300 / 1,268
第15話
(19)
しおりを挟む
不思議な感じだった。一昨日、三田村と求め合って体を重ねたばかりの自分が、〈嫌な男〉そのものの鷹津と、今はこうして繋がっている。反発心や嫌悪感もねじ伏せて、感じているのだ。
「――……嫌な、男だ……」
ぽつりと和彦が呟くと、鷹津はニヤリと笑う。
「俺にとっては褒め言葉だな」
「ぼくは本気で言ってるんだ」
「ああ、そうだな」
鷹津に唇を啄まれ、促されるまま差し出した舌をきつく吸ってもらう。律動の激しさに、たまらず和彦は鷹津にしがみついていた。
鷹津が一際大きく腰を突き上げた次の瞬間、内奥から一気に熱いものが引き抜かれる。下腹部に生温かな液体が飛び散る感触があり、何が起こったのか和彦は理解した。
大きく息を吐き出しながら、突然快感が去った余韻でビクビクと震える体を、鷹津に抱き締めてもらう。
「……一応、ぼくの意見を聞く耳はあるんだな」
奇妙な羞恥が湧き起こり、それを誤魔化すように和彦が言うと、耳元で鷹津が笑った。
「俺だって、お前に嫌われたくないからな」
この言葉は、鷹津なりの冗談として受け止めておくことにする。
緩慢な動きで体を離した鷹津が、ティッシュペーパーで下肢の汚れを拭ってくれる。和彦はその間、仰向けになったまま動けなかった。体中の力を、奪い取られたようだ。
それでも、組員からかかってきた電話に出たあとは、機械的に体を起こして身支度を整える。鷹津は、煙草に火をつけていた。
「俺はもう少しここでサボらせてもらう」
「部屋代を支払ったのはあんただから、ご自由に」
「あとで請求書は、長嶺に回してやる」
ジャケットを羽織った和彦は、なんとも鷹津らしい言葉に思わず声を洩らして笑ってしまう。すると、意外そうな顔で鷹津がこちらを見ていた。和彦は急に気恥ずかしさに襲われ、マフラーとコートを取り上げると、半ば逃げるように部屋を出た。
自宅に戻ったらすぐにシャワーを浴びるつもりだったが、疲れ果てた和彦は、一度ソファに腰掛けると、なかなか立つきっかけが掴めなくなっていた。
スーツから着替える気力もなく、背もたれに頭をのせて天井を見上げる。
体の奥でまだ、鷹津の熱い欲望が蠢いているようだった。ほんの一時間ほど前まで、ホテルの一室で絡み合っていたというのに、まるで現実感が乏しい。なのに体には、しっかりと痕跡が残っているのだ。
前髪に指を差し込んだ和彦は、どうして今日、突然鷹津に会うことになったのか、その理由を考える。起こった出来事を一つずつ遡ってから、大事なことを思い出した。
慌てて姿勢を戻した瞬間、飛び上がりそうなほど驚いた。
いつからそこにいたのか、賢吾がリビングのドアのところに立っていたのだ。楽しげに口元を緩め、和彦を見つめていた。
偶然、賢吾がこの場に現れたということはない。和彦の行動を逐次、組員から報告させていれば、こうやってタイミングよく現れるのは容易だ。おそらく、今日一日、和彦が何をしていたか、すべて把握しているだろう。
その証拠に、賢吾は開口一番にこう尋ねてきた。
「――鷹津はなんと言っていた?」
心臓がじわじわと締め上げられるような息苦しさを覚え、和彦は短く息を吐き出す。賢吾は目の前に立っているが、見えない大蛇は、しっかりと和彦の体に巻きついていた。
「実家の、ことで……。兄が、国政選挙に出馬するかもしれない、という話だ」
「落ちぶれても、刑事だな。そういう情報を仕入れてくるってことは。俺の可愛いオンナを喜ばせようと思って、あいつもがんばったのかもな」
おもしろがるような賢吾の口調にわずかな反感を覚え、和彦は軽く睨みつける。しかし、口調とは裏腹に、賢吾は何事か考え込む表情をしていた。和彦と目が合うと、薄い笑みを向けてくる。
「どう思う、先生?」
「どうって……」
「もし仮に、選挙云々という話が事実だとして、佐伯家が先生を捜す理由は何が思い当たる? 弟に、兄の出馬のことを伝えたいだけなのか、兄の輝かしい将来のために、連絡も寄越さない弟の身辺調査をしたいのか。単に、行方知れずの弟を心配しているだけかも――」
「わからないっ」
思わず大きな声を出した和彦はすぐに我に返り、唇を噛む。
本当に、わからないのだ。佐伯家の人間の考えることは、和彦にはわからない。和彦は常に、父親が決めたことを押し付けられ、それに逆らうことは許されない生活を送ってきた。実家を出て何年も経つというのに、いまさら、あの家の思惑に振り回される気はなかった。
「……兄が国会議員になろうが、なんだろうが、勝手にすればいい。ぼくには関係ない」
「先生がそのつもりでも、佐伯家はどうだろうな」
和彦がすがるように見つめると、賢吾は大仰に肩をすくめる。
「年が明けたら、佐伯英俊の動向を集中的に探らせる。出馬する気があるなら、嫌でも利害関係者は動くし、勤務先でも、何かしら動きがあるだろ」
「そんなことまでわかるのか?」
