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第15話
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和彦が中嶋に抱く感情は、これまでになく複雑だ。いままでも、この青年に対してどう接すればいいのか戸惑っている部分はあったが、友情めいた感情もあった。だが今は、そこに生々しい――艶かしい感情も入り混じる。
兄の英俊と出会ったことで精神的に参ってしまい、ようやく立ち直ったところに、今日の内覧会も含めて、クリニック開業の準備に追われていた。和彦に、〈他人の恋路〉について考え込む余裕はなかった。
そう、中嶋は、秦に想われているのだ。それどころか、動物的で直情的な欲情を抱かれている。なのに中嶋は、何も知らない。
さらに事態を複雑にしているのは、和彦は中嶋と、キスしているということだ。
考えれば考えるほど、奇妙な関係だ。秦と中嶋、中嶋と和彦、和彦と秦の関係は。
物思いに耽る和彦に気づいた中嶋が、やけに色っぽい流し目を寄越してきた。
「ドキドキしますね、先生にそんなふうに見つめられると」
我に返った和彦は、慌てて正面を向き、肉まんを食べる。
「……言うことが、〈誰か〉に似てきたんじゃないか」
「誰か?」
「わかっているんだろ。ときどき感じるんだ。君の物言いは、彼に似ている」
ああ、と声を洩らした中嶋は、困ったような顔をする。
「ホスト時代、秦さんの接客の仕方を勉強して、マネしていたんですよ。接客だけじゃない。着るものから、香水まで。そのときの癖が染み付いているんでしょうね。砕けた話し方のときはそうでもないんですが、親しくなりたいと人と話すときはどうしても……、秦さんの影響が出てしまうんでしょう。あの人の柔らかい話し方は、反感を買いにくいですから」
中嶋の話に、今度は和彦のほうが困った顔になる。こういうことをはっきりと聞いてしまうのは抵抗があるが、気になったのだから仕方ない。
「親しくなりたい、って……、本気で言ってるのか? 利用し合いたいと言われたほうが、まだ素直に受け止めやすいんだが……」
「先生も、この世界に染まってきましたね。人の言葉の裏を読みたがるなんて」
「相手によるんだ」
まじめに和彦が応じると、中嶋は楽しそうに声を洩らして笑う。
中嶋のそんな様子を見て、やっと和彦は察した。片付けの手伝いをするつもりが、来るのが遅くなったと中嶋は言っていたが、これはウソだ。本当は、和彦が一人になるタイミングを見計らっていたのだ。
中嶋がそうする理由は、限られている。少なくとも和彦は、一つしか思いつかない。
肉まんを食べ終え、しっかりとお茶も飲んでから、一呼吸置いて切り出した。
「――その後、彼とはどうなんだ」
「秦さんですか?」
「他にないだろ。君がなかなか本題を切り出さないってことは」
「先生はすっかり、俺の恋愛カウンセラーになりましたね」
ピクリと肩を震わせた和彦は、もう一口お茶を飲んでから、しっかりと口を湿らせる。そして、さりげなく指摘した。
「恋愛、か」
「おっと、口が滑りましたね。言葉のアヤなので、あまり突っ込まないでください」
芝居がかった中嶋の口調すら、なんだか健気に思えてくるから困る。言った本人は、平気な顔をしてお茶を飲んでいるというのに。
ただ、それが演技かもしれないと思ってしまうのは、もしかするとヤクザの手口にすっかり引き込まれたせいかもしれない。その証拠に和彦は、中嶋を放っておけない。友情に近い感情ももちろんあるが、それ以上に、奇妙な愛情めいたものを感じるのだ。
普通の青年の顔をして、〈女〉を感じさせるという、厄介な相手にもかかわらず――。
そんな中嶋に対して秦は、倒錯した欲情を抱いている。他人からすれば、お似合いの二人ではないかと思うのだが、ヤクザと、ヤクザの世界に限りなく近い場所にいる男同士、そう簡単ではないようだ。
「……別に、言いたくないなら、それでいいんだ。ぼくだって、他人の事情にズカズカと踏み込むつもりはないし、本来は、君らでケリをつける問題だろうしな」
「ケリなんて、つくんでしょうか……。俺は一人で、気色の悪い道化を演じているんじゃないかって気がしてくるんですよ」
「気色悪いなんて言われたら、ヤクザの組長の〈オンナ〉は立つ瀬がないな」
和彦がちらりと視線を向けると、中嶋はニヤリと笑った。
「気にしないでください。俺は本来、口が悪いんです。――相変わらず、秦さんからは避けられているように感じて、少し荒んでいるんでしょうかね。仕事はきちんとやっているつもりですが、相手が先生だと、どうしても気が緩む」
「愚痴ぐらいなら、聞いてやる。君とは浅からぬ仲だし」
