血と束縛と

北川とも

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第15話

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 神事に使うというだけあって、テーブルに並べられた漆器は、どれも華美な細工は施されてはいないが、だからこそ漆の塗りの美しさが際立っている。
 和彦は、手にした紙に書かれている漆器の種類と、テーブルに並んでいる現物を一つ一つ確認すると、さっそく梱包に取り掛かってもらう。そして次に、正月用の屠蘇とそ飾りを選び、特注だという祝箸の箸袋の数を確認する。
 大勢の人間が集まるというだけでなく、ヤクザの組長の本宅での年末年始ともなると儀式めいた行事もあるらしく、事前の準備だけでも大変だ。
 長嶺組に長年仕えている組員たちが動いてはいるのだが、そこになぜか、和彦も加えられている。ヤクザのしきたりなど知らないと訴えてはみても、誰も聞く耳を持たない。そのため雑事のいくつかは、和彦の裁量で進めている。
 賢吾から、『クリスマスが終わったら、うちの組の忙しさにつき合ってもらう』と言われてはいたが、まさに、その通りになっている。遠慮なく、和彦は使われていた。
 年末らしく、大掃除ぐらいいくらでも手伝うつもりだったが、賢吾が和彦に求めているのは、そういう役割ではなかったようだ。
 今いる和食器店を訪れる前に、デパートや問屋にも立ち寄って、年末年始に必要なものをあれこれと買い込んできた。ヤクザといえども、物騒な日々ばかりを送っているわけではなく、それぞれに家族がいて、家庭がある。そういった組員たちの事情が、渡された買い物リストを見ていると、よくわかる。
 組員が運転する車で忙しく移動しながら和彦は、奇妙な充実感を味わっていた。人並みの――というのも語弊がある表現かもしれないが、とにかく、正月を迎えるための準備に自分が関わっているというのは、新鮮だ。
 賢吾としては、和彦が長嶺組の一員であることを実感させるため、という思惑もあるのだろうが、一人蚊帳の外に置かれるより、よほどいい。
 明日、商品を受け取りに来ることを告げて、店を出る。ごく自然な動作として、腕時計に視線を落とした和彦は、意識しないまま笑みを浮かべていた。左手首にあるのは、三田村から贈られた腕時計だ。
 三田村と別れたのは一昨日の夜だというのに、すでにもう、恋しくなっている。近くにいながら、次はいつ会えるかはっきりしないからこそ、この気持ちは強い。
 外の寒さに肩をすくめた和彦は、駐車場へと急ぐ。組員が速やかにワゴン車のドアを開け、後部座席に乗り込んだ。
 車が走り出してすぐに、和彦の携帯電話が鳴る。液晶に表示された名を見たとき、和彦は自分でも、複雑な表情になるのがわかった。
 いままでなら、迷わず嫌な顔をするところだが、電話の相手との関係は、そうわかりやすい反応を示すものではなくなったのだ。
「――……あんた本当に、働いているのか」
 開口一番の和彦の皮肉は、低い笑い声によって弾き返された。
『なんだ、俺の公務員としての将来を心配してくれてるのか』
「刑事をクビになっても、あんたなら立派なヒモとしてやっていけそうだ」
『おう。ヤクザの組長のオンナに養ってもらうっていうのも、いいかもな』
 冗談じゃない、と口中で呟いた和彦は、乱暴にシートにもたれかかる。
「用件はなんだ」
『これから会いたい』
 鷹揚に応じるつもりだった和彦は、鷹津の言葉に呆気なく動揺する。この瞬間、脳裏を過ったのは、吹きつけてくる雪の中で交わした、鷹津との口づけだった。
 あのとき和彦は、鷹津に対して嫌悪感を覚えながら、それが肉の疼きにも似ていると気づかされたのだ。気のせいだと言ってしまうのは簡単だが、鷹津への認識が変わりそうな危惧を持つには、十分な出来事だ。
『聞いてるのか』
 わずかに苛立ったような鷹津の口調に、我に返る。和彦は前髪に指を差し込みながら、ウィンドーの外に目を向ける。冬の分厚い雲が空を覆っているため、薄暗く感じられるが、まだ昼間だ。だが、昼食を一緒に、と鷹津が切り出すはずもない。
「……ぼくは今日は忙しい」
『奇遇だな。俺も忙しい』
「だったら――」
『その忙しい俺が、お前が一刻も早く知りたいだろうと思って、こうして連絡をしてやったんだぜ』
 思わせぶりな言葉に、すぐに和彦は反応した。
「実家のことか?」
 こう口にした途端、和彦の体内を不快な感覚が蠢く。
『会えるな?』
 念を押すように鷹津に問われると、返事は一つしかない。
 電話を切ったあと、まず和彦がしたのは、三田村から贈られた腕時計を外すことだった。

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