「やりようはある。意外なところに、ヤクザは食い込んでいるもんだぜ」
少しふざけたような賢吾の口調に、和彦はちらりと笑ってみせる。
すぐ側まで歩み寄ってきた賢吾が頭を撫でてくれた。
「先生は、俺たちが守ってやる。心配しなくていい」
「ぼくを、卑怯な手を使ってヤクザの世界に引きずり込んだぐらいだ。そうじゃなかったら、許さない」
「――本当に、可愛いオンナだ。お前は」
魅力的なバリトンを響かせての賢吾の言葉に、体の奥が疼く。あごの下をくすぐられて、和彦は喉を鳴らした。
和彦の唇を指先で軽く擦り、世間話でもするように賢吾が問いかけてきた。
「鷹津とのセックスはいいか?」
賢吾の指先をそっと吸って、和彦は正直に答える。
「ああ……。体が馴染んできた」
「先生の体と馴染まない男なんているのか? 俺は最初の一回で、骨抜きになった」
こんな言葉を本気で受け止めるのもどうかと思ったが、和彦は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
賢吾に手を取られて立ち上がると、肩を引き寄せられ、そのまま抱き締められた。和彦はおとなしくされるがままになる。
「今日から、正月のバカ騒ぎが落ち着くまで、本宅で過ごせ。〈家族〉でにぎやかに、正月を迎えるんだ。ヤクザばかりだが、案外、楽しいぞ」
賢吾の背に両腕を回した和彦は、静かな喜びを感じながら頷いた。
「――……嫌な、男だ……」
ぽつりと和彦が呟くと、鷹津はニヤリと笑う。
「俺にとっては褒め言葉だな」
「ぼくは本気で言ってるんだ」
「ああ、そうだな」
鷹津に唇を啄まれ、促されるまま差し出した舌をきつく吸ってもらう。律動の激しさに、たまらず和彦は鷹津にしがみついていた。
鷹津が一際大きく腰を突き上げた次の瞬間、内奥から一気に熱いものが引き抜かれる。下腹部に生温かな液体が飛び散る感触があり、何が起こったのか和彦は理解した。
大きく息を吐き出しながら、突然快感が去った余韻でビクビクと震える体を、鷹津に抱き締めてもらう。
「……一応、ぼくの意見を聞く耳はあるんだな」
奇妙な羞恥が湧き起こり、それを誤魔化すように和彦が言うと、耳元で鷹津が笑った。
「俺だって、お前に嫌われたくないからな」
この言葉は、鷹津なりの冗談として受け止めておくことにする。
緩慢な動きで体を離した鷹津が、ティッシュペーパーで下肢の汚れを拭ってくれる。和彦はその間、仰向けになったまま動けなかった。体中の力を、奪い取られたようだ。
それでも、組員からかかってきた電話に出たあとは、機械的に体を起こして身支度を整える。鷹津は、煙草に火をつけていた。
「俺はもう少しここでサボらせてもらう」
「部屋代を支払ったのはあんただから、ご自由に」
「あとで請求書は、長嶺に回してやる」
ジャケットを羽織った和彦は、なんとも鷹津らしい言葉に思わず声を洩らして笑ってしまう。すると、意外そうな顔で鷹津がこちらを見ていた。和彦は急に気恥ずかしさに襲われ、マフラーとコートを取り上げると、半ば逃げるように部屋を出た。
自宅に戻ったらすぐにシャワーを浴びるつもりだったが、疲れ果てた和彦は、一度ソファに腰掛けると、なかなか立つきっかけが掴めなくなっていた。
スーツから着替える気力もなく、背もたれに頭をのせて天井を見上げる。
体の奥でまだ、鷹津の熱い欲望が蠢いているようだった。ほんの一時間ほど前まで、ホテルの一室で絡み合っていたというのに、まるで現実感が乏しい。なのに体には、しっかりと痕跡が残っているのだ。
前髪に指を差し込んだ和彦は、どうして今日、突然鷹津に会うことになったのか、その理由を考える。起こった出来事を一つずつ遡ってから、大事なことを思い出した。
慌てて姿勢を戻した瞬間、飛び上がりそうなほど驚いた。
いつからそこにいたのか、賢吾がリビングのドアのところに立っていたのだ。楽しげに口元を緩め、和彦を見つめていた。
偶然、賢吾がこの場に現れたということはない。和彦の行動を逐次、組員から報告させていれば、こうやってタイミングよく現れるのは容易だ。おそらく、今日一日、和彦が何をしていたか、すべて把握しているだろう。
その証拠に、賢吾は開口一番にこう尋ねてきた。
「――鷹津はなんと言っていた?」
心臓がじわじわと締め上げられるような息苦しさを覚え、和彦は短く息を吐き出す。賢吾は目の前に立っているが、見えない大蛇は、しっかりと和彦の体に巻きついていた。
「実家の、ことで……。兄が、国政選挙に出馬するかもしれない、という話だ」
「落ちぶれても、刑事だな。そういう情報を仕入れてくるってことは。俺の可愛いオンナを喜ばせようと思って、あいつもがんばったのかもな」
おもしろがるような賢吾の口調にわずかな反感を覚え、和彦は軽く睨みつける。しかし、口調とは裏腹に、賢吾は何事か考え込む表情をしていた。和彦と目が合うと、薄い笑みを向けてくる。
