っ気ない口調で三田村に問いかけた。
「それで、ぼくのところにやってきて、何をしてくれるんだ?」
「先生が望むなら、なんでも。……俺としては、風呂で居眠りしている先生を見つけられて、それだけで満足している。気の抜けた、滅多に見られない顔をしていた」
 思わず和彦の顔が熱くなる。
「……風呂でぼくを見つけて、すぐに起こしたんじゃないのか?」
「さあ」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

男色医師

虎 正規
BL
ゲイの医者、黒河の毒牙から逃れられるか?

ニューハーフ極道ZERO

フロイライン
BL
イケイケの若手ヤクザ松山亮輔は、ヘタを打ってニューハーフにされてしまう。 激変する環境の中、苦労しながらも再び極道としてのし上がっていこうとするのだが‥

人権終了少年性奴隷 媚薬処女姦通

オロテンH太郎
BL
息子への劣情を抑えきれなくなった父親は、金にものを言わせて幼い少年を性奴隷にするのだった。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

処理中です...