和彦としてはきわどい冗談を言ったつもりだが、わざとなのか、中嶋は真顔で頷いた。
「――少し前まではジム仲間だったのに、今は、キス友達ですね」
兄の英俊と出会ったことで精神的に参ってしまい、ようやく立ち直ったところに、今日の内覧会も含めて、クリニック開業の準備に追われていた。和彦に、〈他人の恋路〉について考え込む余裕はなかった。
そう、中嶋は、秦に想われているのだ。それどころか、動物的で直情的な欲情を抱かれている。なのに中嶋は、何も知らない。
さらに事態を複雑にしているのは、和彦は中嶋と、キスしているということだ。
考えれば考えるほど、奇妙な関係だ。秦と中嶋、中嶋と和彦、和彦と秦の関係は。
物思いに耽る和彦に気づいた中嶋が、やけに色っぽい流し目を寄越してきた。
「ドキドキしますね、先生にそんなふうに見つめられると」
我に返った和彦は、慌てて正面を向き、肉まんを食べる。
「……言うことが、〈誰か〉に似てきたんじゃないか」
「誰か?」
「わかっているんだろ。ときどき感じるんだ。君の物言いは、彼に似ている」
ああ、と声を洩らした中嶋は、困ったような顔をする。
「ホスト時代、秦さんの接客の仕方を勉強して、マネしていたんですよ。接客だけじゃない。着るものから、香水まで。そのときの癖が染み付いているんでしょうね。砕けた話し方のときはそうでもないんですが、親しくなりたいと人と話すときはどうしても……、秦さんの影響が出てしまうんでしょう。あの人の柔らかい話し方は、反感を買いにくいですから」
中嶋の話に、今度は和彦のほうが困った顔になる。こういうことをはっきりと聞いてしまうのは抵抗があるが、気になったのだから仕方ない。
「親しくなりたい、って……、本気で言ってるのか? 利用し合いたいと言われたほうが、まだ素直に受け止めやすいんだが……」
「先生も、この世界に染まってきましたね。人の言葉の裏を読みたがるなんて」
「相手によるんだ」
まじめに和彦が応じると、中嶋は楽しそうに声を洩らして笑う。
中嶋のそんな様子を見て、やっと和彦は察した。片付けの手伝いをするつもりが、来るのが遅くなったと中嶋は言っていたが、これはウソだ。本当は、和彦が一人になるタイミングを見計らっていたのだ。
中嶋がそうする理由は、限られている。少なくとも和彦は、一つしか思いつかない。
肉まんを食べ終え、しっかりとお茶も飲んでから、一呼吸置いて切り出した。
「――その後、彼とはどうなんだ」
「秦さんですか?」
「他にないだろ。君がなかなか本題を切り出さないってことは」
「先生はすっかり、俺の恋愛カウンセラーになりましたね」
ピクリと肩を震わせた和彦は、もう一口お茶を飲んでから、しっかりと口を湿らせる。そして、さりげなく指摘した。
「恋愛、か」
「おっと、口が滑りましたね。言葉のアヤなので、あまり突っ込まないでください」
芝居がかった中嶋の口調すら、なんだか健気に思えてくるから困る。言った本人は、平気な顔をしてお茶を飲んでいるというのに。
ただ、それが演技かもしれないと思ってしまうのは、もしかするとヤクザの手口にすっかり引き込まれたせいかもしれない。その証拠に和彦は、中嶋を放っておけない。友情に近い感情ももちろんあるが、それ以上に、奇妙な愛情めいたものを感じるのだ。
普通の青年の顔をして、〈女〉を感じさせるという、厄介な相手にもかかわらず――。
そんな中嶋に対して秦は、倒錯した欲情を抱いている。他人からすれば、お似合いの二人ではないかと思うのだが、ヤクザと、ヤクザの世界に限りなく近い場所にいる男同士、そう簡単ではないようだ。
「……別に、言いたくないなら、それでいいんだ。ぼくだって、他人の事情にズカズカと踏み込むつもりはないし、本来は、君らでケリをつける問題だろうしな」
「ケリなんて、つくんでしょうか……。俺は一人で、気色の悪い道化を演じているんじゃないかって気がしてくるんですよ」
「気色悪いなんて言われたら、ヤクザの組長の〈オンナ〉は立つ瀬がないな」
和彦がちらりと視線を向けると、中嶋はニヤリと笑った。
「気にしないでください。俺は本来、口が悪いんです。――相変わらず、秦さんからは避けられているように感じて、少し荒んでいるんでしょうかね。仕事はきちんとやっているつもりですが、相手が先生だと、どうしても気が緩む」
「愚痴ぐらいなら、聞いてやる。君とは浅からぬ仲だし」
和彦としてはきわどい冗談を言ったつもりだが、わざとなのか、中嶋は真顔で頷いた。
「――少し前まではジム仲間だったのに、今は、キス友達ですね」
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