「どう思う、先生?」
「どうって……」
「もし仮に、選挙云々という話が事実だとして、佐伯家が先生を捜す理由は何が思い当たる? 弟に、兄の出馬のことを伝えたいだけなのか、兄の輝かしい将来のために、連絡も寄越さない弟の身辺調査をしたいのか。単に、行方知れずの弟を心配しているだけかも――」
「わからないっ」
思わず大きな声を出した和彦はすぐに我に返り、唇を噛む。
本当に、わからないのだ。佐伯家の人間の考えることは、和彦にはわからない。和彦は常に、父親が決めたことを押し付けられ、それに逆らうことは許されない生活を送ってきた。実家を出て何年も経つというのに、いまさら、あの家の思惑に振り回される気はなかった。
「……兄が国会議員になろうが、なんだろうが、勝手にすればいい。ぼくには関係ない」
「先生がそのつもりでも、佐伯家はどうだろうな」
和彦がすがるように見つめると、賢吾は大仰に肩をすくめる。
「年が明けたら、佐伯英俊の動向を集中的に探らせる。出馬する気があるなら、嫌でも利害関係者は動くし、勤務先でも、何かしら動きがあるだろ」
「そんなことまでわかるのか?」
「やりようはある。意外なところに、ヤクザは食い込んでいるもんだぜ」
少しふざけたような賢吾の口調に、和彦はちらりと笑ってみせる。
すぐ側まで歩み寄ってきた賢吾が頭を撫でてくれた。
「先生は、俺たちが守ってやる。心配しなくていい」
「ぼくを、卑怯な手を使ってヤクザの世界に引きずり込んだぐらいだ。そうじゃなかったら、許さない」
「――本当に、可愛いオンナだ。お前は」
魅力的なバリトンを響かせての賢吾の言葉に、体の奥が疼く。あごの下をくすぐられて、和彦は喉を鳴らした。
和彦の唇を指先で軽く擦り、世間話でもするように賢吾が問いかけてきた。
「鷹津とのセックスはいいか?」
賢吾の指先をそっと吸って、和彦は正直に答える。
「ああ……。体が馴染んできた」
「先生の体と馴染まない男なんているのか? 俺は最初の一回で、骨抜きになった」
こんな言葉を本気で受け止めるのもどうかと思ったが、和彦は、自分の顔が熱くなるのを感じた。
賢吾に手を取られて立ち上がると、肩を引き寄せられ、そのまま抱き締められた。和彦はおとなしくされるがままになる。
「今日から、正月のバカ騒ぎが落ち着くまで、本宅で過ごせ。〈家族〉でにぎやかに、正月を迎えるんだ。ヤクザばかりだが、案外、楽しいぞ」
賢吾の背に両腕を回した和彦は、静かな喜びを感じながら頷いた。
45
お気に入りに追加
1,365
あなたにおすすめの小説
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
貢がせて、ハニー!
わこ
BL
隣の部屋のサラリーマンがしょっちゅう貢ぎにやって来る。
隣人のストレートな求愛活動に困惑する男子学生の話。
社会人×大学生の日常系年の差ラブコメ。
※現時点で小説の公開対象範囲は全年齢となっております。しばらくはこのまま指定なしで更新を続ける予定ですが、アルファポリスさんのガイドラインに合わせて今後変更する場合があります。(2020.11.8)
■2024.03.09 2月2日にわざわざサイトの方へ誤変換のお知らせをくださった方、どうもありがとうございました。瀬名さんの名前が僧侶みたいになっていたのに全く気付いていなかったので助かりました!
■2024.03.09 195話/196話のタイトルを変更しました。
■2020.10.25 25話目「帰り道」追加(差し込み)しました。話の流れに変更はありません。
いつかコントローラーを投げ出して
せんぷう
BL
オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。
世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。
バランサー。
アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。
これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。
裏社会のトップにして最強のアルファ攻め
×
最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け
※オメガバース特殊設定、追加性別有り
.
ヤクザと捨て子
幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子
ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。
ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる